◆Chapter 2-38 謳われざる戦い〈後編〉
※この話は、3分割した38話の後半部分となります。
まだの方は下のリンクから先に前半・中盤部分をお楽しみ頂ければと思いますヾ(๑╹◡╹)ノ"
→ ◆Chapter 2-38 謳われざる戦い〈前編〉
「生きてるか? テルミン」
「かろうじてな。にいさんも」
地面に座り込んでテルミンは自分の戦槌を探した。そして少し離れた所に倒れている巨体を思い出して諦めた。異様に膨れ上がった左腕を持つ巨人ウルーモルス。テルミンの鎚はその頭に深くめり込んで抜けなくなっていた。
一緒に残ったアルフレドも荒い呼吸を繰り返している。彼の武器も同じようにウルーモルスに刺さったままだ。
宮殿前広場での戦いはまさに決着を迎えようとしていた。
狂った盾の姉妹、ジェミノスは彼らの剣の下、汚れた血を流しきり再び骸となって横たわっている。そして死者の行進の先頭に立って割り込んできたウルーモルスをも、二人がかりでなんとか仕留めたところであった。
強敵を倒した二人だったが、しかしそれでも死者の行進が止まることはない。2,3波を退け束の間の一息入れる時間を手に入れただけで残されたアッシュスポーンはまだ街を覆い尽くしている。いくら倒してもキリが無かった。
力を使い果たした二人のノルドは、膝をついて肩を寄せ合っていた。
武器を回収することを諦めたテルミンが、顔を向けるのも億劫だと下を向いたまま口を開く。
「アルフのにいさん。これでいいんだよな?」
「ああ、住人達は逃がした、メリスちゃん達も行かせた。
そう言って顔を上げたアルフレドの目には、新たに広場に入ってこようとするアッシュ・スポーンの姿が映し出される。
集められた死者か、この街で変異させられた者か、出自の分からない化け物達はただ一つ、灰色という括りでまとめられて意思なき奔流となって本能的に人を襲っている。
「厄介なゾンビ共も、このデカブツ倒したし」
いくらウルーモルスが不死とは言え、頭を潰されてはしばらく動けないはずだ。
「悔いは無いさ。胸を張ってソブンガルデに行ける」
生者である自分たちめがけて、死者の行進は広場にもなだれ込んでくる、それを武器もなく、座り込んだまま迎える。やがて二人の姿はアッシュスポーンの群れに押し包まれた。
・・・
アルフレドは光に包まれるような感覚を覚えていた。
これが今際の際というヤツであろうか、目の前のアッシュスポーンが振りかざす斧がやけに緩慢に見える。一瞬のち、すべての視界がかき消えた。
「・・・」
「・・・」
(俺は・・・、ソブンガルデにいけたのか?)
頭の中で様々な思いが駆け巡った長い時間は、実際には僅か一瞬の事であった。彼は自らが光に包まれるのを感じた直後、爆音が響き渡った。
「・・・?」
死んで境界を跨いだと思ったアルフレドの目に入ってきたのは、目の前のアッシュスポーンが爆散する光景であった。広間に向かって何者かが魔法を放ったのだ。彼らを押し包もうとしていたアッシュスポーンの壁はぶち抜かれ、そこに出来た空間。まるでそこにもともと道があったかのように歩いてくる者達がいる。
テルミンの荒い息が聞こえる。彼女の様子が気になりながらも、若き傭兵はやって来るほうの人物から目を離せないで居た。そしてその声を聞くと、一気に現実に引き戻された。
「どうだいナターシャ、僕の魔法は」
鼻持ちならない声。「ちょうどいい加減だろう。ぴったり20ヤードだけ焼き払うなんて、僕にしか出来ない天才的な芸当だと思わないか?」
「あー、はいはい。それより、みんな無事なんだろうな」
間一髪で命を救われたアルフレド、そしてテルミンの前に現れたのは、ナターシャとヨキアム、二人の魔術師であった。
「お前たち・・・!」
驚きのあまり続く言葉が出ないアルフレドを小馬鹿にしたように見ると、ヨキアムは眼鏡の位置をなおした。
「サーガがどうとか言ってたけど、なんか余計なことしちゃった? 死んでから出てきたほうが良かったかい? まぁ、僕としてはさっきのがお前たちに当たっちゃっても一向に構わなかったんだけど」
「馬鹿なこと言うなヨキアム。構わないわけないだろう。味方なんだ」
「味方ぁ? こいつらが?」
面倒くさそうに欠伸をしているマスターウィザードをナターシャは嗜めた。ウィスパーズのモーヴァー学長には出歩くな、サルモールとは関わるな、ときつく釘を刺されていた彼女だが、とうていおとなしくしていられる質ではなかった。彼女は黙って大学を飛び出すと、イェアメリスを追ってここまで辿り着いたのであった。彼女に心酔しているヨキアムがこの脱走に積極的に関わったのは、また別の話だ。
「油断するなよヨキアム。まだ化け物がうようよしてるし。それにメリスにも追いついていない」ナターシャはアルフレドを助け起こすと、次いでテルミンにも手を差し伸べた。急に現れた見知らぬ味方に戸惑いながらも、有難くその手に掴まって女戦士も立ち上がる。
「あんたたち・・・メリスの知り合いか?」
尋ねるテルミンのイェアメリスという名前に反応し、男の魔術師は聞く方が驚くような声を上げた。
「そうだ! イェアメリスだよ。あいつどうしてウインドヘルムなんかに居るんだよ。あいつ死んじゃったら、先生に怒られるだろ・・・あ、もう死んでるんだっけ?」
「うるさい! 急ぐぞ!」
ナターシャは相棒を叱りつけるとノルドたちに声をかけた。「動けるかアルフ。それにそちらの女戦士」
「ああ!」
正直、力は使い果たしていたが、二人のノルドは気力を振り絞って魔術師達に続いていった。
・・・
戦況がまた一転する。
ブラッキーが召喚したドレモラ・ヴァルキナズは期待通り、切り札としての働きを見せてた。
アッシュ・スポーンもアッシュ・ガーディアンも、等しく彼らの前では狩られる存在でしかない。彼らの纏うオブリビオンの鎧は灰の化け物の断末魔の爆発も物ともせず、その武器は振るわれると暴風のように破壊をもたらした。
「ねぇちゃん! みんな! 今のうちに立て直しを!」
オブリビオンの悪魔の登場に度肝を抜かれたストームクローク達も、ブラッキーの声に頬を叩かれたかのように動き出す。倒れこんでいた者たちも引き起こされ、全滅を待つだけにみえたノルド達は、再び集まってウルフリックを守る戦列を組んだ。
「ドレモラだと?!」一方のエランディルは狼狽こそしなかったが、意外な援軍が相手に現れたことに驚きを隠せない。「ノースウォッチに現れたというやつか。しかし・・・なぜあんな小娘がデイドラの秘宝を?」
ブラッキーの呼び出したヴァルキナズたちによって、アッシュスポーンが次々と狩られてゆく。死に際の爆発も彼らには効果がない。圧倒的優位を保っていた状況が一瞬にして覆される様子に、エランディルの目尻はぴくぴくと脈打った。
背後でどさりという音がしてウルーモルスが倒れ込む。長いこと未使用だった書庫が巻き込まれて埃を上げる。
いかに痛みを感じずとも、いかに再生力に優れていようとも、マーの造った傀儡では地獄の貴族の前に役不足であった。
「全く・・・全くマンというのは度し難い。なぜこのような生き物がニルンには居るのだ。吾と同じ大地に立つこと自体が不快、不快、不快、不快。極めて不快!」
彼の青白い顔は苛立ちから、どす黒く染まっていた。
「死ね、虫けらども」
その目に異様な紋様が浮かび上がると、いきなりブラッキーの足元を炎が襲った。
飛び退るブラッキーと入れ替わりに宮廷魔術師ウーンファースが雷撃を返すが、エランディルは煩わしそうにそれを払い落とす。
「消耗があるので避けていたが・・・」
彼はブツブツ呟いた。
「吾の怒りはそれを凌駕してなお大きい。燃えよ! 燃えよ!」
無差別に炎を乱発するエランディルに、ウーンファースは防戦一方となる。
「こやつ・・・また詠唱もせずに呪文を!」
「フン、低俗なノルドには理解できぬアイレイドの技があるのだ」
エランディルの目が赤い光を放つ。
「炎だけではない。・・・手始めに貴様からだ!」
するとその光を見たウーンファースは急に苦しみ始め、喉をかきむしりはじめる。
目を合わせたものの鼓動を止めるアイレイドの邪術だ。
宮廷魔術師が最後に聞いたのは、自らの体内で何かが破裂するような音であった。
人間にとってなくてはならない臓器・・・肺と心臓が見えない力で握りつぶされ、”死せる者ウーンファース”の渾名は真になってしまった。
口の端から血が垂れると、老魔術師はそのまま崩れ落ちる。即死であった。
ブラッキーはこの光景に見覚えがあった。アルフレドと共に氷室に囚われていた時、山賊が処刑された時と同じ技だ。
「気をつけて! あいつ危険な技を使うんだ。死の呪文だよ!」
少女が警告を発したが間に合わず、ものすごい勢いでアッシュスポーンを刈っていた魔神の動き止まった。オブリビオンの貴族ランユは音を立てて膝をつくと、そのまま動かなくなった。再びエランディルの目が赤く輝き、アグゼルも同じように鼓動を止められてしまう。
二体の魔人は倒れ込んだ。
「ああっ! ランユ! アグゼル!」
エランディルは触れることなくブラッキーの切り札を屠ってみせた。
紫色の光に包まれ、粒子となって消えて行く二体のドレモラを、仲間たちが信じられないという面持ちで見送る。
デイドラは本当の意味では死なないが、復活には時間を要するだろう。彼らはオブリビオンの存在だが、ニルンに在り続ける限りはこの地の生き物同様、生物としての生理には従わなければならない。心臓が破壊されて生き続けることは敵わなかった。
エランディルは一息つくと、二体のヴァルキナズが消えた先を満足そうに眺めた。
暴れまわっていたウルーモルスも倒れ、アッシュスポーンも減り、暴風のようなドレモラが去った書庫にひと時の静寂が訪れる。しかしそれが最後の嵐を前にした仮初めの静けさであることは誰一人として疑いようのないものであった。
エランディルは次のターゲットを定めると、再び邪眼を発動させた。ウーンファースとドレモラたちを屠った赤い眼光が仲間に襲い掛かる。
「ぐっ・・・」横でうめき声が上がると、今度はアスヴァレンが顔をゆがめた。
「アスヴァレン!」
「憶えているぞ。お前はエリンヒルの時の死にぞこないだな?」
エランディルは錬金術師に手を差し伸べながら、とどめを刺そうと目を覗き込んでくる。
「その命、もう不要であろう?」
そのエランディルの薄ら笑いをかき消すように怒号が鳴り響いた。
「Fus!」
ウルフリックの放ったシャウトだ。
圧縮された空気は、アスヴァレンに手を伸ばしかけていたエランディルを地面からもぎ取るように吹き飛ばした。
「アスヴァレン!」
イェアメリスは悲鳴に似た声を上げるとパートナーを支えようとする。しかし風圧に負け、支えきれずに二人はもんどり打って地面に倒れ込んだ。解放されたアスヴァレンは激痛に耐るよう、胸を押さえながら荒い息を吐いていた。
ブラッキー。ベアトリクスも持ち場をレイロフと代わって駆け寄ってくる。
「ありゃぁなんだ?」
「邪眼、・・・のようなものか。目を合わせるとやられる」
間一髪死を免れたダンマーに視線が集中する。
アスヴァレンがそう言うと、仲間もノルドたちも弾かれたように一斉に目を伏せた。
「立てるか、錬金術師」
「ああ」
ウルフリックが差し伸べた手に掴まると、彼は立ち上がった。
壁にたたきつけられたエランディルだが、彼は苦も無く立ち上がると唇をゆがめて見せた。
「これが声秘術か、下らん。たいしたことはないな」
「手加減してやったのだ。味方を巻き込むからな」
横で今日何度目になるか分からない尻餅をついたはブラッキーは、その首長の言葉が負け惜しみのように聞こえてならなかった。
「フン、吾には巻き込んで困るような仲間など居らぬ。率いるはすべては道具。吾一人居れば最初から事足りたのだ」
「廃墟の王でも気取るつもりか!」
「吾の美学をノルドと分かち合えるとは思わぬ。臭い獣の皮を被った猿共よ、同胞の血肉によって築かれたこの街ごと今日地上から消し去ってやる」
アスヴァレンを抱えたイェアメリスの横ではベアトリクスが毒を吐いていた。
「あん? 見ないでどう戦えって言うんだよ、おい」彼女の言う通りだ。相手の足元だけを見て剣をふるっても戦いにならない。そういう本人も不本意ながら横を向いており、戦う姿勢とは言い難かった。
王の前で皆が伏して控えているとでもいうような、奇妙な光景が広がる。
「クハハ・・・よい眺めだ。吾以外のすべてが下を向いておる。まっこと良い眺めだ」
彼は悦に入ったように耳障りな声で笑った。
ゆっくりとイェアメリスのほうに歩みはじめる。そして途中で立ち止まると少し向きを変えた。
「先ほどは邪魔が入ったが、先ずは目的を完遂しておくか。ヘレシンデ殿下への忠義は見せねばならんからな」
まるで周りが目に入らないかのようにブツブツ言っている。
「シャウトはそう何度も連発出来ぬと聞くが、念には念を入れておくか・・・吾は冷静な男なのだ」
そして思い出したように、イェアメリスに声をかけた。まるで執務室で部下を待たせるかのような鷹揚な態度だ。
「イェアメリス、お前はあとでちゃんと相手をしてやる。それまでそこで従順な婢妾のように、貞淑な妻のように待っておるがよい。貴様の仲間たちも同様だ。そのあと玩んでやる」
「・・・しなさいよ」
押し殺した声をひねり出すとイェアメリスは一歩前に出た。
「ん、いま、なんと?」
「いいかげんにしなさいよ!」
イェアメリスはそのまま歩を進めると、ウルフリックの前に出た。そして毅然と顔を上げエランディルと向き合う。息のかかるような距離だ。
「だめだ! やられるぞっ!」
アスヴァレンが叫ぶが、彼女は顔を下げない。むしろ殊更しっかりと相手を見据えた。
「邪魔をしようというのか? ならば順序を変えよう。先に死ね!」
エランディルの邪眼が光を発する。
(・・・!!)
イェアメリスは胸に鈍痛を憶え、鳩尾を押さえると口から血を吐いた。
その身体が支柱を失ったようにぐらりと揺れ、倒れ込む。
「終わりだ。そこに横たわり、吾の処置を待つが良い。次に目が覚めたときは意識ある剥製だ」すぐに興味を失ったようにイェアメリスから目を逸らすと、再びウルフリックに向き直る。
「メリス!」
「ねぇちゃん!」
しかし死霊術師の目の前で、彼女はゆっくりと立ち上がった。
再び彼女はウルフリックの盾のようにエランディルのまえにその身を晒した。
「貴様、何故立てる・・・」
再びアイレイドを自称する男の前に立ち塞がると、彼女は息を整えた。
「忘れたの? あたしはもう死んでいるって。あなたの使役していたヴロタールと同じ死者よ。死者を殺せる道理がどこにあって?」
エランディルは楯突くエルフの女を苛立たしげに見たが、やがて得心したように顎をつまんだ。「そうか、貴様は吸血鬼、吸血鬼だったな。そうやって呪いから逃れたのだった・・・ハハッ、そうか、そうか」
「何がおかしいのよ!」
「いや、めでたいと思うてな。蛇の目が黄色の書に戻れば、あの呪いは再利用できる。吾はあれを使いたい相手がまだいるのだ」
彼はまるでここが戦闘のただ中である事を忘れたかの様に語り出したが、イェアメリスによってぴしゃりと遮られた。
「呪いは戻らないわ」
「なんだと?」特務官の眉尻が上がった。
「そんなはずはない。貴様の身体から離れたのであれば、書物に戻る筈だ」
「さぁ、どうしてでしょうね」
黄色の書を媒介として発動するヴィーシュクリール。彼女を半年以上にわたり苦しめた呪いの悪霊は、イェアメリスが吸血鬼化するときに焼き出されて消滅していた。
「まさか・・・、呪いが失われたとでも」
エランディルの頬がピクピクと引きつる。お気に入りの玩具を壊されたとでも言う顔だ。
「コールドハーバーに行ってモラグ・バルにでも聞いてきたらどう?」
「余計なことをしてくれた・・・あれがどれだけ貴重なものだか・・・」
彼はイェアメリスが死んだら、戻った呪いを再利用するつもりであった。女性にしか寄生しないヴィーシュクリールの呪いを政敵エレンウェンに使い、屈服させるつもりであった。「貴様のせいで調教道具が台無しに・・・」
「そんなに大事なものなら自分で飼っていなさいよ」イェアメリスは自分の鳩尾を指さした。かつて呪いが巣くって居た場所を。「でも呪いは女にしか取り憑かないのよね・・・あっ、あなた男じゃないから、取り憑いてくれるかも知れないわ?」エランディルは大戦の折、帝国兵との戦いで負った傷が元で、自身の男性のシンボルを失っているという。大使館でまことしやかに囁かれていたゴシップを引き合いに出して、イェアメリスは最大限の嘲りを放った。
「うぬ~!」青白い顔が怒りにゆがむ。
「マンの血に汚れたディレニの混血ごときが、尊きアルドマーを侮辱するとは度し難い。許せぬ、許せぬ!」
「そうやって人を道具扱いするから、その道具にも裏切られるのよ」
「そうだ。何が悪い! アルドマー、そしてその眷属たるマー種のみがこの世界で生きるに値するのだ。他はすべて奴隷だ、物だ! 情を注ぐに値せぬ!」
「そうやって仲間も、部下も使い捨てにしてゆくのね」
買い言葉を探していたエランディルは荒い息で唾を飛ばしていたが、ふと思い出したように気味の悪い笑みを浮かべた。彼は古のアイレイドのごとく、相手を責め苛むことに至上の喜びを覚える倒錯者だ。イェアメリスの勢いに押されて取り乱しかけた彼は、ペースを取り戻すように髪を掻き上げると、芝居がかった声を奏で始めた。
「部下・・・ああ、部下で思い出したぞ。ところで・・・会ったのかね、”彼”には」
エランディルはイェアメリスを舐め上げるように流し目で見た。「どうだイェアメリス、吾の贈り物は。ヴィ[V]・・・いや、ヴロタールは良い作品であったであろう?」
そうきたか・・・予想はしていた。
悪寒と吐き気がこみあげてくるのに必死に耐えながら、彼女は敵を睨んだ。サルモールの中での数少ない味方。そして彼女を好いてくれた男。異形にされたその末路を看取ったのはわずか数刻前だ。
「栄えあるアルトマーでありながら、奴隷の娘などに恋をしたせいで道を誤りし男・・・」
この男はまた自分の心に侵入してくるのか・・・
調子っぱずれの声が道化師のように神経を逆なでしてくる。
「黙りなさい! 」
「ああ! ヴロタール! 哀れなヴロタール!」
「黙れっ! 」
イェアメリスはエランディルにつかみかかろうとした。まるで帝国軍陣地でできなかった事の続きを成そうとするように。しかし再びエランディルの邪眼がひらめくと足が止まる。
「グぅっ・・・!」
胸の中で心臓がはじけ飛ぶバツンという音を彼女は聞いた。一瞬気が遠のき、目の前が真っ暗になる。そして僅かな時間の後また周囲の光景が戻ってきた。
「あ・・・あなたは死霊術を使うくせに、吸血鬼の身体に付いては何も知らないのね」
苦しそうに言葉をひねり出したイェアメリスの呼吸はだんだん力強く戻っていった。
手の甲で口元の血を拭うと、再び宿敵と向き合う。
吸血鬼にとどめを刺すには、心臓に杭を刺す、首を刎ねる、炎で焼き尽くす、などいくつかの方法が伝えられている。しかしその杭が梣(トリネコ)や柏槇(ビャクシン)から削り出した特別なものでなくてはならないと言うのは、ドーンガードなど一部の専門集団にしか知られていない。安易に吸血鬼を滅ぼそうとして逆襲される事故が多いのはそのせいであった。
「心臓を潰したんでしょ? もう治ったわ」
「なにっ?!」
しかし全くの無傷というわけではない。体内で臓器がつぶされる感覚、そしてそれが急速に修復される吸血鬼の回復力。口から残った黒い血を吐きだし、気持ち悪さと戦いながら彼女は顔を上げた。
「おい・・・」
救われる形となっているウルフリックが見かねて手を出そうとする。
しかし彼女は伸ばされた手を振り払った。
「あなたは下がっていて」
「しかし・・・」
「これはあたしの戦いなの」
邪眼の視線を遮り、すべてその身で受け止め切らんとばかり、イェアメリスは一歩踏み出した。
「生意気な。どこまでも楯突く奴め」
三たび、エランディルの邪眼がひらめく。それを喰らったイェアメリスの口からごぽっと音を立てて血が吹き上がる。
「き・・・吸血鬼は、灰・・・にならない限り、潰されて、再生できない器官なんて無いわ」
急所とされる首でさえ、切断されても胴に近ければ元に戻ってしまう。現に彼女は帝国軍の本陣で首を落とされかけたが再生している。
口ではそう言ったが、臓腑を破壊される苦痛までは消すことが出来ない。彼女は苦悶の表情を浮かべていた。
「厄介な・・・。だが、殺すことは出来ずとも、苦しめることぐらいいくらでも出来るのだ」
エランディルは繰り返し、繰り返し邪眼を彼女に向けた。
イェアメリスは膝をつく。しかし立ち上がる。膝をつく。そしてまた立ち上がる。
「寄るな下郎!」
エランディルは何度も彼女の心臓を握りつぶす。しかしその度にイェアメリスは立ち上がった。
「こん・・・なもの、あの呪いの痛みに比べればたいしたことないわ」
まるで幽鬼のようにふらふらと、エランディルに近づこうとする。
「化け物め!」
その化け物を量産してきたどの口が言うのか。イェアメリスの中で血が沸騰した。
「うるさい!・・・そんなこと言われる筋合いはないわ!」
「くっ・・・」とうとうエランディルは気迫に押され、後じさり始めた。それを追うように歩み寄りながら剣を抜く。
「終わりにするわ!」
剣の狙いを定めた彼女に、エランディルは取って置きの言葉を投げつけた。
「どうやって? き、貴様は人を殺せぬのではなかったか?」
彼は魔女の実験室に侵入してきたイェアメリスを籠絡する時にも使った手だ。イェアメリスにはトラウマがある。過去に犯してしまった殺人への悔悟が、鎖となってその身を縛っているのだ。
イェアメリスは手がブルブルと震え始めるのを感じた。しかし、握りしめるとそれは直ぐに収まった。
「うっ!」
エランディルはイェアメリスが突き出してきた剣を脇に避け、後ろに飛んだ。
「知らなかったの? あたし、人が殺せるようになってしまったの」
彼女は今度は外さないと構えなおした。
「あなたは知らないでしょうけど。あたしは既に多くの命に手をかけてきた。その命は戻らないし許しも得られない。業として背負っていくしかない。あなたの死も同じ。背負ってあげる。だから・・・躊躇無くあなたを殺せるわ」
「ぬぅ・・・」
はじめて焦りの色を見せたエランディルに、イェアメリスは容赦なく剣をふるった。闘技場で身につけた必殺の斬撃だ。しかし石を打ったような甲高い響きが上がると剣先は震えながら弾かれた。
予めストーンフレッシュの呪文を用意していたのだろう。エランディルを両断する勢いでふるわれたイェアメリスの剣だったが、青い障壁がその剣先を阻んだ。
致命傷には至らなかったが、それでも肩口に傷を負わせ、鮮血が滴る。
「あなたでも血は赤いのね」
イェアメリスの目が、匂いに感化されたように金色に輝く。瞳孔は血を求めて脈打っていた。手を振ってしびれを追い出すと、再び剣を構える。
一撃に耐えたエランディルは、数歩下がると腕を押さえた。
「くっ・・・呪いも効かぬ、邪眼も効かぬ、トラウマも克服する・・・、本当に貴様はしぶとい。しかしまだ手はいくらでも有るのだよ」
先ほど見せた狼狽を恥じるように再び道化のような口調を取り戻した特務官は、荒れ果てた書庫の中を見渡した。イェアメリス以外は依然、目を伏せたままちらちらと短時間様子を伺うことしかできない。
「・・・吾は知っているぞ。貴様には自分のよりも他人の苦痛の方が効くと」
またアスヴァレンを狙うつもりか、それともブラッキーを・・・。彼女は警戒を強めた。
・・・
盾となるスケルトン達を召喚すると、その影でエランディルは不可解な行動を始めた。
背後の壁にハートストーンを押しつけると、その周りに何やら紋様を描いているのだ。新手のスケルトンと対峙しながら、彼女はエランディルがそこに即席のポータルを作り出したことに気付いた。
ブラッキーの召喚杖のように援軍を呼ぼうというのか。
彼女はその魔法をどこかで見たことがあるような気がした。そう、この旅をはじめる前、遠いキルクモアの島で、その地下道で何度も見かけた転移門。それとそっくりに見えたのだ。
「参れ、[F]よ」
彼が壁際に開いたポータルに手招きすると、そこから新手の死霊術師が現れた。今の人数の劣勢を再び覆そうというのか。銘有りが呼ばれたということは、ここに来るまでに退けてきたような強敵に違いない。
彼は警戒するイェアメリスたちの前に、一人の男を呼び寄せた。
「こやつを知っておろう? 晩餐会にも来ておった」
「まさか・・・」
イェアメリスの金色の瞳孔が、大きく見開かれる。
ポータルから現れたのはファリオンだった。
「追っ手を始末して安心したか? 戻らなければ次の追っ手が軌跡を順に辿る。この魔術師に辿り着くのは容易なことだった」
エランディルは彼女の意表を突き、その勢いを削ぐことに完全に成功した。
「そんな・・・」
モーサルの沼地で研究に励む魔術師。彼もエランディルの手に落ちたというのか・・・
そしてその緩慢な仕草。ヴロタールと同じ・・・明らかに生者ではない動きだ。
青ざめたイェアメリスを見ると、エランディルは満足そうに口をゆがめた。
「安心しろ、死の従徒だ。吾が生きている限り、この者は滅びることはない」エランディルは楽しそうに続ける「だが、吾が死ねばどうなるだろうな・・・死の従徒は術師が倒れれば解ける。そう、貴様を治療出来る唯一の人間もまた、失われることになる」
彼はファリオンが目下、吸血鬼化を治療出来る唯一の人物である事をもどこからか嗅ぎつけたようだった。
エランディルは硬直したエルフの娘を見ると、クックと喉を鳴らした。
ベアトリクスの声が飛ぶ。
「イェアメリス、突っ立ってどうしちまったんだ!」
「これで吾を殺すことは不可能になったなぁ。貴様が人には戻れなくなるからなぁ。はぁ、はぁ、っく・・・」エランディルの息は上がっていた。無詠唱の連発、邪眼の使用、そしてポータルまで使っている。ハートストーンの魔力で底上げしているとは言え、彼をもってしても相当な負担であったのだ。その様子は好機にしか見えない。なのになぜかイェアメリスは動かない。
エランディルは今まで避けようとしてきた彼女を、今度は手招きして呼び寄せようとした。
「貴様は優秀だ。気まぐれな魔女は消えてしまって役に立たぬ。また吾の側に立つのなら[F]の無事は保証しよう。無礼も忘れ厚遇しようではないか。さぁ、武器を捨ててこちらに来い。吾の仕上げを手伝え」
「メリス!」
「ねぇちゃん!」
ブラッキーとアスヴァレンが口をそろえて呼びかけるが、声は届かない。彼女は呆然と相手を見たまま動かなかった。
「良いのか? [F]が・・・ファリオンが本当の死を迎えてしまうぞ?」
もう一息だと踏んだエランディルは、言葉に力を込めた。逡巡し、その言葉に籠絡されたとでもいうように、イェアメリスの身体から力が抜けた。
手にした剣が落ちる。
「メリス! くそっ! 幻惑か?」
アスヴァレンの呼びかけにも応じず、手ぶらとなったイェアメリスは、エランディルに向かって一歩踏み出した。
「そうだ。それでいい」
主人と従者の位置関係。・・・イェアメリスはエランディルの斜め後ろに控えるように立った。
それを見るとエランディルは残った面々を見回した。邪眼の効かぬイェアメリスさえ封じてしまえば、もはや彼に抗することのできる者はいなかった。
「残りの者は殺せ」
スケルトンが襲い掛かる。残されたブラッキーたちも只ではやられないだろうが、いくらでも補充すればよい。エランディルは消耗戦を繰り広げるイェアメリスの仲間たちを満足げに見回した。
「安心せよイェアメリス。お前の仲間たちも等しく死者としてやろう。銘入りがずいぶん減ってしまったのでな・・・そうだ。貴様を指揮官としてその者たちを使役させてやろう。喜ぶがいい、これからも一緒に居られ・・・」
エルフの娘を屈服させたことに満足そうなエランディルは、後ろから伸ばされたイェアメリスの手に気づかなかった。まるで貢物を差し出すかのように恭しく伸ばされる手。あまりに自然な動きすぎて、彼の反応は一瞬遅れた。
「なにっ・・・?」
カチリと言う音がして気付くと、エランディルの首には枷がはめられていた。そう、彼女がしていたササーニアの首輪が。
「貴様!」エランディルは吠えた。
「謀ったな! ・・・なぜだ!? ファリオンの再現は完璧だった筈!」
しかし、彼女はファリオンを見ていなかった。
「屈服させることに喜びを覚えるあなたですもの、あたしの気持ちを勝手に解釈したんでしょ?」
「吸血鬼から戻りたくはないのか!」
「いいえ、戻りたいわ。でも、もういいの」
「くそっ!」
エランディルは首にまとわりつくイェアメリスを振り払うと手に電撃を溜めたが、それは悲しいほど弱々しいものであった。
「どうしたの? 魔法が得意なんでしょ。やってごらんなさいよ」
エランディルは魔法を使おうとしたが、かき消えてしまう。初めてその顔に恐怖の表情が浮かぶのを見たイェアメリスは、心に仄暗い悦びが湧き上がってくるのを感じた。
「撃ってごらんなさいよ。あたしはその状態で戦い続けてきた。あなたはことあるごとに自分が優秀だと言ってたじゃない。アイレイド様なら造作も無い話でしょ?」
「貴様ぁ!」ありったけのマジカを振り絞り雷撃を放つが、イェアメリスは避けようともしなかった。その必要もなかったのだ。エランディルのマジカは首輪に完全に封じられていた。
彼女は床に落とした剣を拾いかけると、途中で首を振って辞めた。ストーンフレッシュで剣が通らないのは先ほど経験したばかりだ。そしてエランディルの邪眼を正面から見据える。
「あなたたちには数え切れないぐらいプレゼントをもらった。呪いは返せなくて残念だけど、せめて首輪だけは返すわ」
「くっ、吾を害すれば、ファリオンは失われるのだぞ」
隠しに手を入れると何かを取り出す。イェアメリスにはもう、躊躇いはなかった。
「あなたは許されない・・・いいえ、それは正確じゃないわね。あたしはあなたを許さない。あなたが存在し続けるだけで、あたしの大切な人々を苦しめ続ける。もう終わらせないと・・・」
「元に戻れなくてもいいのか!」
「いいわ」イェアメリスは即答した。「・・・あなたを野放しにするぐらいなら、あたしは夜を歩き続ける」
「何を・・・」
イェアメリスの手から小さな、煌めくものがこぼれ落ちた。首輪の鍵だ。
拘束を解く鍵の指輪を地面に落とすと、彼女はそれを踵で踏みつけた。
ピシピシと言う音と共に、指輪は粉々になる。
エランディルはなおも呪文を使おうとするが、それらはすべてかき消されてしまった。狂える拘束具職人ササーニアが仕込んだ数々の機能のうちの一つ。身につけたもののマジカを阻害する魔術師殺しの仕掛けだ。
そしてイェアメリスが鍵である指輪を踏み潰したことで、もう一つの機能が発動する。首輪が緩やかに絞まりはじめた。・・・そう、闘技場で興行主ラニスタがやって見せたように、この首輪は鍵を壊されると装着者を窒息させる拷問処刑具にも様変わりするのだ。
「呪物作りに捧げられたササーニアの妄執と、あなたのそのアイレイドのプライドとやら、どちらが強いか勝負してみるといいわ」
首輪は緩まない。その径はどんどん小さくなってエランディルの首に張り付いてゆく。
「この吾が、アイレイドの貴族たる吾を、くそっ、キサマ・・・」
苦しむ宿敵の姿を彼女は至極落ち着いたまま見守った。
どんな強者でも呼吸ができなければ生きられない。エランディルの顔がブラックブラッドの黒い血管の刺青のように、どす黒く染まってゆく。
「・・・この処刑、闘技場で嫌という程見てきたわ」
イェアメリスは苦しむ仇敵を淡々とした目で見守った。
「あなたこそ、部下に率先して先に死者になっておくべきだったわね」
これまでさんざん死者を使役してきた彼の弱点は、当の自分自身がまだ生身の人間であると言うことであった。
首輪はがっちりとその首に食い込み、もはや指を入れる隙間さえもない。とうとう死霊術士の顔に、断末魔の表情が浮かんだ。彼が数多く、ノルドたちを使って愉しんできたその表情に。
「こん・・・な・・・ヌグ・・・ゲァ!」
ボギンっ!
首の骨が折れる鈍い音が響く。彼が支えにしていたドクロの杖が、松明の明かりを受けてきらめく。それはまるで泣いているようにも見えた。
青白い顔を真っ赤に染めて、狂気のアルトマーは地面に倒れた。
これがエランディルの最期となった。
・・・
みな押し黙ったまま、動きを止めたまま・・・
朽ちかけた書庫に、再び静寂が戻ってくる。
イェアメリスのすぐそばで、最初に顔を上げたのはブラッキーであった。
「ねえちゃん・・・倒した、の?」
少女はイェアメリスの足元に倒れているアルトマーを、信じられない面持ちで見つめている。
当のイェアメリスも、自分がエランディルを倒したことがまだ信じられない様子で呆然としていた。
剣を握り直したベアトリクスが、最後に残ったアッシュ・スポーンを切り飛ばす。その音で漸く我に返った彼女は、慌てて一人の男を捜した。
「ファリオン! ファリオンさんは?!」
あの呼び出された魔術師は、どうしたのだろう?
周囲を見渡すが、それらしき人物は見当たらない。キョロキョロする彼女の元に、仲間たちから声が飛ぶ。
「そのファリオンってのが誰かは知らねぇが、ポータルから現れたのはこいつだぜ?」ベアトリクスとアスヴァレンが見下ろす先には、倒されたミストマンのシミが床を汚しているだけであった。
「メリス・・・さっきからどうした」血を失い過ぎて異常をきたしのかと、アスヴァレンも心配そうだ。「ファリオンだと? 何を言っている」
「えっ? だって・・・」
彼は死の従徒で操られていると言っていた。術者であるエランディルを倒したのと同時に消えてしまったのだろうか。ようやく生まれた余裕が徐々に萎んでいく。そして彼女は一つの結論に思い当たった。
(まさか、幻惑・・・?)
イェアメリスは唇を嚙んだ。皆には見えていなかったのであろうか・・・?
恐るべきエランディルの魔術。モヴァルスと対峙したときと同じで、いつ掛けられたのか分からない。ファリオンが見えていたのはイェアメリスだけであった。
彼女はまた幻と対峙させられていた事に気付くと、恐る恐る足元を見直した。
よかった・・・エランディルは消えていない。彼を倒したのは本当の出来事であった。
(勝った。とうとう倒した!)
エランディルはいくら責めても彼女が退かないのをみると、騙して屈服させようとしたのであった。幻惑はかけられた者の脳内の記憶を元に形成される厄介な呪文だ。しかしその中でも覚悟を失わず、吸血鬼の治療という命綱をも自ら投げ捨てた彼女に勝利は転がり落ちてきた。
エランディルは自分を追ってファリオンに辿り着いたと言っていた。
嫌な予感が一瞬よぎったが、サルモールとて万能ではない。本当にファリオンを捕らえたなら、エランディルがここに連れてこないわけがない。そうでないところを見ると彼らは無事なのだろう。熟達した魔術師ファリオンと、吸血鬼狩りのファルサ、二人がそう易々と後れを取るとは思えない。そう信じたかった。
安心のあまりイェアメリスはその場でペタンと座り込んだ。その膝にエランディルの残した杖が当たる。ヴァーミルナのアーティファクト、堕落のドクロだ。持ち主のエランディルは倒した。そう、とうとうエランディルに打ち勝ったのだ。
漸く勝利の実感が湧いてくる。
「ねぇちゃん!」
ブラッキーの声がダブって聞こえる。
血を失い過ぎたのだろうか。彼女は恐る恐る拾い上げた堕落のドクロの眼窩に吸い込まれるような錯覚を覚え、頭を振った。
勢いづいたストームクローク達がアンデットの残党を倒してゆくのを感じながら、緊張感の糸が切れ腰が砕けたイェアメリスは、床に座ったままブラッキーがこちらに歩いてくるのを見た。
「ねぇちゃん!」
やはり声が重なる。
イェアメリスは気を振り絞って立ち上がる。妹を迎え入れるために。
すると、抱擁しようとする二人の間に割り込んでくる影があった。体当たりをされるような格好になり、イェアメリスは再び尻餅をついてしまった。
「えっ?! どういう・・・」
割り込んできたのも、ブラッキーであった。
「ブラッキーが、二人?」
イェアメリスの手にした杖のドクロが、嘲るようにカタカタと笑っている。わけも分からぬまま固まっていると、後から割り込んできたブラッキーは膝をついた。腹を押さえている。その地面にはポタポタと血が垂れていた。
「ね、え、ちゃん。そいつ偽物だよ!」
腹を押さえたブラッキーがもう一人の自分を見て警告する。
「何言ってるの、そいつが偽物だよ、倒しちゃわないと!」
もう一人も反論する。どちらもブラッキーだ。
「偽物・・・って・・・」
ヴぁーミルナの髑髏が嘲るようにカタカタと顎を鳴らした。こちらは幻惑ではない。すべての者に見えており手で触れることも出来る実体を持っている。
両者を交互に見たがイェアメリスでさえ区別が付かない。彼女は困ったようにパートナーを見た。
しかしアスヴァレンは踏み出すと、始めに歩み寄ろうとしていた方のブラッキーに躊躇無く切りつけた。
「こいつがお前を傷つけようとすることなど、決してない」
切られたブラッキーは黒い塵となって四散してしまった。
「・・・いったい何が」
理解できないイェアメリスに、割り込んだブラッキーが説明した。「あ、あいつのその杖・・・、人をふ、複製、できるんだ。ねぇ・・・血を止めるの手伝ってくんない?」苦しそうに喘いだ少女の手、腹に当てられた手は赤く染まり、そこから流れ出た血が床に染みを作っていた。脂汗を垂らし、少女は歯を食いしばっている。偽物に腹を刺されたのだ。
「ブラッキー!」
イェアメリスが急いで応急の止血を行うと、横でアスヴァレンが脈を診た。その顔が険しくなる。呼吸が浅い。あまりいい状態とは言えなかった。
「せっかく仲直りしたのに!」
止血は行った。しかしどんどん脈が弱くなっていくのがわかる。「だめ! 死んじゃ駄目!!」イェアメリスはブラッキーを抱きかかえながら、半狂乱になって叫んだ。「助けてアスヴァレン。ブラッキーが! ブラッキーが!」
「ね・・・ねぇちゃん。ボ・・・ボク、ねぇちゃんに 伝えなきゃならない、ことがあって・・・」
まるで遺言でも残すかのように、少女はしゃべり始める。しかし途中で陸に上がった魚のように口をパクパクさせるのみとなり、声が途切れる。
「だっまってろ、舌を嚙むぞ!」
駆け寄ったアスヴァレンは服の裾を切り裂くと丸めて少女の口に突っ込んだ。
少女は激痛により痙攣をはじめていた。危険な状態だ。
ダンマーの錬金術師は隠しを荒っぽくひっくり返すと、転がった小瓶達を眺めた。「くそっ!」
彼は毒づいた。死者の行進に対応するための薬ばかりで、役に立ちそうなものがないのだ。
ブラッキーの側には子供のネッチも寄って来ていた。乱戦の中、一度ははぐれたと思っていたのが、彼らを探し当ててここまで着いてきてしまったようだ。ネッチは心配そうにぷるぷると震えると、その触手を一本伸ばして、アスヴァレンの肩をちょんとつついた。
「なんだ、邪魔をするな!」
するとネッチは抗議するように一言「ぷぉ」と鳴いた。その声に、ダンマーの錬金術師はハッとして顔を上げた。
「お前・・・使えと言っているのか?」
彼は気がついたようにネッチを見た。この子供ネッチは自分の身体を薬として使えといっている様に見えたのだ。その触手の足元には、ブラッキーの懐から転がり落ちた幸運のダガーが転がっている。
アスヴァレンはダガーを拾い上げた。
(これから山ほどの幸運が必要になるんでしょう? トライビューナルの加護だけでは足りないかも知れませんしね)
エリンヒルからの帰路で出会った口の悪い死霊術師の言葉がアスヴァレンの頭をよぎった。
(山ほどの幸運・・・まさかな)
彼は頭を振って雑念を追い出すと、散らばった瓶の中から消毒薬を選び出した。幸運のダガーにそれを塗るとネッチに向き直る。
「すまん、少しだけだ」
伸ばした触手の先を小さく切り裂く。分かっているというように、ネッチは暴れも泣きもしなかった。注意してゼリー状の液体を採取すると彼は、それをブラッキーの傷口に塗布しはじめた。
「おいガキ、こんなところで死ぬんじゃねぇ!」
必死に呼びかける仲間の輪にベアトリクスも加わってくる。少女はそれに応じて微かに笑みを浮かべたように見えた。
「そうだよね・・・せっかく、勝ったんだ・・・もんね」
「いいから喋るな! 染みるぞ」
ネッチゼリーは強力な麻痺効果を持つ。これを麻酔代わりに使えば、少なくとも痛みによるショック状態からは救うことができる。
処置をされたブラッキーは一つ咳をして、頭をガクッと垂れた。握りしめた手が急速に冷たくなってゆく。恐怖に囚われるイェアメリスを制すると、アスヴァレンはブラッキーの呼吸を確認した。ゆっくりではあるが、胸は上下している。
「なにを・・・したの?」
彼はに頷いた。
「ネッチゼリーを投与して、麻酔・・・仮死状態にした。クマやシマリスみたいな冬眠状態に近い、と言えば分かるか? 正確ではないが。・・・だが非常に危険な状態だし効果がどれだけ保つかも分からん。すぐに治療の出来るところに移動させねば。それまでなんとか保たせないと」
書庫での戦いはこうして幕を閉じたのだった。
・・・
イェアメリスたちは慎重に慎重を期して、重傷を負ったブラッキーを一階の大広間に降ろしてきた。ウルフリックやガルマル、レイロフたちも一緒だ。
大広間ではちょうど、戦いの後始末が進められている最中で、動ける者達が状況の復旧に努めていた。彼らは降りてきたストームクローク幹部達の姿を見ると、口々にショールの聖句を唱え、無事を喜んだ。ウルフリックはここではやはり最大のカリスマで、彼が姿を見せるだけで宮殿に活気が戻ってくるように見える。
大急ぎで宮殿の扉を塞いでいた瓦礫が取り除かれると、さっそくレイロフが状況確認に飛び出していく。そしてそれと入れ違いに入ってきたのが、アルフレド達であった。
「テルミン! アルフさん!」
イェアメリスの声を聞いて二人が駆け寄る。
絶望的だと思われていた二人の生還に、イェアメリスたちは一つの慰めを得た。
「メリスちゃん、エランディルは?」
「倒したわ。でもブラッキーが!」
床に横たえられた彼女の妹は死んだように眠っている。彼らも傷を負っていたが、ブラッキーのほうが酷い。アルフレド達はそれを見て驚き、呼び寄せるような視線を扉の方に向けた。そこにはイェアメリスたちも見知った顔二人が佇んでいた。
「ふーん。これが有名なウインドヘルムの宮殿かぁ。なかなか立派じゃないか。散らかってるけど・・・」
怪我を負ったのはブラッキーだけではない。大広間を占拠したゼードを退けたものの、ストームクロークの受けた被害は大きく、多くの死者と負傷者を出していた。
普段は飲み食いと談笑の喧噪に包まれている広間が今は、呻き声や泣き声で満されていた。さながら災害直後の避難所か、はたまた野戦病院のように。
「黒魂石の準備が整ったから知らせに来てやったと思えば、いったい何やってるんだよおまえ」
呆れたような声でこちらを見ているのはヨキアムだ。
ウルフリックが男たちの間を労って回っているのを尻目に、ヨキアムとナターシャは先行したアルフレド達に追いつこうと歩み寄ってきた。
そして開口一番、若きマスターウィザードはイェアメリスに非難がましい目を向ける。しかし彼女の方はそれどころではなく、なりふり構わずそのローブにすがりついた。
「なんだよ吸血鬼」
「ヨキアム! ブラッキーを助けて!」
宮廷魔術師のウーンファースが倒れてしまった今、回復魔法が使えるものが現れたのは大きい。若き魔術師は、イェアメリスが指し示す下に目を向けた。
「え、え・・・なんだって? うわ、こりゃひどい」
ヨキアムは寝かされているブラッキーを見ると、顔を覆った。「姉妹揃ってどうしてこんな傷ばかりこさえるんだよ、お前たちは」
「ねぇ、治療を!」
ヨキアムは必死になって懇願してくるエルフの娘を邪険に追い払おうとしたが、一緒に来たナターシャが肩に手を載せると、続く言葉を飲み込んだ。
「どうして僕が。面倒な・・・」
「あなた天才なんでしょ! ねぇ、助けられるでしょ!」
若き魔術師は辺りを見回し、皆の目がすべて自分に集中しているのを感じた。「ま、まぁ・・・治癒の魔法は得意な方だけどさ」
「お願い!」
自尊心をくすぐられたヨキアムは、手袋を外すとかがみ込んだ。本気になったようだ。「もっと酷い傷だって治してきたんだ。憶えてるだろ? イェアメリス、お前のをだよ」
イェアメリスはブツブツいいながらも呪文をかけるヨキアムを、このときばかりは頼もしい神のように感じていた。しかし心配で寄ってきた彼女をヨキアムは、乱暴に遠ざけた。
「黙ってろよ、そして寄るな。気が散るんだ」
イェアメリスは仕方なく、少し離れた所で見守ることにした。側にナターシャが付き添ってくれる。
「メリス」
「ナターシャさん、来てくれたのね。でもどうしてここが・・・」
「じっとしていられなくてな」ナターシャはヨキアムが治療する傍ら、ここに来た理由をかいつまんで語った。「お前がモーサルに向かったのは知っていたから、そのあとを追いかけたんだ」
彼女は、大学での追跡騒ぎの後、モーサルにファリオンを訪ねたという。
「そこで、ちょうどサルモールの追跡隊とはち合わせしてな」
「それじゃぁファリオンさんたち襲われたの?! 無事なの?」
イェアメリスはエランディルが残した言葉を気にしていた。
(追っ手を始末して安心したか? 戻らなければ次の追っ手が軌跡を順に辿る。この魔術師に辿り着くのは容易なことだった)
すると自慢げな声が飛んでくる。
「当然だろ、僕が付いていてナターシャに手出しをさせるわけがない」
「サルモールの連中は・・・」
「ヨキアム、いいから治療に専念しろ」
ナターシャは口を挟んできた相棒を嗜めると、腰に差していた小さな魔法具を手に取った。「あそこでサルモールに会えたのは幸運だった。これが手に入ったからな」
彼女が取りだしたのは、ササーニアの首輪に反応する追跡のタリスマンだった。ウィスパーズ大学や、亡霊の海の船上でサルモール追跡官が使っていたのと同じものだ。
イェアメリスたちの最終目的地を知らないナターシャ達二人は、タリスマンの指す方向を訝しみながらも、その足跡を忠実に辿ってとうとうここまで来たのであった。
「サルモールは・・・?」
「ああ、たらふく水を吸って、今ごろ沼の群生キノコの苗床になってるだろうな」
「よかった・・・」イェアメリスはようやく納得できた。ファリオンのことは彼女自身の頭の中から引き出された幻惑の産物であった、と。
それを見て褐色の女魔術師は首をすくめて笑うと、サルモールにとっては不幸な出会いだったと言い直した。そしてイェアメリスの首のあたりを指した。「首輪外したんだな。まぁ、アクセサリーにしてはあまり良いものとは言えなかったし」
そう言うと彼女は、今度はまじまじとイェアメリスの顔を覗き込んできた。金色の目が行き場を失って伏せられる。「ヨキアムに聞いた時は話半分だったが、お前、本当に・・・」軽く息を呑む音がする。
「ええ、いまは吸血鬼よ」
先ほどの戦いで何度も身体を修復し、血の力を使ってしまった。血管も浮き出ており、目も爛々と輝いている。言い逃れようのない相貌についてそれ以上やり取りをする気力もなく、イェアメリスは黙り込んだ。
宮殿の外を確認しに行ったレイロフはすぐに戻ってきた。彼は大広間で復旧の指揮を執っているウルフリックの元に一目散に駆け戻ると状況を報告した。
そう遠くない広間の一角にいた彼女の耳にも、その報告は入ってきた。
「首長。灰色地区はほぼ壊滅。しかし幸いにも港への門が瓦礫によって埋まり、敵の進入は不可能です」
「そうか」
「ですが・・・」
レイロフは表情を曇らせた。
「死者の襲撃により、城内の兵を大きく損耗しました。今は辛うじて城門と壁は守れていますが、かなりの兵が難民に混じって脱走したようです」
ウルフリックは重々しく頷いた。
「宜なるかな・・・彼らには最後の作戦のことは知らせていないからな。我が軍圧倒的不利と思っても仕方あるまい」
「ブランディ・マグは持ちこたえていますが、モルブンスカーは狼煙に応答しません。すでに帝国軍に落とされたものと思われます」
壊滅的打撃を受けた北伐軍だったが、ベアトリクスの言ったように、撤退は考えていないようであった。ブランディ・マグも回り込まれてしまえば無力化は時間の問題だ。
「ですので・・・」レイロフはガルマルを見ると言いよどんだ。「交代要員も失われたいま、帝国軍を阻止できる力が我々にはありません。まだ間に合います。首長も撤退の準備をしてください」
「わずかに残った諸君らを置いて、どこへ行けというのだ?」
ウルフリックは広間で立て直しを続けるストームクローク達を一瞥すると反論した。しかしレイロフも諫める側に加わった。
「我が君、あなたさえ居ればストームクロークはいくらでも再起できます」
「しかしその新たなストームクロークに、お前たち、いまここにいる者達の顔はない。わたしはそのようなストームクロークは望まない。安心しろレイロフ、ヨルレイフ。我が策はまだ尽きてはいない」
ブラッキーの治療に出来ることもなく、追いやられたイェアメリスは半分放心したように、レイロフとウルフリックたちのやり取りを眺めていた。隣に立つナターシャも、今はそういうときではないとわきまえたかのように口をつぐんでいる。
そうしているととなりにベアトリクスが現れた。女騎士はナターシャに軽く会釈してみせると、イェアメリスの横を占めた。
「盗み聞きしたかったわけじゃねぇが、あいつらの言ってることを聞く限り、オレたちの本陣も無事だったったようだな」
「どうして分かるの?」
「三軍連れてきちゃいるが、マルペンの親父が居なくなったら軍を率いるまとも将軍はタイロニのじいさんしかいないからな。あのぼんぼん皇帝には城落としなんて無理だろ」同時に兵を失ったのであればストームクロークに対する数的優位は覆らない。帝国軍はマルペン将軍を失ったが、助攻を担っていたタイロニ将軍をそのまま主攻に転じて攻撃を始めていた。
「皇帝は、戦いをやめてくれないのね」
「ああ、戦争ってのは、現場で味わったことのない者にとっちゃぁ、えらく甘美に映るもんだ。格好良く見えるもんだ。一兵卒として従軍してはじめて、その現実が見えるんだよ。お高い席から指示を下すことしかしてきてないヤツには分からねぇ。一度敗地にまみえて泥水すするまではな」
「でもあの皇帝も、それに近いことを味わったばかりじゃない」
本陣間際まで死者の行進に攻められて、アトレバスも肝を冷やしたはずだ。ここが戦場である事を嫌と言うほど思い知らされたに違いない。それでも彼は戦いを止めないのであろうか。
「続きがあんだよ。やっかいなことに、泥水が美酒に変わる瞬間があるんだ。・・・命を永らえた者が陥る、一時的な興奮ってやつはスクゥーマよりも質が悪りぃ。きっと興奮状態だぜ、あいつは」女騎士は自分の主を馬鹿にしたように吐き捨てた。
「じゃ、じゃぁ、タイロニ将軍って人にお願いすれば。あなたと親しいんでしょ?」
「無理だよ」
ベアトリクスは鼻で笑った。「マルペンのオヤジがいなくなったとはいえ、タイロニの爺さんもサヴォイ軍監も即時撤退には反対するに決まってる。少しぐらい無理な勝ち筋でも、必ずここに来るはずだ。仮に皇帝のほうが臆病風に吹かれったて、周りが許さねぇ」
「どうして、どうしてそうまでするの?」
「好き嫌いじゃねぇんだよ。いいか・・・籠城戦って言や悲壮感が漂うもんだが、実際は攻める方が不利なんだ。あれだけの遠征軍を維持するのにどんだけ金と時間がかかってると思う?」
イェアメリスはいままで見てきた北伐軍の陣地を思い出した。たしかに、街一つ引っ越してきたと錯覚するぐらいの規模だった。
「ここまで来た時点で、引き返すってのは惨敗と同じなんだ。戦いの損害がゼロであったとしてもな・・・」
女騎士は身振り手振りを交えてイェアメリスに説明した。
「逆を言えば瀕死に見えるウルフリックの軍は、相手を引き返させるだけで戦わなくたって大勝利だったんだよ。この軍隊を送り込んだハートランドにいる連中は、北伐軍が手ぶらで帰ってくるなんざこれっぽっちも思っちゃいない。奴らは軍を起こすのに戦時手形を乱発して金集めてるんだぜ」
この北伐は若き皇帝が、魑魅魍魎の巣食う帝国元老院とこの先うまくやっていけるかを測る試金石なのだ。強大な後ろ盾であるマルペン将軍を失った皇帝は、それでも成果をあげて凱旋せねばいずれは首をすげ替えられるだろう。女騎士はそう語った。
ストームクローク達のただ中で遠慮無く話すベアトリクスを見ると、ウルフリックは面白そうな顔をして近づいてきた。
「聞いたか、イェアメリス。彼らがなんのために戦を起こすのかを。彼らはこのスカイリムを好きなように切り売りしたがっている。それに抗う我らの戦も否定されるものだと?」
「でも! 戦争は良くない。それに代わる方法だってあるはずよ」
「あくまで理想を謳うか。まぁいい」イーストマーチの首長は、ベアトリクスの方に興味が湧いたようだ。「的確な分析だ、帝国の騎士よ。では、彼らに帰る気がないとして、我らが勝つにはどうすればよい?」
「言ったように、籠城なら時間を稼げばあんたの勝ちだ、ウルフリックさんよ」
北伐軍は冬場の無理な行軍でスカイリムまで来た。そして兵站の大部分をリフテンの現地調達に頼っている。いくらリフテンが大きいとは言え所詮痩せたスカイリムの地方都市だ。北伐軍を何ヶ月にもわたって維持し続けるのには無理がある。時間で勝敗は決まると彼女は言った。
「だがタロスにかけて、我々はもはや城壁に配置する兵も数が足りぬ有り様だ。時間を稼げるほどの兵力がない」
「なら出てって、鼻っ柱をもう一度折ってやるしかねぇんじゃね。立ち上がれねぇくらいに」
それを聞くと、ウルフリックは得心したように大きく頷いた。
「聞いたかガルマル。やはり我らは間違っていないぞ。ショールの御心は我と共にある」
「あなた、何をしようというの・・・?」
ブラッキーにはヨキアムが張り付いて治療を続けている。蚊帳の外にされかかっていたイェアメリスは、ウルフリックの言葉にただならぬ雰囲気を感じて食い下がった。
「イェアメリス、この敵か味方か分からぬ女騎士の言うとおりだ。そして付け加えると、我らはこのまま黙って連中を返してやるつもりもない。父祖の地を土足で踏みにじった連中をな」
ウルフリックは側近を呼びつけた。
「ガルマル、狼煙を上げろ。ミラークに連絡だ」
それはポータルでカイネスグローブに向かったミラークに、最終作戦の開始を告げるためのものだった。
そしてウルフリックは、自分たちが観察されていたことに気付き、イェアメリスに向き直った。
「我らはゆかねばならぬ。この大広間は自由に使うといい。そなたの妹の命が助かるよう、微力ながらショールに祈ろう。そしてまたいつまみえるか、それはキナレスの手の中だ」
「・・・帝国軍と戦うの?」
ウルフリックはそれには答えず、股肱の腹心に向き直った。「どうしたガルマル。狼煙の準備だ」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、横ではベアトリクスとナターシャが顔を見合わせている。
女騎士は居心地悪そうに身じろぎした。
「俺なんか余計なこと言っちまったか?」
一方で、命令を受けた老将軍は歯切れが悪かった。
「ウルフリック、本当にやるのか? レイロフの言うようにここは一旦退いて再起を図った方が・・・」
「なぜだガルマル。我らにはまだ状況を覆せる策がある」
「おまえさんの旗の下に、どれだけの民が馳せ参じたと思っておるんだ。我々と彼らは家族であろう。それを引き裂いてまで・・・」
ウルフリックは言葉尻に力を込めた。
「なればこれまでの戦いで散っていった者達になんと言う? ソリチュードで捨て石となり捕らえられた者達、ドーンスターで戦死した者達、亡霊の海で藻屑となった者達、そしてこの戦いでいままさに命を落としている者達。彼らの繋いでくれた可能性を無に帰しては、彼らにどう顔向けが出来よう」
煮え切らないガルマルに対し、ウルフリックは更に言いつのった。
「それに・・・我らノルドは尚武を以て由とする。腐った帝国の若造皇帝にに舐められたままでは、ソブンガルデの門も開くことはできぬ。このままでは我らの魂もオブリビオンに囚われ漂う虜囚となるぞ」
「しかし!」
「くどいぞガルマル、何度も言わせるな」
食い下がるガルマルに背を向けると、ウルフリックは別の部下を捕まえると告げた。「狼煙だ。待機しているミラークに作戦開始を伝えよ! 帝国の彼奴らを引き裂く死の翼を呼ぶのだ!」
まくし立てるウルフリック。放置されたイェアメリスはどんどん嫌な予感が募ってくるのを感じた。
「あ、ちょっと・・・!」
イェアメリスとガルマル、二人の制止を無視するとウルフリックは靴音高く歩き始める。
側近達と共に宮殿の奥に消えていく姿を、残された者達は呆然と見送ることしか出来なかった。
・・・
しかしガルマルはそこには加わらず、ぽつんと立ち尽くしていた。
普段は年齢以上に力強く、威厳を纏っている老人がやけに小さく見えるのは気のせいだろうか。それに何か思い詰めたような顔をしている。イェアメリスは気になって声をかけようとしたが、テルミンに先を越されてしまった。
「お互い今のところは生き残ってる。メリスの肩を持つわけじゃないんだけどさ。爺さん、本当に帝国と戦わなくちゃならねぇのか?」
「ああ、それは避けられぬ。そこの女騎士が言っていたように、帝国は手ぶらでは帰るに帰れぬよ。じゃが、方法が・・・」
「で、ジジイ。最終作戦ってのは何だよ。死の翼? 狼煙って何の合図だ。教えろよ」
テルミンは育ての親であるガルマルに詰め寄った。
「・・・」
「じいさん!」
彼女も言いたいことはあったが、テルミンに任せることにした。すると、老人は諦めたようにこぼし始めた。
「知らせてもこれから起こる大虐殺の罪滅ぼしにはならん。ワシは身勝手じゃ。なぜ命を貼ってでもウルフリックを止めなかったのだろうな・・・。軽蔑してくれて構わん。もうよい、少しだけ気を軽くする、そのためだけにお前さんに明かそう」
ガルマルは、テルミンだけでなく、イェアメリスやベアトリクスにも聞かせるように続けた。
「我々に協力者がいるのは知っておろう。ああ、一度会っておったな」
「あのミラークとか言う仮面の魔術師か」
「そうじゃ、彼は北の島から来たドラゴンボーン。スゥームの使い手じゃ」
「ドラゴンボーンだって?!」
テルミンの声に仲間がみな・・・ブラッキーの手当をしているヨキアムまで手を止めた。
ガルマルは、ちまたで噂になっているドラゴンボーンとは別に、もう一人のドラゴンボーンが居ると明かした。
「でもよ、そんな奴一人居ても帝国軍には・・・」
そんなテルミンには答えず、ガルマルは独白のように言いたいことを口にしつづけた。
「ヨルグリム湖畔にかつて竜戦争時代に滅ぼされたドラゴンが埋葬されておった。我らはその墳墓を暴いて骨をお前さんの村に運んだ」
「まさか・・・あの骨が!」テルミンは妹のディアナが見つけたという村はずれの骨を思い出した。「何のために!」
ガルマルは世界の秘密を打ち明けでもするかのように、声を落とした。
「ドラゴンボーンがスゥームを使えば、ドラゴンを蘇らせることが出来るのじゃ」
「・・・! 蘇らせる?」
あまりの内容に誰も言葉を返すことができなかった。
「カイネスグローブはいま帝国軍の真っ只中。この城に攻めてくる連中が頭だとしたらちょうど腹に当たる。そこにドラゴンを出現させれば間違いなく帝国軍にとどめを刺せる」
「そんな、じゃぁ・・・」
イェアメリスたちは顔を見合わせた。あの怪しげな仮面のストームクロークたち、そしてナイトゲートの宿で聞いた竜の墓荒らしは本当であったのだ。
「Viin - Tu - Ruth・・・そう呼ばれておる存在を呼び出すのだ。・・・我らストームクロークの怒りを輝ける槌として帝国に叩きつける。それが我らの最終作戦なのじゃ」
「Viin - Tu - Ruth? いにしえのノルドの言葉か?」
ヨキアムと共にブラッキーに付いていたアスヴァレンも顔を上げる。
「儂にはよう分からぬが、メレシック紀の竜の言葉らしい。いや、ドラゴンの名前だとミラークは言っておった。それを・・・」
「待てお前ら!」
ベアトリクスが遮る。「本陣を襲うつもりか。しかもドラゴンだと?!」
北伐軍はモルブンスカーを抜いて、もうすぐウインドヘルムの大橋に向かってこようとしている。本陣を護るのは軍監サヴォイとわずかな兵だけでもう将軍はいない。
「鼻っ柱をもう一度折ればって言ったが、そりゃぁやりすぎだろ!」
帝国軍陣地は死者の行進に蹂躙されたばかりだ。そこを再び襲われればウルフリックの目論見通り、北伐軍は壊滅するだろう。仮に生き残っても継戦能力は失われ、籠城しているストームクロークの勝利だ。
「ってぇことは・・・ああっ、やべぇぞ。アトレバスには荷が重過ぎんだろうが・・・」
若き皇帝は無防備に近かった。
テルミンも食ってかかる。
「ちょっと待てジジイ! カイネスグローブを大して守りもせず、帝国に明け渡したのって・・・」
「そうじゃ、あの村は帝国軍の腹の中に飲み込まれねばならなかった」
「村の連中は生け贄かよ!」
「・・・」
隻眼の女戦士は無くした鎚の代わりに、ガルマルから戦斧を取り上げた。「くそっ! ディアナ! テスラ! イドラフのおっさんたちが危ねぇ!」
「タロスにかけて、カイネスグローブなら、ポータルがある。ミラークが使って、先ほどわし等も脱出に使おうと考えていたものが」
「そんなポータルがあるなら、住人の避難だってできたじゃねぇか! やっぱり、ストームクロークに大儀なんか無ぇ!」テルミンはガルマルに掴みかかった。一番近くに居たイェアメリスとレイロフが慌てて止めようとするが、テルミンはそれを超える剣幕で怒鳴り続けた。
「言えよジジイ、ポータルはどこだ!」
ガルマルは上層階を指さした。先ほどエランディルの襲撃を受けていた旧棟の少し手前、瞑想室だと。育ての親を睨みつけたテルミンは、イェアメリスたちが降りてきた通路に顔を向けた。
「わりぃ、メリス。ちょっと行ってくる!」そう言ってテルミンはかけだした。
「イェアメリス。オレはお前の剣だなんて言ったが、オレも行く」
そのあとをベアトリクスも追おうとする。
「行って、皇帝を守るの?」
女騎士は一瞬目をつぶると首を振った。
「分からねぇ。だがこのままじゃいけねぇ気がする」
そう言うと彼女は、返事も待たずにかけだした。
「あっ、二人とも・・・」
急な展開にまごつくイェアメリスは、後ろから声をかけられてまごついた。ブラッキーの手当に当たっていたヨキアムが立ち上がり、額を拭っている。
「おい、イェアメリス。今このちんちくりんにできるのはここまでだよ」
イェアメリスは振り向いた。
「ブラッキー!」
出血は止まり、少女は眠っているように見える。
「安心するなよ、まだ大丈夫と決まったわけじゃないんだ。ちゃんとした治療のできる、設備の整ったところに移さないと」
「どこよそれ!」
「知るかバカ! それぐらい自分で考えろ・・・うーん、ウィスパーズが一番いいけど、ここからじゃちょっと遠いな」
「一番近いのは・・・ウインターホールドだな」
付いていたアスヴァレンが助け船を寄越してくれた。今ならまだ帝国軍は城壁まで辿り着いていない。逆に言うと運び出すチャンスは攻城戦が始まる前の今しかない。イェアメリスはブラッキーと、テルミン達が向かった上層階への通路を見比べた。
二人の向かった方が気になる。死者の行進とは違うが、別の虐殺が始まろうとしているのだ。そして同じぐらいブラッキーの容体も気になる。妹はネッチの麻酔とヨキアムの手当で辛うじて持ちこたえている状態。どっちつかず、両方に気を取られて気持ちが定まらない。
「アスヴァレン?」
「戦いの被害を食い止めたかったのだろう?」
そんな彼女の肩にアスヴァレンは手を載せた。彼の目は行けと促していた。
「ええ・・・だけど」
「竜と戦うなら、あいつらにはお前の魔法が助けになる」彼はイェアメリスにうなづいた。首輪は失われ、彼女のマジカを制限するものはもはや何もない。
「でもブラッキーが」
すると錬金術師は少女を指し宣言した。
「アズラにかけて、こいつは俺が必ず助ける。今こいつに必要なのはお前ではない。適切な治療だ。そしてテルミン達に必要なのは戦える者だ。合理的に考えろ、そしてできることをしろ」
イェアメリスは顔を上げた。
「厳しいのね」
「強制はしない。自分の気持ちで選べ」
「ねぇ、どっちでもいいけどさ、早く決めてくんない?」
空気を読まず指摘してくるヨキアムを軽くにらむと、イェアメリスは頷いた。
「行くわ」
アスヴァレンは一歩を踏み出す手助けをするように力を込めて頷いた。
「大丈夫、お前は一度竜司祭を退けている。自分で思っているよりも、俺も驚かされるぐらいお前は強い」
そして彼は傭兵に声をかけた。
「アルフ、お前はどうする?」
「オレは・・・メリスちゃんの護衛だ。彼女の行く方に行く」
「では俺の代わりにメリスを頼む。・・・武器を無くしたのだろう? これを持って行け」そう言うとアスヴァレンはエオルンドの鍛えた鋼鉄の剣をアルフレドに託した。
「メリスちゃんは命に代えても守る」
「命には代えるな。寝覚めが悪くなる」
「そうよ、あたしはもう死んでるんだから。せめてアルフさんは死んじゃ駄目」
一度は諦めかけていた中、マーラの幸運により戻ってきたアルフレドとテルミンだ。ここで死を仄めかすような言葉を吐いたら逆に呼び寄せてしまうかも知れない。
イェアメリスはそんな恐れを隠すように、アスヴァレンのマネをして験を担ぎ、わざと悪戯っぽく念を押した。
「そ、そうだった・・・」
一瞬面食らった傭兵は、その意味を察して言い直す。「とにかく、彼女の護衛は任せてくれ。ブラッキーを頼む」
「ああ、決して死なせはせん」
聞いていたナターシャも乗り出してきた。
「さて、あたしも行かなきゃな。ヨキアム、そっちは頼んだ」
「へ?」
若きマスターウィザードは、最初目を丸くし、次いであからさまに嫌そうな顔をになった。
「僕はこのちんちくりんのお守りに来たんじゃないんだけど・・・イェアメリス放っておいたらシビル先生に叱られるよ・・・」
「頼むよ、メリスの方はアタシがサポートするから!」
「ええっ! そんなぁ・・・!」
面白いぐらいいつもの余裕が吹っ飛んだヨキアムは、必死にナターシャに食い下がろうとする。しかし彼女はもう決めてしまっているようだ。
褐色の女魔術師は、畳みかけるように付け加えた。
「わかった、じゃあ帰ったら一日だけお前に付き合ってやるやるから、それでどうだ?」
「え?」
若きマスターウィザードは一瞬硬直すると、まじまじとナターシャを見た。小狡い目が眼鏡の下でせわしなく動いている。そして噛みしめるように言った。「ふぅ・・・ようやく僕の伴侶になる決心がついたんだね・・・じゃぁ仕方ないなぁ」彼はニヤニヤ笑いを浮かべはじめた。
「な、チョロいだろ、こいつ。って・・・え? 伴侶??」
聞き直したがもう手遅れだった。
「ナターシャさん、やめた方が・・・」
「あぁん! なんだって!」
「こいつ、変態よ! 何考えているかわからないわ。あたしゾンビのメイドにされそうになったもん!」
イェアメリスが口走ると、ヨキアムはすごい形相で割り込んできた。
若きマスターウィザードは、まるで褒美が逃げてしまうとでも言わんばかりに睨みつけてくる。
「吸血鬼は黙っとけよ! ちんちくりんを救って欲しいんだろ? このまま帰ってもいいんだぞ!」
「むぐっ・・・」
「い、一日だけだからな・・・」
「一日もあったら、充分あんなことやこんなことされちゃうわ!」
「おい、そんな不安になるようなことを・・・」
ナターシャは念を押すがヨキアムはもう聞いていない。目を見れば分かる。既にヨキアムの頭の中は暴走をはじめているようだ。
「クフフ・・・」
「さ、さぁ、その話はあとだ。ドラゴンもブラッキーも時間が無いんだろ?」
ナターシャが無理やり話題をそらして動き出すと、一行はすぐに出立の準備に取りかかった。
広場で体勢を立て直していたストームクロークの中から何人かの男が駆け寄って来る。
「話は聞いた。俺たちにも手伝わせてくれ!」
名乗り出たのはソラルドとアヴルスタイン、そしてヴィットラルドであった。「この小さな娘には命を救われた恩があるからな。ウインドヘルムから裏手のアンソール山へ抜ける山道には案内が要るだろう」
「別に、僕はどっちでもいいけど。荷物持ちなら付いてきたら? 興味無いし。邪魔だけはするなよ」
ヨキアムはあくまでどこ吹く風だ。
「ぷぉ?」
子供のネッチが自分もいると主張するように泣き声を上げる。
アスヴァレンはその甲羅を撫でた。
「そうだな、こいつなら山道も障害にならん。ブラッキーを載せるのに調度良い。頼めるか?」
「ぷぉ!」
帝国軍が押し寄せる前にアンソール山に入ると宣言し、パートナーが先頭に立つのを見ると、イェアメリスは口元を拭って駆け寄った。
「メリス、大丈夫か?」
「ええ、ブラッキーをお願い」
軽く伸び上がって口づけをすると、彼女はアスヴァレンから離れた。
「よし、あたしらも行こう」
ナターシャがアルフレドの肩をどやしつけて動き出す。「もうへばって動けないとか言わないよな」
「まさか!」
アルフレドは託されたエオルンドの剣を二三度素振りして笑みを見せた。「竜を止める仕事なんて、滅多にありつけるもんじゃないぜ」
「給金なんてどこからも出ないぞ」
「そうじゃない。タロスにかけて、これはサーガなんだ」
「フフ、お前も根っからのノルドか」
そんなやり取りをしながらナターシャとアルフレドが駆け出す。それを追って同じように走り出しかけたイェアメリスは、ガルマルが一人、ポツンと残されているのに気がついて立ち止まった。
「あなたは・・・残るの?」
「ああ、残された同志達の最後を見届ける者がいなくなるわけにはゆかぬ」
イェアメリスにとってブラッキーが救うべき家族であるのと同じように、この老人にとっては広間に残されたストームクローク達が家族なのであった。
「ウルフリックは戦いに行ったのね」
「ああ、じゃが奴は辿り着けず、途中で別の道に行くことになる」
老人は彼には知らせず脱出の手筈を整えたことを告白した。仮に竜を使った作戦がうまく行っても帝国軍にはまだテュリウスの軍があり、ここまで疲弊したストームクロークではもはや抗する術が無い、そう彼は言った。
「ウルフリックはああ見えて血の気が多い。徹底抗戦すると言って聞かぬのでな。・・・今ごろ薬を嗅がされて気絶させられているはずじゃ。これでは、あわせる顔なぞないじゃろう?」
ガルマルは側近に言い含めて、脱出用の小舟を用意させていた。悪天候の霧に紛れてホワイト川の河口封鎖を突破し、ソルスセイムまで落ち延びさせるのだという。
「そう・・・」
老人はどんな気持ちでウルフリックを送り出したのだろう。そしてテルミンを見送ったのだろう。いろいろ湧き上がってくる思いはあるが、今は意に介している時間がない。すでにアルフレドとナターシャは通路の先に消えている。
後ろ髪を引かれるように、彼女もその場を後にした。
再び通路を駆け戻る。
イェアメリス、ナターシャ、アルフレドの三人は、先行した二人の女戦士を追って、ポータルの先、カイネスグローブを目指すのであった。
・・・
帝国軍の占領下にあるカイネスグローブ。しかし今、村は人気のない閑散とした姿を寒風に晒していた。
ベアトリクスの名で戒厳令が敷かれたのち、村には帝国軍が進駐してきた。しかし彼らはすぐに、ウインドヘルムの最終攻略戦に移るため、その先のブランディ・マグの隘路に向かって素通りしてしまった。
本来ならば後衛が続々と村に入り本陣も前進されるはずであったが、皇帝アトレバスがこの村に姿を現すことはなかった。死者の行進に襲われ大損害を出した帝国軍はモルブンスカー回りの別働隊に大半の兵力を送り、こちらに兵を送ることを辞めてしまったからだ。
そのため幸か不幸か、村は帝国軍の腹の中に飲みこまれながらもほぼ捨て置かれていた。
帝国軍、そしてストームクローク、双方にエランディルの横槍が入り、混沌とした状況の中、ウルフリックの最後の凶手が発動されようとしていた。
その担い手、謎多きドラゴンボーンのミラークは、僅かな信者を伴って村はずれに現れていた。
民家の裏手、蒸気が噴き出すので農地にもできない荒れた空き地に、予め運搬してきた竜の骨が積み上げられている。
その骨を軽く検分したミラークは、軟体生物を思わせる仮面を付けると、耳障りな言葉を発した。
「Slen - Tiid - Vo !!」
彼の口から竜の言葉が放たれると、足元から土煙が舞い上がる。マジカの気流のような流れが空に向かって立ち上る。復活したアルドゥィンが各地で配下のドラゴンたちを目覚めさせている、それと同じ言葉であった。
地面に積まれた骨が力場に包まれて軋み、細かく動いて位置を変える。
そして光に包まれると、その上に肉が再生していった。
やがて目の前には、堂々たる体躯の金色のドラゴンが現れた。
数千年ぶりの眠りから覚めた金竜は、辺りを見回すと目の前に立つ男に気付いた。
「吾、う゛ぃんとぅるーすヲ眠リカラ醒マシタノハ何者ダ?」
そしてその男の顔を認めると、怒りの咆哮を上げた。
「貴様・・・みらーく! 我ラガ主ニ仇ナス存在!」
「フン、アルドゥィンだと思ったか?」
蘇った竜を前に、ミラークは臆することなく次なるシャウトを放つ。
「Gol ー Hah ー Dov !!」
放たれた言葉は先ほどとは違い、重たい鎖となって竜にのしかかる。苦しげな呻きとも取れぬ咆哮が村に響き渡った。
「グゥ・・・ソノ言葉は・・・!」
支配のシャウト。
かつてミラークがソルスセイムに君臨していたとき、敵対勢力を無理やり押さえつけるために使った束縛の言葉。二語束ねれば人を操り、三語束ねれば竜さえも支配に置く、彼の尤も得意とするスゥームであった。
ヴィントゥルースが苦しげな咆哮を上げる。
「ドラゴンボーンの濫觴たるミラークが命ずる」
「きさま・・・支配ガ解ケタラ、イズレコノ牙ニカケテヤロウゾ」金竜は尚も支配に抵抗しようとしている。しかし分は悪そうだ。言葉の力が浸透をはじめるとその目は濁りはじめた。
「ふん、トカゲ風情が我に敵うとでも? 我に挑むも、主の元に戻るも、好きにすれば良い。だが・・・まずは仕事をしてもらうぞ。この地に進軍してきている帝国軍を根絶やしにしろ。その名が意味するところの輝く鎚の怒り、誇張でないのなら存分にその力を揮ってみせよ」
ミラークは飛び立つドラゴンに背を向けた。
「あとは、最後の仕事が残っていたな・・・」
彼はガルマルからウルフリックの身柄を託されていた。ミラークの魔法を以てすれば、霧の中一艘の小舟を海に逃がすことなど容易い。
「ウルフリックは大陸でのよい足掛かりになる。だがいまは形勢が悪い・・・そろそろ潮時か」
飛び上がったヴィントゥルースは帯電すると、あたりに雷の雨を降らせはじめる。
この日、二度目の災厄が帝国軍に降りかかるのであった。
(最終話に続く・・・)
※使用modなど
〇バニラ要素、ロア関係
・子供ネッチ
Dawn of Skyrim (Director's Cut) SE( Nexus SE 9074 )を入れると、ニューグニシス・コナークラブの前にぷかぷか浮くようになります。灰色地区が疎開ダンマー達によって構成されている地区なので、モロウウィンド由来の生き物が連れてこられていても不思議ではない、というmod作者さまの考えですね。私もそれを踏襲し、中盤でブラッキーが出会っていたこの子を今回再登場させました。
ネッチは良い子、大活躍ヽ(=´▽`=)ノ
・グレイ・メーンの兄弟+仲間
バニラではノースウォッチの救出劇のあと彼らと会うことはありません。
落ち延びていくならサルモールの手が届きにくい東の地だろう、ということでストームクロークの食客としてウインドヘルムに居着いたという後日談の設定で登場させました。
・イスグラモル
The Men of Winter SSE - Ysgramor( Nexus SE 10902 )でリプレースしたご本人に、ノルドの刻印装備を着せて顕現させました。特徴的な兜は Improved Artifacts - Complete Collection SSE port( Nexus SE 37398 )のものを利用しています。
・吸血鬼の設定
古今東西、スカイリムの内外、様々な吸血鬼の伝承がありますが、このお話では首を落としても心臓を破壊してもそう簡単には死なない、再生力を強調した設定を使っています。
・バニラにおけるローセイム、アングレノア、ロルフの位置づけ
ローセイムはウインドヘルムのタロス聖堂司祭で、ウルフリックの支持者。
戦いは聖なる戦争だと言って憚らないキャラなので、今回は狂信者的ポジを張らせました。
ロルフやアングレノアはウインドヘルムをはじめて訪れたときにダンマーを脅して嫌がらせをしているノルド至上主義者です。たぶん大半の方が会ったことあると思います。この2人とローセイムを中核に、ダンマー排斥思想を持つウインドヘルムの極右を演出してみました。
・内臓庭園
ヴィンダセルの嘆きの車輪、セルセンの内臓庭園、そしてアバガルラスの人体彫刻として知られる、邪悪なアイレイドの三大拷問芸術(?!)の一つ。
今回は有名クエストmodであるVicnさんのVigilant SE( Nexus SE 11849 )からお借りしたロケーションに、お世話になっているponさんのmod、ROS DeadBody 20220309( Residents of Skyrim/個人サイト )で味付けをして、内臓庭園、姉妹のメンテナンスシーンを構成しました。
〇キャラクター系
・【FFF】FukahireFemaleFollowers【2020】( 個人サイト )
お世話になっているフカヒレさんのフォロワーパック2020年度版。
テルミン、そしてメロトさん再登場です。
今回は状況も状況なので、ちょっと真面目な感じで。たぶん死亡属性とは縁の無いキャラ達ですねヾ(๑╹◡╹)ノ"
・OK_Custom Voice Followers_SE( Nexus SE 6599 )
お世話になっているokameさんのフォロワーパック。
メリスの頼れる姉貴分、ナターシャさん再登場です♪
・Alforttes Followers - JP Custom Voice Follower( Nexus LE 76823 )
お世話になっているアルフォートさんのフォロワー。勇者属性(?)持ってそうな彼はそう簡単に死んだりしないですよね、ということで再登場です。
・bolo-villian( 個人配布 )
お世話になっているたまごボーロさん作のきちめが(鬼畜眼鏡)さん。
今回もマイペースでナターシャさんを追いかけ回しています。実力はあるんですけどねぇw
・ポテマ女王の霊(?)
Soranatsu Warumusu( そらなつさんオリジナル )
お世話になっているそらなつさん作のポテマ様。Tes界の荒御霊枠にして妖艶なる女王。
何かとメリスにちょっかいを出してくれますが、今後その理由も明らかにしていきますヾ(๑╹◡╹)ノ"
・BZM Integrated Version Deluxe( Nexus SE 8859 )
sugaitaniさんのフォロワーパック。
イェアメリス一行が前に助けたステンダールの番人ヨラン役としてLudgerさんに再登場いただきました。
・Miraak - Dragonborn Follower SE( Nexus SE 19829 )
ミラークをフォロワー化するmodです。Dragonbornの最終戦のあとのクエストが変更され、フォロワーにすることができるようになります。
今回は撮影のため、フォロワーとして扱えた方が便利なので使用させていただきました。
・Miraakulous Miraak Eldritch Flavor( Nexus SE 44179 )
ミラークの容姿変更modです。カッケェ!
・エランディルの”銘入り”ゾンビ達
[U] ウルーモルス
本作品オリジナルの隻腕の大男。
造型は大型クエストmodのThe Wheels of Lull( Nexus SE 748 )に出てくるホワイトホーン砦の実験体です。
[V] ヴィ
本作品オリジナル。
上半身の造形は一般的なサルモール・ウィザードで、四肢欠損modであるAmputator Framework Beta v0.7( LoversLab LE )を使用して下半身と両腕を削除しています。
下半身にUnslaad SE( Nexus SE 11789 )に出てくる祟り神マル・ブレンドンを合わせています。
[Ge] ジェミノス
同胞団の帰還の歌第2巻に登場する、最初の盾の姉妹。名称はオリジナル
姉のフロアはフォロワーmodのUnique Zombie Follower - Trish( Nexus SE 37425 )
妹のグロスタはフォロワーmodのHuldra -Draugrborn-( Nexus LE 68141 )をSE変換して使わせて頂きました。
[Zy] ゼード+イェゾ
本作品オリジナル。
死霊術師ゼード[Z]は、バニラのアルトマー男性にそれっぽい衣装を着せているだけですw
取り憑いている悪霊イェゾ[y]は、Ultimate Boss Fight Mod( Nexus SE 50593 )に収録されている"Forgotten Summoner"を使用させていただきました。
[F] 偽ファリオン(悪霊に見える実体の方)
バニラのクエストでメリディア(様)の祠を占拠しているけしからん死霊術師マルコラン。こいつを一回倒して悪霊化したときの姿を利用しています。
・Coldharbour Resummoned SSE by Aipex8( Nexus SE 19484 )
ブラッキーと契約した(?)ドレモラ・ヴァルキナズたちは、このmod由来です。
modでは試練をクリアし、召喚の書を手に入れてはじめて使役することが出来るようになりますが、私の物語ではサングインの杖によって召喚される対象ということにしています(๑╹ω╹๑ )
・ストームクロークのモブ増加
Immersive Patrols( Nexus SE 718 )で増加するNPCを利用させていただきました。
・ストームクローク装備
Stormcloak Hero Armory( Nexus SE 18965 )
Stormcloak Robes SE( Nexus SE 39827 )
Stormlord Armor( Nexus SE 7493 )
Ursine Armor Pack( Nexus SE 3905 )
Extended Stormcloak Armor Variety v2_1SE( Nexus SE 12681 )
これらの組み合わせで、バリエーションを増やしましたヾ(๑╹◡╹)ノ"
・継続登場しているレギュラーさんたち
ブラッキー(どくうつぎさん)、アスヴァレン(ボーロさん)、エランディル(TDNさん)、イルダリ(JDK_Robton_Kaos Wulfさん)
・エキストラさんたち
サリクス(火取蛾さん)、ファルサ(ボーロさん)、テスラ(RoundRovinさん)、ディアナ(ナディアさん)、小クジェルド(kikiさん)、ヴァルミエル(アルフォートさん)、アレッシア(ナディアさん)、ササーニア(自作)、アトレバス皇子(曼珠沙華さん)、第2皇妃グルマンディーズ(廃人aさん)、タイロニ将軍(おいぱみさん)、興行主ラニスタ(Nico2605さん)、ノノ(kikiさん)
〇ツール・特殊ゲームプレイ系
・ANA's Interior Editor(XBOX1 Version) ( bethesda.net 4090442 )
お世話になっているゆきさんのハウジング用mod
今回は灰色地区を締め出すノルドのバリケード構築などに使わせていただきました。
・L.V.X Magicks - Campfire Unleashed - WILD FIRES( Nexus SE 11001 )
Campfireの仕組みを応用して、様々なオブジェクトを配置可能にするmodです。
・Portal - Dynamically Placed Teleportation( Nexus SE 20235 )
第一部の謎の地下室で良く使っていたポータル魔法です。今回はSE版が出ていたのでそちらを使用しました。
白と黒、対となるポータルを世界の好きなところに設置すると、両者の間をテレポートして移動することが出来るようになります。
1箇所しか対に出来ないのでチート過ぎることもないし、普通にゲームに組み込んで楽しく便利なmodです。
・Thoom SE( Nexus SE 62770 )
様々な新しいシャウトを追加するmod。バニラとのバランスが上手く取られています。
バニラではアルドゥィンが使用、そして今回ミラークが使ったドラゴンを蘇らせるシャウト(Slen-Tiid-Vo)もこのmodで使えるようになります。
・ドラゴンの撮影
Fully Flying Dragons SE( Nexus SE 3191 )
Play as a Dragon SE( Nexus SE 28854 )
Monster Race Crash Fix( Nexus SE 19899 )
Project New Resign - Nemesis Unlimited Behavior Engine(外部サイト)
Nemesis Creature Behaviour Compatibility( Nexus SE 45966 )
これらのmodを組み合わせ、使い分けて空中や地上から撮影しました。
騎乗戦闘は楽しいですねヾ(๑╹◡╹)ノ"
・ヴィントゥルース(ドラゴン)の造型
Chaos Dragons( Nexus LE 65816 )をSE用にコンバートして使用しています。
○ロケーション
・Skyrim Underground SSE( Nexus SE 131 )
スカイリム中にダンジョンを追加し、広大な地下世界を構築するmodです。
今回はウインドヘルム城内からの秘密の脱出路として、ニューグニシス・コーナークラブの地下井戸を使いました。
・Palaces and Castles Enhanced SSE( Nexus SE 1819 )
Setteさん作の宮殿やお城の内装オーバーホール。
今回のウィンドヘルム城内はこのmodを使用しています。
〇エフェクト系
・Ponzu Explosion SweetRoll(個人サイト LE)
お世話になっているPonzuさんの作った、爆発するスイートロール。
ちょっとした爆発その他のエフェクトを手軽に配置することができて重宝しています。
LEからコンバートして使っています。
・Colorful Magic( Nexus SE 13261 )
魔法/装備/中ボス追加の有名なmod。
今回も様々なシーンのエフェクト代わりに使っています。
道を塞ぐ瓦礫の一部はこの呪文で発生させて撮影しました。
ブラッキーを守りに(?)現れたハルメアス・モラのアバターもこのmod由来です。
・Clanggedin's Skyrim Auras( Nexus SE 42167 )
ゲーム中に登場するバニラのエフェクトを自由に付け外しできるようになるmodです。
魔法を纏ったエフェクトなど、いくつか利用させていただきました。
・Dukkhas Forbidden Death Magic.esp V3.4.reload( Nexus SE 7060 )
人体を爆散させる魔法を追加するmod。
飛び散るのは肉片と骨。そんなシーンを作るのに利用しました。
・Blood Magic in skyrim( Nexus LE 19534 )
血に関わる暗黒魔法っぽい呪文を追加するmodです。
変異したヴィ[V]に命を吸われて干涸らび、ドラウグルみたいになってしまった犠牲者は、このmod魔法で作り出しました。
・Peryitoon SE( Nexus SE 10990 )
スプラトゥーン風のシューターを追加するイカ(?)modペライトゥーンw
今回はテクスチャを改造して血糊にし、吹き付けられるようにしました。
どこにでも好きなように血だまりが描けるので、撮影ツールとして便利なものにw
・Call of Pukey( Nexus SE 45900 )
え~と・・・ゲロmodです💦
喰らったらもらいゲロも発生します。きたないです。
でも安心。今回はテクスチャを改造したので口から血を吐くmodとして生まれ変わりました! 例のシーンで使っています( *・∀・)9゙
○アイテム小物、その他
・ササーニアの拘束首輪
長らくキーアイテムの一つとして活躍してくれたこの首輪ですが、今回とうとうお別れすることになりました。
名前はお世話になっているsasaさんの狂言回しキャラから、そして造型は Deviously Cursed Loot( LoversLab ) の重首輪を使用しています。
・SavrenX Lux Weapons( Nexus SE 32667 )
ユニーク武器のリプレイサーmod。堕落の髑髏に使っています。
エランドゥルを倒して手に入れたエランディルが倒されて、イェアメリスの手に渡りました。ササーニアの首輪に変わって第3部でのキーアイテムの一つとなる予定です。
・Welkynd Stones( Nexus SE 503 )
ウェルキンド石を追加するmod
ササーニアの首輪の探知機であるタリスマンとして使わせていただきました。
・Sanguine - 4k( Nexus SE 64471 )
デイドラロードの像(サングイン像)を美化するmod
・エランディルの邪眼(自作)
自作です。手抜きで作ったので、向きによってはテクスチャが消えたり眼球と旨く重ならなかったりで残念な見栄えに…(^__^;) 撮影は角度に気をつけて行いましたw
・破壊され穴の開いた大門のメッシュ
有名な体系調整modであるBodySlide and Outfit Studio。Outfit Studioの方を使ってメッシュを変形させています(詳細はCh37のあとがき参照)