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TES大好き、もきゅがスカイリムの物語をお届けします

◆Chapter 2-7: ソリチュード

2017
01

ソリチュードの正門は物々しい警備下に置かれていた。


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時折門が開き、中から騎乗した兵士たちが現れる。石畳に蹄の音が響き、十人ほどの隊が幾つも街道に駆けこんでゆくのだ。昼間の城下町はそこそこ人も多い。門前に集まっていた人々は、兵士たちの出撃の度に馬に轢かれないように脇に飛びのかなければならなかった。イェアメリスたちがソリチュードの門に到着したのは、そんな最中であった。


「まて」


行く手を遮られて、彼女は思い出した。手形を出すのを忘れていた。見せなくてはと懐に手を突っ込む。


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「引き返せ。門は閉ざされている」


手形を取り出す間も与えられず、彼女は押し戻された。やっとのことで門にたどり着いたイェアメリスは、むっとしてその守備兵に詰め寄った。


「どういうことなの?」


「ソリチュードには今、戒厳令が布かれている。ストームクロークの凶行についての調査が終わるまでは城門内への立ち入りは一切禁止だ」


「ストームクローク? 何それ、訳分からないわ」


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仲間たちが追いついてくる。イェアメリスは不満そうな顔をそちらに向けた。
「入れないって言われたの」


アルフレドが代わりに守備兵と向き合った。
「アルヴォア隊長に報告があるんだが、入れてくれないか?」


「隊長に? ・・・お前は軍属か?」


「いや、傭兵だ。隊長の依頼・・・ウルフスカル洞窟の調査を済ませてきたところなんだ。通してほしい」


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守備兵は横に立つ同僚に訊ねるような仕種をしたが、そちらの衛兵も肩をすくめただけだった。
「ウルフスカルだって? 聞いてないな。すまんが今はそれどころじゃない」
彼らも臨時で駆り出されてきたようで、情報が行き渡っていない体だ。傭兵は食い下がったが衛兵は事務的で、取りつく島がない。


少し離れて辺りを見回したナターシャは違和感からか、微妙な顔をしている。
「なぁ、おかしくないか? なんで帝国兵が守っているんだ? 門の警護は衛兵の仕事のはずだが」
兵士たちはみな一様に殺気立っており、問題でも起こしたら、簡単に拘束されてしまいかねないような雰囲気だった。これではまるで戦争だ。


「困った・・・入れないの一点張りだ」
彼女たちはこのまま城門前に屯しているわけにもいかず、少し下がった石畳に一旦引き下がる。そこには同じ境遇の人たちが集まっていた。すぐ脇には通せんぼを食らった旅商人らしき男もいる。こちらが様子を伺うまでもなく、商人は振り向くと諦めの混じった声で話し掛けてきた。


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「ウルフリック・ストームクロークが上級王を殺したらしい・・・しかも声で! 叫んでバラバラにしたんだと」


「こら! 滅多なことを言うもんじゃない!」


「おっと、いかんいかん・・・」
守備兵が眉尻をあげるのを見ると、商人は慌てて声を潜めた。


「上級王が・・・殺された? それにウルフリックだって?!」
アルフは呆然と仲間を見た。しかし彼以外はきょとんとしている。いきなりの話に状況の重さが理解できないのだ。この中にスカイリムの住人はアルフ一人だけであった。
「なんてことだ・・・」


口がきけなくなった彼に代わり、アーセランが尋ねる。


「で、その戒厳令ってのはいつからなんだ?」


「聞いたところによると、今日の明け方からだってよ」


「明け方って・・・、始まったばかりじゃねぇか!」


「あんたらも商人かい? 今回のソリチュードは諦めた方がいいかもな」


「そうもいかないのさ。ここにどうしても用のある奴がいるんでな」ボズマーは連れのエルフにちらっと目を走らせる。


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「そういうことならあんたら、早めに宿取った方がいいぞ」
商人は同じように足止めを食らっている旅人達を数えるように、身ぶりで門を指し示した。


「今日これからここに来る連中は皆、とりあえずの宿を探す羽目になるはずだ」


アーセランはうなずいた。
「おお! それは気づかなかった。あんたの言うとおりだ。ありがとよ」


「それにな・・・」


商人は一層、声を潜めた。


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「港湾地区、波止場地区のほうは出入りしてもいいらしいんだが、このところ、日が暮れると殺人者が徘徊するって噂なんだ。"斬り裂き"って名がつくぐらい有名らしいぜ。・・・一昨日なんか、港湾地区の宿屋が泊まり客含めて皆殺しにされたんだと!」


「ホントかよ?! 物騒だな、おい」


「だからな、早いことここ城下町の宿を押さえるか、ドラゴンブリッジまで引き返す、その決断をしなくちゃならないってわけさ。まだ午後も早いが、場所取りは早い者勝ちだぜ」


そう言って商人は一足お先にと、宿に繋がる階段に足をかけはじめた。


ハーフィンガル地方の玄関口ともいえるドラゴンブリッジの町から、街道を北東に進んだ終着点に王都ソリチュードは位置する。街道は深い森林を貫いて走っているが、近づくにつれ周囲には建物が姿を見せ始め、ソリチュード城門に至るころには既にちょっとした街の様相を呈していた。この城壁外の城下町は、仕度を調えてから上層街入りする旅人達の休息所にもなっているのだ。


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ブラックバレル亭・・・商人の助言を受けて、イェアメリス達は城門に一番近いこの宿に足場を固めることにした。無事に部屋を確保して荷物を下ろすと、彼女らは思い思いの姿勢で身体を休める。誰が提案したわけでもないが、示し合わせたように寝息が上がり始めたのも致し方ないことかもしれない。なにしろ彼女らは徹夜明けだった。しばしの仮眠を貪ると、夕刻の鐘の音を合図にして彼女たちは起きてきた。二時間程度で疲れが取れるわけはなかったが、それでも幾分気分はマシになった。


早めに部屋を取ったのは正解だったようだ。夕方の時点で数少ない個室はいっぱいになっており、しばらくすると雑魚寝を決心してフロアの片隅に陣取りする者も現れ始めた。イェアメリスたちは酒場を兼ねるフロアに降りてきて、なんとかひとつテーブルを確保すると腰を落ち着けた。一行はやけにエルフ族が多いちぐはぐな集団だったが、特需に沸く宿の喧騒のおかげで、好奇の的になることはなかった。


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彼女たちは聞こえてくる噂話に、テーブルを回っていろいろ聞き回ってきたアーセランの話を合わせて現状を確認しあった。皆が口をそろえて言うことによれば、どうやらソリチュード上層街は昨晩襲撃を受けたようだ。ちょうど彼らがウルフスカル洞窟で死霊術士の一団と対峙していた頃の話だ。衛兵を突破し上層街に侵入したストームクロークの一団が市場を破壊し、上級王を殺害。その中に反乱軍の首魁であるウルフリック・ストームクローク本人の姿もあったというから驚きだ。


ソリチュードの市民たちは目の前で王を殺され大いに動揺した。襲撃を察知も防ぐこともできなかった帝国軍は丸つぶれになった面目を取り戻そうと、脱出逃走したウルフリックを目下追跡中だという。
城下町に着いたときに慌ただしく兵士達が出入りしていたのにはこういった理由があったのだ。そして街は喪に服し、同時に事件の関係箇所を捜索するために戒厳令が布かれたのが今朝。


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「あと半日早ければ、中には入れていたのよね」
イェアメリスは頬杖をついてため息を漏らした。


「すまない。俺たちの調査に付き合わせて時間を取らせてしまったな」
真面目に恐縮するアルフレドを見て、彼女は慌てて首を振った。


「ちっ、違うの。言い出したのはあたし。アルフさんのせいじゃないわ」


「そうそう、言いだしたのメリスちゃん。オレっちは止めたんだぜ」


彼女は口を挟んできたアーセランをじろっと睨んだ。そんな様子には構わず、アーセランはしゃべり続ける。


「でもまあ、あのまま雪の中を一日進むのは無理があったし、洞窟で一晩明かすってのは悪い判断じゃなかったと思うぜ・・・しっかし、それにしても困ったよなぁ」
アーセランはテーブルの上の塩漬けの燻製に目をやった。イェアメリスが一口食べてやめてしまったやつだ。


「なに? どうぞ。あたしはいいわ」


「お、サンキュー。メリスちゃんにイフレのご加護を」
アーセランは遠慮なく燻製をつまむと、口に放り込んだ。「ん、ちょっと臭せぇが、まあいける」


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「あなた肉なら何でもいいのね。そんな何の肉だか分からない物、よく食べられるわ」


「何のって、これはマンモスだぜ? スカイリムで生きて行くには欠かせない肉じゃねぇか」


「したくて旅してるんじゃないわ。それに別にここで生きていこうなんて思ってない。仕事が終わったらすぐにでも・・・」言いかけて同席しているアルフレドが目に入り、舌鋒が鈍る。「ごっ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ・・・」


「はは。分かってるさ。スカイリムにきた連中は大体同じ反応をするよ。でも、ちゃんと調理すれば美味しいんだぜ?」


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スカイリムはタムリエルの地続きではあったが、西のロスガリアン、南のジェラール、東のヴェロシ、と三つの山脈で他の地域から隔絶されており、移動には険しい山道か海路を使う必要がある。そのため同じ陸続きでもヴァレンウッドやエルスウェーア、ブラックマーシュといった他の地域と比べて人の往来は少なかった。人の往来が少ないということは、文化の変化が緩やかということで、スカイリムには生活習慣から食事に至るまで、様々なところで昔からのノルドの文化が色濃く残されていた。


マンモスは北方では重要なタンパク源なのだが、巨大すぎることもあり、食材にするには組織的な狩りが必要だ。それに豚や牛に比べると肉の処理に手間がかかる。そんな理由で他の地域では殆ど食用とされない。彼女は口にしたことがなかった。


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器用に野菜と肉を選り分けて、分担して食べるボズマー男とブレトン娘を、アルフは面白そうに見比べた。


「牙が錬金術の素材にもなるぐらいだから、知ってはいただろ?」


「ええ、でも食べものとして考えたことなんてなかったわ」


イェアメリスは向こうで熱を発している暖炉に向かって少しでも近付こうと、テーブルの下で脚をもぞもぞさせた。アスヴァレンの脚とぶつかってドキッとしたが、彼はジョッキ片手にまた何やら本を開いている。よくこんなうるさいところで読書ができるものね、と半ば呆れながら、彼女は注意深く足を伸ばした。


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「それにしても、やっぱりスカイリムって寒いのね。地図で見たときにはキルクモアと緯度は変わらないように見えたんだけど」
寒冷地という土地柄、スカイリムの建物は暖炉を備えていることが多い。排気は煙突から昇ってゆくから分かりやすいが、火を焚くには給気も必要だ。それは壁の隙間や、半開きになった窓から流れ込んでくる隙間風の役割だった。
キルクモアの彼女の小屋も同じ構造なのだが、いかんせんここはその隙間風も冷たい。彼女は屋内にいるにもかかわらず、ときおり肩を撫でる隙間風が気になって、居心地悪そうに身体を動かした。


「ここは旧帝国の時代にはシロディールの避暑地だったからな。でもこれぐらいで音を上げてちゃあ、寒い季節はまだ先だぜ」


「これで暖かいというの?」


酒場には様々な人種が集っていたが、半袖などで平気で肌を晒しているはここの住人、そう出なく着込んでいるのは旅人、見ただけですぐ分かる。
「暖かいとは言わないが、まだ寒さには先があるってことさ」そういうアルフも半袖だ。
「尤も、これくらいじゃ足りないという変わり者もいるみたいだけどな」


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「・・・」返事がない。


「あれっ? 聞いてない・・・」


アルフレドが揶揄しようとして空振りに終わった対象、褐色の女魔術師は会話には参加していなかった。ウルフスカルにいた死霊術士の一団、自らの所属する大学に連なる者の関与、それらに思いを馳せながら、テーブルの反対側で物思いにふけっている。どうやって早いところ大学に帰還するかで頭がいっぱいだったようだ。


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視線を向けられている事にようやく気がついたナターシャは、不思議そうに彼女たちを振り返った。
「ん? あたしの顔に何か付いているか?」


「あたしがスカイリムで凍え死ぬ前に、早いとこ"狼の毛皮の呪文"を教えてもらった方が良さそうね、って話をしてたところよ」
ナターシャをはぐらかすと、イェアメリスはアルフレドに微笑んだ。アルフレドも悪戯っぽく目配せを返すと、今度は話題を変えて横の商人に向きなおった。


「しかしあの門、なんとかならないものかな? アーセラン、あんた入っちゃいけないところに入るのは得意だって自慢してたよな」


ボズマーは首をブンブン振った。
「アルフの旦那まで・・・メリスちゃんみたいなこと言わないでくれよ」


「なによそれ」


「ひっでぇなぁ・・・おまえらみんな、俺を盗賊か何かと勘違いしてんじゃないか? ありゃ冗談だ、冗談」


また言い合いが始まった。

「似たようなものでしょ。あたしのお給料持ち逃げしようとしたの誰よ」


「うわっ、まだ根に持ってるのかよ・・・しつこい女は嫌われるぜ」


「うるさい。・・・いいから、また手形のときみたいにちゃちゃっと、何か街に入る方法を考えなさいって」


ナターシャも身を乗り出してきた。三人の期待の視線に耐えきれなくなり、やがてボズマーの商人は降参の仕草で手を上げた。


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「無茶言うなよ。ないこともないけど、無駄だって」


「なぜだ?」


「あのなぁ姐さん、戒厳令ってなんだか知ってるのか? 外出禁止だぜ。仮に街に入ったからといって、街路に出ることさえ許されねぇんだから。いいとこ宿屋に閉じ込められて、ここ以上に身動き取れなくなるだけだよ」


「それもそうか・・・しかし・・・」


「なにアルフさんも急に冷静になってるの。あたしたち、身動き取れないのよ?」
「そうだ。言い出したお前も責任もって考えろ」


女たち二人の矛先が今度は自分に向いたのを感じ取って、傭兵は頭をかいた。
「そうは言ってもなぁ」
チラと横を見るが、錬金術師の先生は本に没頭してどこ吹く風だ。助けにはなりそうもない。


「ナターシャ姐さんはともかく、メリスちゃん、なんか焦ってる?」


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アーセランの何気ない一言に、首にかけた手形を弄るイェアメリスの手が止った。


「い、いえ・・・」


「俺っちが頑張って手に入れたそれの出番もまだ先になりそうだな・・・」アーセランは自分も同じ手形を取りだした。「そう言えば・・・」


「え? なに。今度はあたし?」


「ああ、色々あって聞けずじまいになってたけどよ、メリスちゃん達、あの船長が言ってたように、やっぱり駆け落ちなのか?」


「ばっ、ばかっ。違うって言ったでしょ」


「じゃあどうしてソリチュードに向かってたんだ?」


「あ、それは俺も気になるな」
事情を知らないアーセランは興味のまま、ずけずけと聞きたいことを聞いてくる。都合の悪いことにアルフも話に乗ってきてしまった。イェアメリスはアスヴァレンにも話していないことが大半で、慎重に言葉を選ばなければならなかった。当然返事は鈍く、曖昧になる。


「あなたジェハンナで『東帝都社の仕事でな』って、自分で説明してたじゃないの」


ボズマーは干し肉を一切れ囓ると、アルフと顔を見合わせた。
「そりゃぁ方便だろ? メリスちゃんの代わりに俺が口からでまかせで言ったことだし。ホントの所はどうなんだい? 駆け落ちじゃないならいったい何・・・?」


「あなたがその方便で言った通りよ。東帝都社の仕事。し・ご・と」


「ふ~ん・・・、メリスちゃん錬金術師だけど、もしかして密輸とか、俺よりやばいもの扱ってるの?」


「違うわよ!」


「なんかしっくりこないなぁ」


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「言っときますけどね・・・あんたがしっくりこなくても、あたしはぜ~んぜん構いませんからね」
呪いのため、肝心のここに来た理由を話すことが出来ない。どうしても歯切れが悪くなってしまうのを、乱暴な言い方でごまかすしかなかった。


「はい、この話はもう終わりよ、終わり!」 イェアメリスは二人の視線から逃げるように話を遮った。「そんなことより、どうやって中に入るか考える方が先でしょ!」


とはいえ相手は戒厳令だ。そう簡単にすり抜ける手が出てくるものでもない。その後ナターシャも交えて彼らは四人で相談したが、結局良い案は何も浮かばなかった。
食事を終えるころには、宿の外ではとっくに陽が沈んでおり、彼女のソリチュード到着一日目は、こうして何の実りもないまま終わりを告げようとしていた。


少し高い金を払わされることにはなったが、彼女たちの室は設備の整った上客用の部屋だった。ベッドも二つある。それらを二人の女性に譲り、男たちは床に敷いたラグや椅子の上で、アルフは剣を抱いたまま、アスヴァレンは本を開いたまま、みな思い思いの姿で眠りに就いていた。


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部屋には小さいながらも暖炉が用意されている。フロアと違ってここならばどれだけ近づいても問題ない。イェアメリスはせっかく譲ってもらったベッドではなく、その暖炉の真ん前に張り付くと、ぽつりと座りこんでいた。


炎を眺めているとふと自宅にいるような錯覚に囚われる。彼女はキルクモアの自宅でもよくこうして暖炉の前に座っていた。視界の隅を何かが横切ったような気がして、目を走らせたが、期待していた居候のウサギは目に入ってこなかった。炎に照らされた家具の影が揺れただけだった。


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(ずいぶんと遠くまで来ちゃったものね・・・)


呪いに囚われてから、つい昨日のウルフスカル洞窟での戦いまで、この半月余りで経てきた行程が順に浮かんでは消える。仲間達の寝息に混じって薪のはぜる音が時折り響く。彼女は焦点の定まらない目で炎を見つめ続けていた。キルクモアを離れてあの船に乗って以来続いていたバタバタと落ち着かない日々。あとちょっとでゴールが見えてきたというところに訪れた思いもよらない隙間の時間。何もすることがなく、何かしたくても何も出来ない待つだけの夜。横になってしまえばいいのだろうが。気持ちが高ぶってしまい寝れなかった。


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ふと気になって胴着の胸を覗き込むと、敢えて意識の隅に追いやっていた傷が目に入った。彼女は顔を背けた。・・・呪いは生きている。思い出すとひときわ大きな鳩尾の傷がずきんと痛んだ。
恐る恐る左の袖をめくると、手首の内側の疵坑が暖炉の炎に負けないぐらいの光を発している。


「どうした? 眠れないのか?」


背後から声がして、慌てて彼女は袖を降ろした。
振り向くと、ダンマーの錬金術師が椅子から立ち上がるところだった。


本を読みながら変な姿勢で寝てしまったようで、しかめた顔で背筋を戻す伸びをしている。彼はイェアメリスのところに歩いてくると、同じように床に腰を下ろした。


「え、ええ・・・なんだか興奮してしまって」
あまりの近さに、高まった動悸を悟られないかと、彼女は縮こまった。
「あ、良かったらベッド使う? せっかく譲ってもらったけど、寝れないから」


「オレはいい」


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しばらく沈黙が続く。


「焦っているのか?」


「そ、そんなことな・・・」
言ったが言葉が消えかける。
彼女は呟くように続けた。「うん・・・ちょっと焦っているのかも・・・」


「色々あったが、現にお前はこうしてソリチュードまで無事にたどり着いた」


「そうね・・・あなたのおかげよ。でも、事故とはいえ、大事な素材を失わせてしまったわ」


「気にすることはない。材料などいくらでも取り返しは付く。古くなった素材を新調できるチャンスだと思えばいい」
アスヴァレンが言うと負け惜しみに聞こえないから不思議だ。彼は顔を覗き込んできた。


「アズラに掛けて、お前もあと少しで仕事が果たせるのだろう?」


「でもちょっと焦らなくちゃならない事情もあるの」
言外に、何をそんなに焦っていると言われた気がして、イェアメリスは思わず漏らす。
漏らした後、ハッと気付いてみぞおちに意識を集中させてみたが異常はない。言ってはいけないことを口走ってしまったわけではなさそうだと分かり、心の中で胸を撫で下ろす。彼女は呪いに意識を集中させながら、話す言葉を手探りした。


「何の仕事か聞いてこないのね」


彼はあくまでも仕事の内容は聞いてこない。でも自分のことを注意深く観察してくれている、そう信じたかった。


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「聞いて欲しいのか?」


「それは・・・」
言ってしまいたい誘惑が高まるのを感じ、彼女は耐え切れずにもう一つの感情に逃げ込んだ。
「何も聞いてくれないから、あたしに興味がないのかと・・・」


「言いたくないのだろう? 話したくなったらでいい」


「余裕ね」アスヴァレンは感情を殆ど出さない。それが頼もしいときもあるが、どうしようもなくもどかしく感じることもしばしばだ。「なんか悔しいわ・・・」


「一応、お前の先生だからな」


うまくいかない。何か言おうとすると憎まれ口を叩いてしまいそうだ。いろいろな言葉が頭の中に浮かんだが、どれもぐるぐる回って焦点が定まらず、途中で彼女は考えるのをやめた。ただ一つ残った言葉をぽつりと吐き出す。


「・・・ありがと」


そう言うとイェアメリスは悪戯っぽく微笑み、わざと身体の力を抜いた。
ぐにゃっと横に倒れ込む。彼女はアスヴァレンに寄りかかった。


「今だけ・・・ごめんなさい・・・」


ダンマーは答えなかった。


しばらくそうしていると、横から寝息が聞こえてくる。彼に寄りかかったままイェアメリスは眠ってしまったようだ。身体を動かしてみたが、起きる気配はない。アスヴァレンはエルフの娘を抱き上げ、開いているベッドに運ぶと、そっと降ろしてやった。


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「ん・・・」


少し頭を動かしたが、そのまま彼女は眠り続けていた。




・・・




次の朝、仲間達が起き出してくる音につられて、イェアメリスも目を覚ました。少し寝坊してしまったようだ。
一瞬自分がまだ、キルクモアの自宅に居るような気がして、居場所が分からなくなって頭を振る。


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次第に頭がはっきりしてくると、確か昨晩、暖炉の前に座っていたところまでをやっとの事で思い出した。何か力強いものに抱きかかえられベッドに運ばれたような感じをぼんやりと想像し、彼女は顔を真っ赤にしてきょろきょろした。


長身の錬金術師は椅子に座って書を紐解いている。初対面の時のようにじろじろ見てしまっていることを感づかれないか、彼女はどきどきしたが、彼の関心は完全に本に向いているようだ。・・・いつの間にか、窓辺で本を読む彼の姿を見ることが彼女の安心になっていた。いつもと変わらないその姿を見るのがイェアメリスは好きだった。


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取り敢えず身繕いをしてフロアに降りてみたが、状況は何も変わっていないようだ。ソリチュードの市門は閉ざされたままで、旅人達の交わす話題にも新しい情報は大して含まれていなかった。


一人で軽い食事を済ませて部屋に戻ると、待ち構えていたかのようにアーセランがやってきた。


「どうしたの? 落ち着きないわね」


「う~ん・・・。確実なのはあっちだけど・・・」
窓辺に座るアスヴァレンと彼女を交互にチラチラ見ながら呟いている。


「しゃーない。こっちでいいか」


「何ブツブツ言ってるの?」


アーセランは何かをかき回すような仕草をしている。
「メリスちゃん、あれ作ってくれよ」


「あれって?」


「ほら、あの身体が透明になる薬だよ」
ボズマーの仕草は乳鉢とすりこぎの動きであった。


「透明化の薬? あなた一体何企んでるの? またろくな事じゃないでしょ」そして声を落とす。「・・・もしかして、それで街に入ろうっていうの?」


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商人は首を振った。
「あ、いや・・・そっちじゃねぇんだ。ほら、門は開かねぇけど港の方へは出入り自由じゃん。おれっちが捕まってた貨物船の行き先ソリチュードだったから、港に泊まってるはずなんだよ」


「それと透明化の薬がどう関係するのよ」


「鈍いなぁ・・・」彼女の眉尻がつり上がる間を与えずボズマーは続けた。「貨物船に置いてきちまった荷物を回収しようと思ってな」


「忍び込もうって言うのね。それ、泥棒じゃない!」


「なになになに・・・ち~がうだろ。なんでそうなるのさ。オレは商人だぜ? それに、自分の荷物取り返すのがどうして盗みになるんだよ。な、作ってくれよ」


「え~・・・」


「いいだろ?」


イェアメリスが乗り気でないのを見て取って、ボズマーは窓際で我関せずのアスヴァレンを指さした。
「本当は旦那に頼む方が確実なんだろうけどよ、この前のガキどもに薬を根こそぎやられちまったからな。この際だからメリスちゃんでもいいかなって・・・」


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誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は効果てきめんだった。イェアメリスはボズマーに向かって胸をそびやかせた。


「何その言い方! あたしの腕が信用できないって言うの?!」


おどおどしたようにアーセランは後ずさった。
「え・・・、だ、だって自信ないんだろ?」


「誰がそんなこと言ったのよ。あたしだってちゃんと作れるんだから!」


「やっぱ先生に頼んだ方が・・・」


「あ・た・し・が・作る!」


アーセランは水飲み人形みたいにコクコクと機械的に頷いた。その顔はニヤニヤしていたのだが、イェアメリスからは影になって、表情を読み取ることは出来なかった。
彼女は鼻息荒く、自分の荷物を漁っている。乳鉢やら何やらを取り出すと、準備を整えはじめた。


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「本当はこんなことしてる場合じゃないのよ。街に入る方法考えなけりゃならないんだから・・・」


文句を垂れながらも、乳鉢に鮮やかなルナ・モスの羽を入れ、ゴリゴリ磨り始める。羽はあっという間に粉末になった。


「ニルンルートは高級品だから・・・こっちね」


「マジ? そんなの入れるのかよ・・・」


シャウラスの卵を目にして、アーセランは、気味の悪さに文句をたれた。


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「大丈夫よ。孵化しないように処置済みだから」


「そうは言っても気味の悪さに変わりはねぇよ」


虫の卵は他のものとは違い、産み落とされた時点で環境さえ整えばどこでも孵化できる。シャウラスの卵を孵化しないように材料として保存する方法は、錬金術師が最初に習う基本技術の一つだった。


彼女は料理でもするかのような手つきで、硬質化したシャウラスの卵を裂いて暗緑色の卵黄を混ぜ始めた。興味を引かれたアルフ達も集まってくる。


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「へぇ、何作ってるんだい?」


「あら、見世物じゃないのよ」


イェアメリスは笑うと、荷物の中からガラス製の容器らしきものをいくつか取りだして組み立て始める。蒸留器だ。ペースト状になった材料ができあがると、彼女は場所を移した。暖炉の中から炭化した薪の破片を見繕い、その蒸留器の熱源として設置した。


アーセランはおっかなびっくり見守っている。


「大丈夫よ、そのまま飲むわけないじゃないわ。蒸留するから」


「蒸留?」


「必要な成分だけを取り出す過程の事よ」
イェアメリスはペースト状になったシャウラスの卵を蒸留器の中に注ぎ込んだ。
蒸留器を適温に保ちながら、片手間にアーセランに説明する。


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「えっとね・・・この材料の中にはいろいろな成分が含まれるの。例えばシャウラスの卵だと、透明化の成分以外にも、毒の効き目を強くする成分、持久力を高める成分、マジカを弱める成分なんかが含まれるわ。それぞれの材料によって沸点・・・沸騰して蒸気になる温度が違うから、順番を考えて温度を制御して、要らない成分を飛ばしたり、必要な成分を別の容器に凝縮させたりして、本当に必要な成分だけを取り出すの」


ペーストは湯気を出し始めた。水滴が蒸留器の管に集められて別の容器に流れていく。


「これを何度も繰り返して、必要な濃度に高めるの。ルナ・モスの羽粉は最後にちょっとだけ残った毒素を吸着させて捨てるために使うのよ。とか言ってもあなたには分からないでしょうけど」


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「へぇ。錬金術って、すりつぶして混ぜるだけかと思ってたぜ」
アーセランは単純に感心していた。


「そんな簡単にできるものなら苦労はないわ。材料毎に特性や扱い方が様々だから、それを覚えるだけでも何十年もかかるのよ」


「なるほど、だからアスヴァレンのダンナは何時でも本読んでるって訳だな」


「錬金術は知識と経験に裏付けされた、奥深いものなの」
彼女は自慢げに胸を張った。


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薬の基剤には酒がよく使われる。蒸留したエキスを基剤で受けて、混ぜ込むのだ。どこでも手に入るアルトワインを小ビンに入れ、反対側のフラスコには抽出したエキス流し込む。仲間達が見守る中、午前中の時間をたっぷりと使って、透明化の薬はできあがった。


アルフレドは驚嘆の声を上げた。
「すごいなメリスちゃんは。魔術の威力も桁外れだったが、錬金術の腕前も確かなんだな」


「ああ、大したものだ」
ナターシャも素直に同意している。


イェアメリスはまんざらでもなさそうだ。ケンカ仲間のボズマーに向かって、にんまりとした笑みを浮かべる。
「ねぇ、聞いた? 人を褒めるってのは、ああやるのよ。あなたもちょっとはアルフさんを見習ったら?」


「確かに錬金術はすげぇ、それは認める。・・・でも、なんかメリスちゃんが言うと、説得力というか、なぁ・・・」


(むぐっ・・・)


「見てなさいよっ!」


三本分できた薬の一本を、試しに自分自身で飲んでみる。結果は成功で、彼女の姿は輪郭が薄れてゆき、やがて完全に見えなくなった。


「ア~ルフさんっ」


姿が消えたイェアメリスは、部屋のあちこちを歩き回って、仲間の懐から不意に声をかけて驚かせてみせた。


「うわっ! ・・・メリスちゃん!」


「どう? これでもまだ説得力ないかしら?」


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声だけが響き渡るという不思議な光景を目の当たりにし、アーセランも驚きを隠せない。
「見直した。本当に錬金術師だったんだな」


(むぐっ・・・)
「何度も言ってるでしょ。あたしは東帝都社のお抱え錬金術師だって」


「でも意外と地味で、手間かかるんだな・・・俺には向いてないや」アーセランの率直な感想は"面倒そう"だった。


「そうよ。薬が高いのにはそれなりの理由があるの」


「ってことは、先生の薬をバンバン壊しちまったあのガキんちょたちは、大変な事しでかしたわけだ・・・」


「ようやく大変さに気付いてもらえたようで何よりだわ」
彼女は窓辺の先生を指し示した。「まあ、あの人そんなに気にしてないみたいだけど・・・」


「メリスちゃんと違って、先生は器が大きいからな」


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「なによっ、そんなこと言うとあげないわよ」


「わっ、ちがうちがう・・・そっそういえば、東帝都社の事務所なら港にあるんじゃね。途中まで一緒に行くか?」
余計なことを言ってしまったのをごまかそうと、ボズマーは無理矢理話題を変えた。


「え、ええ・・・いや、そうじゃないの。街の中にある事務所の方に行かなくちゃならないのよ」
彼女の方もぎこちなく、話を逸らすようにビンを一本押しつける。


「いいから、早く行ってらっしゃい! 大事に使うのよ」


「ふーん、そうかい。ま、いいや」
腑に落ちない返事だが、彼は深く考えるのをやめ、当座の自分の問題に向き合うことにした。薬をポーチにしまい込む。


「ありがとよ! 恩に着るよ!」
アーセランはそういうと、部屋から駆け出していった。




・・・




「さて、俺たちはどうしたものかな」
イェアメリスの錬金ショーも終わってしまい、再び彼女たちは暇を持て余し始めた。アスヴァレンは相変わらず本を読みふけっており、長い時間が全く苦にならないようであったが、他のメンバーは宿の部屋に居続けることに苦痛を感じていた。それはイェアメリスも同じで、午前中は寝坊と錬金術でなんとか時間つぶししたものの、午後の予定が何かあるわけではなかった。


アーセランを送り出してしばらくした後、今度はナターシャが声をかけてきた。


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「こういう時は気分転換だ。城下町への出入りは自由みたいだから、服でも見に行こう。お前も来るだろ?」


「そうね!」暇を潰せる提案なら何でも歓迎であった。窓際で読書する彫像のようになっている動かないダンマーにも声をかける。「ねぇ、出かけない?」


錬金術師は返事をしない。集中しているときはいつもそうだ。いつものことなので彼女は少し大きな声で、それと分かるように呼びかけた。「ねぇ、せっかくの新しい街よ? まだ中には入れてないけど、城下を散歩するのもいいんじゃない? 部屋で腐ってたら頭にキノコ生えてくるわよ」


「オレはいい」


「そういうと思ったわ。・・・スジャンマ売ってるかも知れないのに?」
だが必殺の釣り文句は、空振りに終わってしまった。


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「あったら買ってきてくれ」


(むぐっ・・・)


「ふ~ん、っだ。ここは湿気が少ないけど、そういうところで生えてくるキノコもあるんですからね。スジャンマ見つけてもナターシャさんと飲んじゃうんだから」


そう捨て台詞を残すと、彼女はナターシャ、アルフと連れ立って城門前の街に繰り出した。


街に出ると、褐色の女魔術師が驚きの声を上げる。ソリチュードへの玄関にあたる城下町広場の入り口に立て看板を見つけたのだ。


「ほう、ソリチュードにはアリーナ(闘技場)があるのだな」


シロディールの大都市では一般的な催しとなっている闘技場。市民は贔屓にしている剣闘士に自分の金を賭け、戦いを楽しむと同時にその勝敗で配当をもらう娯楽だった。


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「アルフ、お前は出たりしないのか? 腕に自信はあるのだろう?」


「オレはいいよ。闘技場とは言っても、ここのは競技じゃない」


「帝都のとは違うのか?」


「ああ、ここは毎回死人が出るからな」傭兵は肩をすくめた。「傭兵だけど、オレは殺し合いは好きじゃないよ」


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彼は看板の闘技場について軽く説明をした。スカイリムの剣闘士はもっぱら職業と言うよりも罪人に与えられる刑罰の一つで、猛獣や捕らえた化け物と戦わされるのはまだマシで、大半がどちらかが倒れるまで、人同士の本当の殺し合いになるという。


尤も、大陸本土では味わえないその刺激を求めてこの地を訪れる貴族や道楽者も多いらしく、平時は一定の客で賑わっているとのことだった。


「ふ~ん。まあ、あたしが思うに、こんな所に行かなくても、スカイリムは剣を鍛えるのには困らない土地だけどな」


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「残念ながら、そういうことだ。護衛屋のオレも、剣を抜かずに済む依頼には最近ほとんど当たってないよ」


アルフは頷いた。内戦が激化しているこの地では、ならず者が増加し街道も安全ではなくなっていた。


「・・・あ、でも時々シロディールのグランドチャンピオンが興行しに来るときがあるから、そのときの参加なら有りかもな。大陸ルールで行われる、競技としてなら」


そう付け加えると、脇の店の扉を指さす。


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「服や装備が買えるの、ここじゃないかな?」


彼らは日中いっぱい、城下町を巡り、必要な買い物や情報収集を行った。サルモールに薬を渡したら呪いを解いてもらって、あとは帰るだけだ。当座の宿代と、帰りの船賃だけ残しておけばいいという考えと、待たされて暇を持て余すストレスもあって、イェアメリスの財布のひもは緩くなった。


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買い物などで時間をつぶした後、彼らは城下町の突き当たりにあるブラックバレル亭目指して帰ってきた。

宿まであとちょっとの所まで来ると、アルフは相変わらず閉ざされたままの城門を一瞥する。


「さて、ダメ元でもう一回交渉してみるかな・・・」
市門に向かって歩き出そうとする。


買い物をし過ぎたイェアメリスはその様子を見ながら、装備を一新するに値する理由を一生懸命考えていた。そんなとき、彼らを呼び止める声があった。


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「おや? キミ達まだここに居たのかい?」


聞いたことのある声に三人は振り返った。そして三人が三人とも、一様に落胆した表情になる。ウィスパーズ大学の若き死霊術士、ヨキアムが彼らの前に立っていた。


「なんだいどうしたの、みんな冴えない顔して。ああ、そうか、中に入れなくて暇つぶししてるんだね」


図星なだけに腹が立つ。ナターシャが返事をする前に、イェアメリスが口火を切った。


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「そういうあなたも立ち往生なんじゃない? 戒厳令で入りそびれたって訳?」


「とんでもない。なんでこの優秀な僕がそんなものに煩わされなくちゃならないのか、理由があるなら教えてもらいたいくらいだね」


「なによ。あなたは出入り自由だとでも言いたいわけ?」


「当たり前だろ? マスターウィザードの僕を邪魔できる者なぞ居ない」


「まだ成ってないだろ?」
言葉に詰まったイェアメリスに代わって、女魔術師が突っ込んだ。


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「おお、僕のナターシャ! やはりここに居たのか」


「なんだ、まるであたしを探しているような言い草じゃないか」


「そう、そうなんだよ!」
ヨキアムは芝居がかった仕草で眼鏡を持ち上げると、彼女たちを見回した。


「ふん・・・雑種と、野蛮人か・・・変なエルフ共は今日はいないようだが・・・ナターシャ、君はまだこんな連中と連んでいるのかい?」


「しっ、失礼ね! ・・・」食ってかかろうとするイェアメリスをなだめながら、ナターシャはアルフのことも制した。「相手にするな。こんな往来で騒ぐのは良くない」


「でもっ!」


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女魔術師は若き魔術師に顎をしゃくった。


「こんなところまでわざわざ嫌味を言いに来たのか? 用がないなら宿に戻るが、なにかあるならさっさと言え」


城下町の真っ只中で、外出禁止されていないこの辺りはそこそこ人も多い。ヨキアムは周りを見回して声を落とした。


「覚えてるだろ、洞窟から連れ帰った死霊術士の生き残り」


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「ああ、お前が責任もって連れ帰ってくれたんだろ。どうだ? 株は上がったか?」


「それはもう少し先になりそうだよ。それより聞いてくれ・・・あいつ尋問中に暴れ出して、マスター・ウルリッチに怪我を負わせたんだ」
メガネの奥から探るような目つきでヨキアムはナターシャの反応を伺った。


「何だって?! マスター・ウルリッチが・・・。彼は大丈夫なのか?」


「ああ、命は取り留めたよ。だが残念ながら、もう教鞭を持つのは無理だ。自爆魔法を喰らったんだ」


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「どうしてそんなことに?」


「ナターシャ・・・うん、ちょっとここでは言えないな」彼は蛇のような目で三人を見回した。「簡単に言うと尋問しようとしたときに囚人が暴れて、やむを得ず大学衛兵に殺されたらしいんだ」


「なんてことだ・・・」彼女は空を仰いだ。「お前の責任だろ。沈静ぐらいかけておかなかったのか?」


「知らないよ。引き渡した後の話だから。僕はその場にいなかったしね」彼は言い訳するように目をそらした。「・・・そういう訳で、事件の様子を知っている者がいなくなってしまったんだ。だからナターシャ、君に来てもらいたい。君に証言してもらわなくちゃならないんだ」


「事情は分かった・・・が、そう毎回ナターシャナターシャ挟まんでくれ、お前に呼ばれると自分の名前が嫌になってくる」


「おお、それは気付かなかった、で、来てくれるね、ナターシャ」


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女魔術師はため息を吐き出した。
「しかしどうやって大学に戻る? 門は通れないんだろう?」


「ああ、ナターシャ。君はまだ知らないんだったね」ヨキアムは眼鏡をくいと持ち上げると訳知り顔になった。「大学には非常時に使える秘密のポータルがいくつかあるのさ」


「じゃあ、彼女たちも一緒に・・・」言いかけたが今度は遮られた。


「ダメだナターシャ。君だけだよ、君だけ・・・」彼は見下したような顔つきでアルフとイェアメリスを見た。「こんなよく分からない、大学に関係ない連中を連れては行けない。さあ、行くよ、ほら」


「え、ナターシャさん、行っちゃうの?」


ナターシャは考え込む様子であった、アルフとイェアメリスの方を向く。
「こいつと行くのははっきり言って気が進まないんだが・・・どうも大変なことが起きているみたいだ」


アルフは頷いたが、イェアメリスはあまりに急なことで、整理しきれなかった。
マスター・ウルリッチは、ウィスパーズ大学ソリチュード校におけるナターシャの後見人だった。そして今回の事件の嫌疑をかけられているという微妙な立場でもある。その老人が重傷だという・・・
「済まない、マスター・ウルリッチはあたしの恩師なんだ」

※気には食わないが、探し求めていた大学へ戻る術をこの男は持ってきた。乗らない手はないようなタイミングでだ。


「ほら、早くしないとそのマスター死んじゃうかもよ」
ヨキアムの浅薄極まりない言いように、アルフが怒りを爆発させた。


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「お前! その言い方はないだろう? 人が大変なときになんて言い草だ・・・」


「ああ? うるさいよお前。頭悪いんじゃない? "言い方"とか、"言い草"とか、同じ事何度も言わないでくれる?」吐き捨てると、どうでもいいと言わんばかりに踵を返す。彼はナターシャが付いてくることを疑っていないかのように、振り返りもせずに歩き出した。
「ナターシャ以外着いてこなくて良いからね」


「あっ、あっ、・・・あいつ・・・」イェアメリスも口をパクパクさせている。


「お前たち、ホンっと済まない。あたしが二三発殴っておくから・・・」


「いいから行ってやるといい。あの眼鏡はともかく、恩師には顔を見せてやらないと」
アルフレドはヨキアムを無視して、ナターシャだけに話しかけた。


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「俺たちはしばらくブラックバレルにいると思う。もし中に入れたらウィンキング・スキーヴァーに宿を替えるから、訪ねてきてくれ」


「ああ、なるべく早く連絡するようにするよ」


「あ、ちょっと・・・」


ナターシャは後ろ髪を引かれた様子で、慌ただしく魔術師の後を追っていった。


「んっ、もう! なんなのよあいつ!」


「ああ、毎度毎度あそこまで嫌な気分にしてくれる奴も珍しいな」


「折角の気分が台無しだわ!」


ふんっ、と鼻を鳴らして、アルフの顔を見上げると、彼も険しい顔をしている。アルフの方も怒れるエルフの娘が自分のことを覗き込んでいることに気が付くと、ふぅっと息を吐き出した。鼻息の荒かった二人は、互いの顔を見て冷静さを取り戻したのだった。


「メリスちゃん、怒りすぎ。折角の美人が台無しだぜ」


あわてて澄ました顔を取り繕うと、イェアメリスも言い返した。


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「アルフさんこそ、そろそろ手を離さないと、しびれてきちゃうわよ」


傭兵は自分が背中の剣に手をかけていたことにようやく気付くと、照れくさそうに手を離した。
「いかんいかん・・・あいつのせいで、俺たちが皮肉言い合っても、何にもならないよな」


二人は互いを見てプッと吹き出した。


「あは、そうね。・・・今度あったら、臭~い薬、食らわせてやるんだから」


「さすが錬金術師、俺は止めないよ・・・」


「カニスの根と炎鉱石で作るの、あたしは平気なんだけど、アスヴァレンに言わせると鼻の曲がるようなとっておきの臭いらしいわ。で、なかなか落ちないのよ。今度アルフさんにも教えてあげる」


「うへ・・・それはちょっと遠慮しようかな・・・」


二人は話しながら宿に、そして部屋に戻ってきた。しばらくするとアーセランも戻ってくる。しかし手ぶらのその姿にイェアメリスは首を傾げた。


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「あれ、収穫なかったの? 船がいなかったとか?」


「だめだ、今日は港に人が多すぎる」


「どういうこと? 戒厳令だから船の出入りもないんでしょ? 人は少ないんじゃ・・・」


「いや、逆だよ。臨検の兵士たちでごった返してるんだ。明日もう一回チャレンジしてみるよ」


「あら、あなたファーランでは縛られたまま船から飛び降りるなんてことして見せたのに、意外と慎重なのね」


「俺っちはチャンスは逃さない。そうやって生き残ってきた。でも今日はチャンスじゃねぇって勘が告げてるんだ」


「ふ~ん、まあいいわ。それより聞いてよ、またあいつがね・・・」
彼女は獲物を見つけた狩人のような顔で詰め寄った。思い出すと腹が立ってきて、誰かに話をせずには気が済まない。部屋にはアスヴァレンもいたのだが相変わらず本を読んでいる。彼女はちゃんと聞いてもらえそうなアーセランの方を標的に定めた。アーセランは嫌な予感がしたが、途中でアルフも加わり逃げられなくなった。かわいそうなボズマーの商人は、半日港を駆けずり回った疲れを癒すことも許されず、しばらくイェアメリスたち二人の文句垂れ流しに散々付き合わされる羽目になったのだった。


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ヨキアムがナターシャを連れて行った顛末について、一冊の本が書けるんじゃないかと思い始めたころ、彼はようやく解放された。その間、アスヴァレンは昼間と変わらず部屋の向こう側で、静かに本を読み続けていた。




・・・




三日目となった。


降霜の月も八日ともなれば朝は相当冷え込む。ソリチュードはこれから本格に訪れる冬への仕度に忙しい頃だ。上層街との出入りは出来ないが、城下町の方は着々と冬を迎える準備を進めていた。
特に重要なのが薪と炭で、ハーフィンガルの森林は年中雪に覆われているため、主にリーチの山中から切り出された木が、丸太の状態でカース川を使って下流のソリチュードに流されてくる。カトラ農園の少し先にある製材所ではそれらの丸太を引き揚げて回収し、建材に使う材木と、半端部分を薪に加工していた。材木は東帝都社などに卸されていたが、薪の方はソリチュードの街が冬を越すために備蓄として城下町や上層街に運ばれていた。


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「このままここで寝泊まりしていると寝坊癖が着いてしまいそうだ。身体も鈍ってくる」
四人の宿泊客は連れ立って、宿の脇の石壁に腰掛けたりもたれたりと、思い思いの姿でくつろいでいた。今日は珍しくアスヴァレンも一緒だ。空気は冷たいが、昼過ぎの城下町は光に溢れていてそんなに寒くない。じっとしているのが勿体ない陽気だった。


「しっかし・・・人の運命ってのはわかんねんもんだねぇ」


通りを眺めながら、アーセランはヒマそうにしている仲間に、昨日港で見聞きした事を話して聞かせた。




・・・




昨日、透明化の薬を手に入れ、意気揚々と波止場地区にやってきたアーセラン。彼は目的の貨物船が来ているかを確認するために港湾事務所に立ち寄っていた。


「よう! イフレにかけて、こんな日なのにちゃんと営業しているんだな」


気さくな感じで話しかけてきたボズマーを見て、事務所の職員は書類を脇にやった。


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「しばらく港は休業さ。俺も一緒に休業したいんだが、入港してくる船はあるから。貧乏くじって奴さ。出航はムリだぞ」


「いいんだ。ちょっと聞きに来ただけだから」


「なんだ、あんたもアイスランナーか?」
職員は聞いたこともない船の名前を出してきた。


「アイスランナー? なんだそりゃ」


「あ、違うのか。今さっき問い合わせがあった船だったから。同じものだと・・・」


「俺が聞きたいのはえ~と、なんだっけ、ああ、あれ。エリクール商会ってやつだ」


「またか。被るなぁ」
港湾職員は驚いてアーセランの顔を見た。


「なんだよ、俺の顔に何か付いてるか?」


「い、いや、すまん。ここんとこ、その船の問い合わせも多いんでな。それにしても兄さん、従士エリクールの船なんかに何の用があるんだ?」


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アーセランはなるべく自然に聞こえるように取り繕った。
「ちょっとあの船には貸しがあるんでな。返してもらいに行こうと思って。で、どの船?」


職員は海に隔てられた北側の桟橋群を指さした。
「あそこに泊まってる。左から三番目の船。貨物専用の船はシャフトに近いあっち側の桟橋に付けるから覚えときな」


「遠いなぁ。反対側じゃねえか」
アーセランが今いる港湾事務所と、北側の貨物専用の桟橋群の間には東帝都社の巨大ドックから延びる水路が横切っている。


「いつもなら1セプティムもあれば艀で直行できるんだけどな。今は面倒でも岸に戻って遠回りしてもらうしかないよ。ボートと言っても船は船だ。上級王の暗殺騒ぎからこのかた、艀一つだって動かしちゃならないとのお達しなんだ」


「そうかい、分かったよ」


「でもあの船、船長失っちまったからこれからどうするんだろうねぇ」
不意に漏らした職員の言葉にアーセランは驚いた。


「ええっ?! そりゃ、どういうことだ?」


「ステンダールの正義にかけて・・・お前さんも聞いてるかもしれんが、陸に上がってるときに運悪く被害に遭ったんだよ」


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職員が言うには、三日前に港湾地区の宿屋"海賊亭"が何者かに襲われ、宿の主人だけ残して客も従業員も皆殺しにされるという事件があったという。ストームクロークの仕業とも、噂の殺人鬼"切り裂き"の仕業とも噂され、上級王暗殺の混乱も相まって情報が錯綜していた。


「あとな、もう一つ」


「まだ何かあるのか?」


「お前さんにはこっちの方が大事かもしれん。今日から臨検があるって話だから、面倒事は起こすなよ。衛兵の連中、殺気立ってるからな」


「エリクールの船にも来るかな?」


「そりゃぁ当然来るだろう・・・たぶんもうそろそろ始まってるんじゃないか」
エリクール商会の船は優先的に臨検がされるらしい。
「何しろ従士様の御用達だからな」
港湾事務所は港のことに関しては情報の宝庫であった。


「ありがとよ、いろいろ助かった」


「よい旅を、"切り裂き"に気をつけて、夜に出歩くんじゃないぞ」


アーセランは駄賃を置くと、桟橋を後にした。




・・・




「とまあ、そんな感じだったわけさ。なので昨日は引き揚げてきた。また行ってくるけどよ」
アーセランは説明を終えると階段から腰を上げた。これから港に向かうようだ。


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「そう・・・あの船長さん、死んじゃったの・・・」
イェアメリスも感慨深げな顔になっていた。


「あのまま乗ってたらどうなってたんだろうな?」


「無事に下船してたとしたら、ここの波止場に着くのでしょう? その・・・なんとか亭って宿?」


「海賊亭か」


「そう、その海賊亭に泊まってたかも知れないわよね。そうしたら今頃・・・」
イェアメリスは肩を抱いて身震いした。


彼らの冒険譚を興味深げに聞いていたアルフレドが感想を漏らした。
「途中で降りたメリスちゃんたちが生き残って、残った船長達は殺される。・・・そんなの誰にも想像できないよな。一つ言えるのは、そこで死ぬ運命じゃなかったんだよ」


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「ええ・・・キナレスの気まぐれな風、ね」


「ま、アスヴァレンさんが居たら仮に"切り裂き"とやらが来ても何とかなったんじゃないか、あれだけ強いんだし」


「机にかじりついてなかなか離れないけどね」
イェアメリスは横に座っている連れの錬金術師をからかった。


「はは、確かに・・・それにしてもアスヴァレンさん、あんたよくああ毎日、本ばっかりで飽きないもんだね」


「皆、俺が屋内派だとそろそろ気付いていたと思ったが・・・」


「俺はムリだ」アルフは苦笑した。「メリスちゃんじゃないけど、じっとしてるとキノコ生えてきそうだ」アルフレドは腰を上げた。「ということで、ダメ元だとは思うが、もう一回だけ交渉してみるかな・・・」


「さてと、俺ももう一回行ってくるぜ」
続いてアーセランも立ち上がる。


「気をつけなさいよ。周到に下調べとか、まるで盗賊みたいなことしてるけど、そもそもあなた人相風体怪しいんだから・・・」


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「余計なお世話だよ。そんなお団子帽子の変なエルフに言われたくねぇよ」


「なんですって!」


「お~こわこわ。じゃ、ダンナと仲良く留守番頼むわ」


「えっ、えっ・・・」
言葉に詰まったイェアメリスをからかいながら、アーセランは行ってしまった。帽子をけなされたイェアメリスはしょんぼりして、無言で聞いていた男たちを振り返った。


「この帽子、おかしいかしら?」


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「あいつの言うことをいちいち気にするな。気苦労は脱毛に繋がるぞ・・・」


あわてて髪に手をやるイェアメリス。しばらくもしゃもしゃやったり引っ張ったりしていたが、抜け毛はなさそうだ。確認できて安心すると頬を膨らませた。


「エルフは禿げないもん!」


「俺たちは混血だ。油断しない方がいい」


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「あ~! もう」


やけに冷静なアスヴァレンの評を聞いて、イェアメリスはダメだというように空を仰いだ。丸帽子がポトリと落ちる。


横で見ていたアルフレドが笑いながらその帽子を拾った。


「まあまあメリスちゃん・・・アスヴァレンさんには身に覚えがあるのかもしれないぜ」


埃をはたくと、アルフは帽子をイェアメリスの頭に載せなおした。


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「大丈夫、帽子似合ってるよ」


「そう、そういう言葉が欲しかったのよ、あたしは」


「面倒な弟子だ・・・」


(むぐっ・・・)


再び頬を膨らませて錬金術の先生からぷいっと顔を背けると、彼女は街路に目を移した。積み上げられた薪はもう眺め飽きた。顔を上げると目に入ってくるのは分厚い城門。宿の客の中には早々に諦めてこの街を去って行った者も居る。彼女は開く見込みのない城門を、途方に暮れたようにしばらく眺め続けた。


「メリス・・・浮かない顔だな」


声をかけられて顔を上げると、そこには昨日別れた女魔術師が立っていた。


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「ナターシャさん!」
イェアメリスの声に、門に向かいかけていたアルフレドも足を止めた。


「昨日は本当にすまん」


「いいのよ。でもよかった。戻ってきたのね」


それを聞くと褐色の女魔術師は少し間が悪そうに微笑んだ。
「あ、いや、今日はちょっと挨拶だけに寄ったんだ。昨日あんなんだったからな」


「そうなの? でもうれしいわ」


「すまんな。また新しい仕事を言いつかってしまったんだ・・・」
彼女はこの戒厳令の混乱に乗じて、賊達が商船の襲撃を画策していること、それを防止するために船に乗って哨戒にでなければならないことになったと説明した。


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「え、そんな。帰ってきたばかりなのに?」


「ああ、ヨキアムの奴にうまく乗せられたよ。あいつ自分が行きたくないもんだから・・・、お前も知っての通り・・・」彼女は昨日のここでのやり取りをイェアメリスに思い出させた。「マスター・ウルリッチの件を誇張して、あたしを連れ帰ったんだ。あんな言われかたをしたら、帰らざるを得んだろ・・・」


「ええ、確かに。・・・じゃあ魔術の先生?・・・はだいじょうぶだったの?」


「具合は思ったほど酷くはなかった。まだ起き上がれんが、軽く言葉を交わすことは出来たよ」


「良かった」


「とはいえ、まあ、引退はより早まってしまったみたいだが」


彼女はこれからまた大学に戻って、明日早朝の出航のための準備に取りかからなければならないという。
イェアメリスはいいことを思いついた、とでも言うように女魔術師を見た。


「ホント、失礼なやつよね、あいつって・・・あんな奴じゃなくて、ナターシャさんがマスターウィザードになっちゃえばいいじゃない」


「あはは。それはムリだよ。あたしはシロディールの所属だからな。ここでは居候に過ぎないさ」


「きっと適任だとおもうけどなぁ・・・アーセランも意地悪だけど、なんか違うのよね、あの眼鏡は。生理的に受け付けないわ」


「ヨキアムはともかく・・・あの商人は悪い奴ではない。いい仲間じゃないか」


「ま、まあ、アスヴァレンとは違う意味で、いろいろと頼りになるのは確かだけど・・・」


「そういえばどこ行ったんだ、あいつ」


「入れ違いだったの。ちょっと前に港の方に走って行ったわ。昨日は空振りだったって」


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女同士、雑談に興じてしまいかけたが、ナターシャはあまり時間がないようで、しばらくすると詫びながら戻っていった。
取り残された彼女たちは、仕方なく宿に戻った。することがないから早めの夕食を兼ねてテーブルを囲む。エールを口にしながらイェアメリスは呟いた。


「なんか、静かになっちゃったわね・・・」


賑やかなボズマーは港に行っている、アスヴァレンもアルフレドも自分からいろいろしゃべる方ではない。自然と、イェアメリス一人の口数だけが多くなっていく。仲間のうちナターシャ以外に事態の進展はない。ここに着いた3日前から変わった事と言えば服が替わって、財布が少し軽くなったぐらいだった。


「いつまでこうしてなくちゃならないのかしら」
イェアメリスもすでにジョッキを一つ、空にしていた。いつもよりペースが速い。


「さぁ、俺には想像も付かないよ。早いところ報奨金もらって、ホワイトランに戻りたいんだけどな。冬支度しないと」


「誰か待っている人が居るの? 奥さん?」


「ああ、え? いや、ち、違うよ」
傭兵はジョッキのエールを脇に入れてむせた。


「ふ~ん、いい人なのね」
イェアメリスは探るような流し目でアルフに笑いかけた。彼女は酒に弱かった。


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「先生、メリスちゃんちょっと飲み過ぎじゃないか?」


「ねぇ~、なんていうのその人。教えてくれてもいいじゃない・・・」


「ダンマーの首都、モーンホールドはもう190年近く閉鎖されている・・・。ウンブラが最初に上陸したリルモスには・・・」


「・・・って、なに本読んでるんですか」


「ねぇってばぁ・・・」


「くそっ、こんな絡み酒だとは・・・」錬金術師が当てにならないと悟ると、助けを求めるように辺りを見回した。アーセランが帰ってきたのはそんなときだった。


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「よう、ダンナ達!」
彼は意気揚々と入ってくると、暖炉の脇にドカッと荷物を下ろした。その様子を見るに、うまくいったらしい。


ハイロックで失っていた荷物一式を取り戻した彼は、酒場で腐る三人を見て首をかしげた。


「なんだなんだ、揃ってあんまりいい酔い方してないみたいだな・・・って、錬金術師のダンナはいつも通りか」


アルフレドはイェアメリスの相手をしていたため、アスヴァレンが返事を返した。


「こちらは何も変わったことはない・・・お前が行った後ナターシャが一度戻ってきて、また出てったぐらいだ」


「港ではちょっとした騒ぎがあったぜ。俺が荷物を取り返して桟橋の影を歩いてるとき、ドックで捕り物があったみたいなんだ」彼はソリチュードの臨検部隊が東帝都社のドックの中で、怪しい者達を見つけ拘束した事件について語った。


「俺も遠巻きに見ただけだから確かじゃないんだけどよ、なんか、少年少女みたいな奴だった。あれもストームクロークなのかね?」


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「少年兵? ろくなものではないな・・・」


「旦那もそう思うかい? 狂信ってのは恐ろしいや」


ストームクロークの反乱軍は、人手不足から少年少女も兵として使っているという。
戦士として未熟な彼らは、もちろん戦力にはならない。大概は輜重や救護の部隊に回されるのだが、他にも陽動や攪乱に使われることもあった。有り体に言えば捨て石だ。少年少女はそこそこすばしっこいし、戦場に居れば目立つ。人道上、捕らえられても命までは奪われないことが多い。重要な何かの目を眩ませるには格好の小兵だった。もっとも、語られる美談の何倍もの過酷な運命であることを除けば、だが。


「ウルフリックが街への侵入か、脱出のどちらかに陽動として使ったんじゃねぇかな」


イェアメリスをいなしたアルフはボズマーに向きなおると続きを促した。
「なんか気の滅入る話だな。アーセラン、あんた収穫があったみたいだが、もうちょっと、何かマシなお土産はないのか?」


「そうそう、今のは本題じゃねぇんだ。聞いてくれ! とっておきのをいい情報を仕入れてきたぜ」


「酒がうまくなるようなヤツを頼むよ」


「それは請け合うよ・・・港の臨検は今日で全部終わったらしいんだ。だから、明日にはこっちの戒厳令も解除される見込みだってさ」


「本当か! それは・・・」アルフにイェアメリスが覆い被さってガタンとジョッキが二つ床に落ちた。
「ほんろぉ~?!」


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「うわっ! ・・・だめだ。ちょっと手伝って!」
アルフレドは抱きついてきたイェアメリスを支えながら、ボズマーに助けを求めた。


「ああ・・・、今日はもう、おとなしく寝て明日に備えた方がいい感じだな」


「メリスちゃんが一番望んでいた知らせを持ってきたはずなんだが、ちゃんと伝わったんかね、これ」


「たぶん伝わってないだろうな・・・まあ、明日起きての楽しい知らせってことで」


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「だな、今起こすと何し出すかわからん。アスヴァレンのだんな、あんたも手伝ってくれ!」


「むぅ・・・」


そんなやり取りがされていたことを露とも知らぬイェアメリスであった。




・・・




四日目、待ちに待った門が開いた。


アーセランの言った通り、開門の噂を何処で聞きつけたのか城下町は活気に溢れている。いつもの癖で遅く起きてきた彼らは、宿を引き払う手続きなどをしている間に出遅れてしまった。門の前には列が出来ており、随分と待たされそうだ。


列に並んで耳を澄ますと、いろいろな会話の断片が飛び込んできた。戒厳令は本当はトリグの葬儀が済むまで、数ヶ月先まで続くはずだったが、従士たちが揃って反対をしたらしい。エリシフ暫定首長とかなり交渉を繰り返した結果、ようやく昨晩合意が取れたという。ソリチュードの通商活動を長いこと停止させる事による経済打撃こそ、ウルフリックの狙いの一つだと説得したのが功を奏したようだ。


アルフレドたちはその噂話を興味深く聞いていたが、イェアメリスはガンガンする頭のせいでそれどころではなかった。二日酔いになっていたのだ。


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彼女たちが市門の通過を許されたのはもうすぐ昼になろうかという頃で、アーセランが不法入手した旅人手形はようやく力を発揮した。彼女らは上層街・・・ソリチュードの中心街に足を踏み入れた。


(妾の街にようこそ・・・)


ふと声が聞こえたような気がして、イェアメリスは振り向いた。すぐ後ろに立っているアスヴァレンと目が合う。


「どうした急に。何か見つけたか?」


「いっ、いえ・・・まだ酔い抜けてなかったみたい。誰かに声を掛けられた気がして・・・」彼女は情けない顔で笑みを浮かべてごまかした。「この門潜るだけで4日もかかっちゃったのね」
頭をすっきりさせようと振ったが、頭痛が増しただけであった。イェアメリスは宿に着いたら頭痛薬を調合しよう、そしてもう二度と飲み過ぎないことを心の中で誓った。


「そうだな、ジェハンナからソリチュードまで来たのと同じだけ費やしてしまった計算だな・・・」


「ま、その分いまから取り戻せばいいって事よ」


同じく一緒に門を潜ったボズマーの商人は陽気だ。


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彼女たちは予定通りウィンキング・スキーヴァーに宿を取り、部屋を確保した。
「機嫌いいわね、アーセラン」


「オレっちの用事は、もう片づけちまったからな。荷物も帰ってきたしソリチュード観光だ、観光! ・・・あ、何か商売のネタ仕入れるのもいいな。ボーンアロウの名をいっちょここでも広めてやるか。アルフのだんなの給料も出るんだろ、アスヴァレンのだんなもようやく錬金素材を買い出しに行ける、メリスちゃんも仕事が再開できる、いいことだらけじゃないの。もっと明るい顔しろよ」


「なんだか気楽ねあなた。その脳天気さがうらやましいわ」
イェアメリスは額に手を当てて、薬の効きを測っている。


「昨日酔い潰れて大迷惑かけてた奴に言われたかぁないね」


(むぐっ・・・)


「悪い酒だねぇ・・・メリスちゃんアルフのダンナに抱きついてたもんな」


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「わー! もう言わないで!」


昼食の時間であったが、のんびり食事を取るつもりは彼らにはなかった。朝が遅かったので夕食で取り返せばいい。まずは散々待たされた用事を済ませようと、四人は宿を出た。


宿の正面は城門前広場になっている。宿で宿泊の手続きをして戻ってきた広場には、なにやら人だかりが出来ている。城門前広場には主に食料品を扱う屋台があるのだが、再会したばかりの営業を放ってそこの店主達も集まっていた。


「ロックヴィルおじさんを傷つけることはできないわ! 彼はやってないって伝えて!」


「何言ってるんだ。あいつは裏切り者だ!」
小さな子が上げた声に罵声が帰って来る、少女は泣きそうな顔になって横に立つ中年の男を見上げた。


「スヴァリ、家に帰るんだ。家に帰って、母親が来るまで待て」


父親だろうか? 男は娘の頭に手を当てると、広場から遠ざけるように押しやった。少女が家に向かって掛けていくのをよけながら、イェアメリス達は群衆の端の方にたどり着いた。やけにあたりが物々しい。広場の向こうには一段高くなった舞台があり、帝国兵とおぼしき数名が囚人を引っ立てていた。


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「配置につけ」

隊長らしき男が声を上げる。
「街の門を閉じろ」


(戒厳令は解除されたのではなかったのかしら?)


合図に従って城門が閉ざされる。まだ晩鐘の時間には早すぎる。


ここからではよく見えないが、自分たちはよそ者だ。あまり出しゃばって前に出ない方が良さそうだ。ただ事ではない雰囲気を感じ、彼女たちは人々の隙間から舞台を覗き込んだ。


「あの子の伯父は上級王を裏切ったクズなのよ。教えてあげなきゃ」


「やめてくれビビアン! 君の気持ちは分かるが、まだあんな小さい子じゃないか、優しくないよ」


「でも今すぐ言うべきよアドヴァル。あの男は報いを受けるの」


深刻な会話が流れてくる、囚人は先ほどの少女の家族なのだろうか? 事情を少しでも理解しようとしている彼女の努力に答えるように、帝国軍隊長の声が罪状確認を始めた。


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「ロッグヴィル。お前はこの街で上級王トリグを殺害したウルフリック・ストームクロークの逃亡を助けた。ウルフリックのためにあの門を開いた事は、ソリチュードの民への裏切りだ」


「裏切り者!」


辺りから罵声が飛ぶ。隊長の言っていることが本当なら、確かにこの状況も分かる。自分たちの王を殺害した犯人を率先して逃がしたというのであれば、それは大罪だ。しかし罪人は大声を上げて反論した。


「殺人ではない! ウルフリックはトリグに挑んだ。彼は公平な戦いで上級王を負かした。それが俺たちのやり方だ! それがスカイリムの、そしてノルド全員の古代の慣習だ!」


「嘘つき!」


「習慣だと? いつの時代だと思ってるんだ!」


「ブー!」


隊長は手を上げて罵声をやめさせると、脇に立つ兵士に合図した。
「衛兵、罪人に用意させろ」


「お前の助けはいらない」


隊長はその様子を見て、囚人に命じる。
「よかろう、ロッグヴィル。では頭を下げろ」


囚人は、一度天を仰ぐように上を見ると呟いた。


「今日・・・俺はソブンガルデに行く」


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イェアメリスたちが息をのんで見守る中、それはまるで劇を見ているかのように淡々と進んでいった。

囚人が石枕にその頭を載せると、兵士が身体を押さえつける。死刑執行人が大斧を振り上げると、その磨かれた刃に午後の光が眩しく反射した。


ズドッ、と鈍い音がしたとき、彼女は顔を背けた。罵声を飛ばしていた者も含め、誰も声を発する者は居ない。首切り役人は斧を拭って道具の後始末を始めたが、転がった首と分かれた胴体はどちらも放置されていた。後で別の専門役人が来て、晒すか葬るかするのであろう。


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居心地の悪い、硬直した時間がしばらく続いた後、群衆はやがて呪縛を解かれたように解散し始めた。街の住人は再び自分の生活に戻ってゆく。閉じられていた城門も再び開放され、城下町との往来も復活した。


イェアメリス達は急な出来事にしばらく呆然としていたが、隊長と首切り役人が監獄に戻ろうと歩いてきたので道を譲る為に動いた。隊長は首を落とされた囚人と同じノルド。役人は体格のいいレッドガードであった。通りがかりに、近くに居た群衆の一人の老人がその隊長に食ってかかった。


「男が門を開けて、お前たち連中がそいつの首を落とすのか? それはあまりに酷いだろ!」


「ノスターじいさん。ロッグヴィルは素晴らしい、レムス隊の中でも高潔な男だった。こんなこと、俺が自ら望んだ事だとでも思ってるのか?」


「じゃあどうしてなんだ!」


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隊長は少し困ったような顔をした。
「高潔であれば善良にはなれるかも知れないが、間違いは消せない。そうできるなら、ましな世界になるんだろうが」


「あいつが間違ったってのか?」


「そうだ。彼は完全に間違っていた。だから・・・ロッグヴィルの処刑は、正当で必要なものだった」


イェアメリスには、隊長の表情が辛そうに見えた。


「すべき事をしなければならない時がある。憎んでいなくても殺す事はできるんだ。・・・だが、確かに・・・憎めた方が気は楽だ」


そう言うと彼はもう老人の方を見ることもなく、無言になって足を速めた。イェアメリスの横に居たアルフは何か言いかけたが、去って行く隊長の後ろ姿を見て声を掛けるのを憚った。残されたノスター老人はまだ納得がいかないらしく、続くレッドガードにも繰り言を吐露した。


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「何も殺すことないじゃろうに」


「ではどうしろと? ウルフリックにソリチュードを明け渡すのか?」
レッドガードの首切り役人は突き放すように言った。


「そ、そうは言ってねぇよ」


「今は帝国兵もピリピリしてる。それにサルモールだって居るんだ。じいさん、俺が今月に入って何人処刑してると思ってるんだ。・・・政治犯の首を落とすのはこれで23体目だよ・・・いったいどれだけやれば終わるんだ。こっちだってうんざりしているんだ」
レッドガードは面白くもなさそうに呟いた。


「だからじいさん、面白くないかも知れないがそういう気持ちはしまっておいてくれ。俺は鷲の目のノスターとは飲み仲間でいたいんだ。政治犯を疑われるような言動は避ける方が賢明だよ」


「あ、ああ・・・そうだな」
ノスターも処刑する側が好きでやっているわけではないことを聞けて、少しだけ気が晴れたようだった。「分かったよ。ジジイはウィンキング・スキーヴァーにでも籠って、静かに酒を飲むさ」


「それがいい」


ノスターが去って行くと首切り役人は、一部始終を見ていたイェアメリス達に気がついた。


「お前たちは旅人か? 今のを聞いたと思うが、俺の街では行動に注意してくれ。ここで斧を振り下ろすとき、あんた達と再会したくないからな・・・」


「あなたは?」


「首切り役人のアハタルだ。ドール城の監獄長もやってる」そこまで言って、アハタルはイェアメリスたちの一行の中に、見知った顔が居ることに気がついた。


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「お、アルフじゃないか。戻ってきたんだな」


「ええ、アハタルさん。アルディス隊長行っちゃいましたね」


「なんで黙ってたんだ?」


「どうも声かけづらそうな雰囲気でしたし・・・いつものとこに行けば追いつけるかな?」


「ああ、城の中庭に戻ると思うぞ。仕事の報告か? 首尾はどうだった?」


「まあ、変な連中居たけど、とりあえずは生きて帰ってこれました」


「それが傭兵には一番大事なことだ」


「あとで報告に行きます」


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広場にはもう殆ど人はいない。・・・処刑のために集まった人は、という意味でだが。屋台は営業を再開し、戒厳令で被った機会損失を取り返そうと、商人達は活発に動き始めていた。


広場を後にしようとして、彼女たちは宿の呼び込みに呼び止められた。


「街の新顔だな? 泊まる場所が必要ならウィンキング・スキーヴァーへ来い。城壁内で治安も最高。立派な宿屋だぞ」


「ソレックスさん、俺を忘れたかい? もう泊まってる客の顔を」
アルフが前に出ると、勧誘に来ていた男はポンと手を打った。


「おお! アルフだ、そうだろ、・・・でも、4日も帰って来ないからどこかでおっ死んだのかと思ったよ」

この時代、宿から仕事に出た傭兵が帰って来ないことなどめずらしくもない。月に一度は遺品整理をするのも宿で働く者の仕事のうちであった。


「戒厳令で閉め出されてたんだよ。あやうくコルプルスの親父さんに荷物を処分されてしまうとこだったよ。さっき新しい仲間と更新手続きしてきたから、またしばらく厄介になる」


「そうかい、毎度!」


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ショッキングなものを見て水を差されてしまった四人だったが、ソレックスの商魂に毒気を抜かれたように平静を取り戻した。そして気を取り直すと、彼女たちは当初の打ち合わせ通り、それぞれの目的に従って上層街で散っていったのだった。




・・・




(やっときた・・・)


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イェアメリスは城壁に登る階段の上に翻るグレーの旗を見て頷いた。


サルモール・・・アルドメリ自治領の支配階級を指す言葉でもあり、その組織そのものを表す言葉でもある。大陸の1/3を領土に納めるこのエルフの連合は、自治領の外にある帝国にも勢力を拡大していた。彼らは共同統治者、助言者として世界中に派遣されている。しかしこのスカイリムでサルモールといえば政治や軍事や魔術顧問、貿易相手としてではなく、タロス信者を狩っては投獄する司法高官としての存在が際立っていた。


彼らは恐怖と嫌悪の対象だった。


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サルモール本部であるこの小塔にたどり着くまでも、彼女はその異常さを十分すぎるほど味合わされていた。この街は初めてなので、もちろんサルモール本部の位置など知らない。ソリチュードの住人は多種族多様が特徴で基本的に異文化に寛容で親切なのだが、ひとたび彼女がサルモールの名を出すと、皆口をつぐんで去って行くのだ。


「なんだ耳長。俺のオヤジはあいつらに脚を捥がれたんだ。お前の脚もそうしてやろうか?」


「俺はエルフは嫌いなんだ、臭いが移るから端の方を歩け」


去って行くだけならまだいいが、態度を豹変させて心ない言葉を浴びせてくる者も中にはいる。誤解とは言え身の危険を感じかけもした。何度も厳しい言葉を投げつけられ落ち込みかけた頃、彼女はようやくその場所を見つけた。


翻る旗と物々しい護衛の兵士を前に、彼女はしり込みした。それでも行かなければならない。呪いが、自分の命が、救われる方法がここにあるはずだ。


意を決して、守衛の前に立つアルトマーの兵士に声を掛けようとしたとき、後ろからまた別のサルモールが到着した。


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「あんたがラーリンか? 思っていたよりも若いな」


いきなり声を掛けられて、彼女はびっくりして振り返った。サルモールのローブを着て兵士を連れた男が立っている。もちろん彼女は知らない顔だ。


「そんな服を着て現れるとは、随分と極秘な任務なのだな」


「え、・・・。あなたは?」


「私はヴロタール。司法官だが今は神秘局の所属だ。指揮官、あんた、はエランディル特務官に面会に来たんだろ?」


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「あのっ、あたしは・・・」


「こっちはあんたが遅れたせいで酷いとばっちりが来てるんだ。特務官にはちゃんと取りなしててくれよ」ヴロタール司法官はイェアメリスを急かした。「とにかく、急いだ方がいい。あの特務官は待たされるのが一番嫌いなんだ。聞いてないのか?」


司法官はどうやら、彼女をラーリン指揮官と勘違いしているようだ。誤解を解こうとしたが、よほどエランディルという男が怖いのか、時間ばかり気にしている。聞く耳持たない相手に押されて、彼女はラーリンと誤解されたままサルモール本部に入ることになってしまった。面倒なので、彼女はこの誤解を利用することにした。


「では、案内して頂ける? スカイリムは初めてなの」


彼女はヴロタールに導かれて、サルモール本部に足を踏み入れた。


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扉をくぐると大きなテーブルの置かれた作戦室だ。数人の下士官やサルモール兵が部屋には居り、何か仕事をしている。変わった服装で現れた新任指揮官は彼らの興味を大いに引いた。荒探しではないが、こんなに見られるとすぐにぼろが出てしまいそうだ。


彼女はじろじろ見られる中、顎を引いて少しでも尊大に見えるように歩き、奥の階段を上っていった。


「指揮官、あんたのその服はまずい。エランディル様はサルモールの典礼を体現するようなお方だ。服装の乱れには特にうるさい。ローブを用意するから先に着替えてくれ」


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「必要なの?」


「ああ、かなり大事だ」


相手の流儀が分らないので、うなずくしかない。彼女は奨められるままローブを受け取ると、控え室を兼ねた脇の小部屋でそれに着替えた。ありがたいことにサルモールのローブは襟も浅く、長袖のため上半身を完全に覆っている。呪いの傷を自然に隠してくれる事に彼女は感謝した。


(あたし、こんなところでサルモールの格好をして、一体何をやっているの・・・)


着替えを終えた彼女は姿見に映った自分の様子に困惑した。状況について行くのがやっとで、頭がクラクラする。しかしここまで来たら最早、途中で降りることはできない。


(しっかりしなさい)


鏡の自分にそう言い聞かせると、厳しい顔つきで控え室を出た。


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「来たか」


「こちらです」


急に口調が丁寧になったヴロタールに導かれて広間に出ると、その男は居た。


エランディル・・・スカイリムのサルモール本部にあって魔術の実験部隊を率いる男で、エレンウェンたち司法局とは違う組織に属する魔導師であった。蒼白い不健康そうな肌をサルモールの黒衣に包み、深い眼窩には焔の様な光がチロチロと瞬いている。その眼光は睨まれるだけで足がすくみそうだ。


サルモールは階級制度に基づき上下関係が厳しい組織として有名だ。この館の主はもちろんスカイリムを統括するエレンウェン第一特使であるが、特使は今ウルフリックを追跡するために留守にしている。その間、エランディルはまるで自分の本部であるかのように振舞っていた。
特務官と言えば一般には下士官の様なものだが、彼の周りには階級では測れない何か・・・威圧感が漂っていた。


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彼は片手で追い払うようにヴロタールを下がらせると、神経質そうに部屋の四隅に目をくばった。人払いを確認しているのだ。しばらく聞き耳を立てた後は安心したらしく、鷹揚にイェアメリスに向き直った。


「貴様がラーリン指揮官か。思っていたよりも若いな」
エランディルはヴロタールと同じ感想を漏らした。


コツコツとブーツの音を高く響かせて、彼は睨め回すようにイェアメリスの周りを回る。
スン、スンッ・・・、まるで彼女の臭いを嗅いでいるとでも言うような、鼻から空気を吸う音が聞こえる。そして一周するとため息を一つついた。彼は息をのんで硬直するイェアメリスを一瞥すると、まるで汚物を嗅いだかのように鼻を覆った。


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「臭いな・・・マン(人間)の臭いがする。なんと嘆かわしい、まさかディレニの奴隷との混血とは」そう言って芝居がかった仕草で顔を覆う。「・・・ヴァルミエルのヤツも然り、アルトマーの矜持を忘れた者が多過ぎる。・・・サルモールも汚染されたものだ・・・」
接客室に響き渡る神経質そうな、耳障りな声。一瞬、彼女は何を言われたのか分からなかった。


かつてタムリエル北西部を支配していたアルドマー(旧エルフ)の貴族ディレニ家。その支配下においてネディック人とアルドマーの混血であるマンマー(ハーフエルフ)は奴隷として扱われていた。ブレトンの起源である。ディレニの奴隷とは、アルトマーの中で使われるブレトン種族に対する蔑称であった。


エランディルは彼女の眼の前で、彼女の出自・・・アルトマーとブレトンの混血であることを蔑んだのであった。


(なっ・・・!)


アルトマーの矜持など知ったことではないが、自分ではどうにもならない血を責められて彼女は抗議の声を上げかけた。これまで混血について揶揄されたことがなかったわけではない。だが正面切ってこんな侮辱を受けたのは初めてだ。


「まあよい・・・汚れた血を持っていようとも、優秀でさえあれば神秘局では問題にはならん。貴様もその若さでサルモールに推挙されるのだから、さぞ優秀なのかと思っていたが・・・」


「・・・」
イェアメリスは相手の出方を窺った。


「遅刻だ。期日を過ぎている。まずは任務ご苦労・・・と言いたかったが、懲罰・・・いや、矯正教育が必要なようだな」


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「あの・・・実は・・・」
彼女は怖気をふるって言葉を詰まらせた。彼女を一瞥したエランディルの顔は無表情過ぎる。


「どうした? 何か申し開きがあるのなら言ってみろ」


彼女は完全に息をのまれてしまい、必死にラーリンを演じ続けるしかなかった。
「船が難破したの・・・いえ、したのです。座礁して、予定が狂いました」


「そうか、それで予定通りノースウォッチに現れなかったのだな」特務官の口調はまるで尋問だ。


「あ、あの・・・」


「上官が許可するまで口を開いてはならんと習わなかったのか?」エランディルは煩わしそうにイェアメリスを叱責する。
 
(なにしてるの、あたし、しっかりしなさい!)


彼女は胸の傷の痛みに後押しされるように、声をあげた。


「あの、これを・・・」


「黙っていろと言っている」


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彼女はついに切れた。 「いいからこれを見てよ!」


逆に怒鳴りつけられたエランディルは驚いたように顔を上げた。イェアメリスの手には運んできた荷物の最後の一つ、"黄色の書"が握られていた。


「美しくないな。アルトマーが感情をあらわにするなど・・・やはり奴隷の血は奴隷の血か」
別の叱責を予想していた彼女は肩透かしを食らったように、黄色い表紙の本を差し出す。


「何だこれは? ん? アリノールの物か」


エランディルは少し興味がひかれたように、本を受け取ると椅子に腰を下ろした。イェアメリスは立たされたままだ。呪いを解いてもらうため、まずはなんとかこの特務官に事情を知ってもらわねば・・・。


「命令書は灰になったわ。これだけが残ったの・・・」


大してページ数はない書物だ。特務官は表紙をめくると、はじめて興味を持ったかのように、椅子の前に立つマンマーの娘を凝視した。


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=*=*=*=*=*=


黄色の書


書を手にするもの、
身体に蛇を刻まん


盗みて返さぬ者には
古の罰が降り懸からん


最後の罰を受ける時
蛇が体を貪るであろう


=*=*=*=*=*=


「む?! ブックカース(本の呪い)とは珍しい・・・」エランディルは居住まいを正した。平静を装ってはいるが、声に警戒を滲ませている。「まさか・・・、私をはめるつもりか? ・・・だが残念だったな。呪いは不発だ。すでに使われた後の様だぞ? 誰の差し金だ?」


「違うわ。そうじゃないの」
じろりと睨まれて身がすくんだが、彼女は続きを読むように促した。
「続きを見て・・・」


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=*=*=*=*=*=


あなたがどのような巡り会わせにより、何時、何処でこの書を手に入れたかは問いませぬが、しばらく私共の指示に従っていただく必要がございます。
この黄色の書は、我等サルモールにおいて特に重要な命令を記すのに使われるものです。


書を手に入れたとき、あなたは同時に液体の入った小瓶も見つけていると思います。
本書とその小瓶をエランディル特務官まで届けてください。


また、あなた自身のために守られなければならない制約があります。


・6度、月が満ち欠けを繰り返すまでに務めを完了すること
・この務めを人に漏らしてはなりません


あなたに期待しています。
アリノール最高評議会 AN.


=*=*=*=*=*=


「なんと・・・ふむ・・・あの方がこのようなものを・・・」
特務官は書物の中に自分の名前が現れたことに驚きの様子を隠せないようだ。


「ヴロタールが早とちりしたのか。フン・・・矯正教育が必要なのは貴様ではなく奴の方だな。・・・だがあのような小物はどうでもよい。能力も低く、忠誠心以外どうしてサルモールに所属していられるのか疑問が残るような奴だ。仕事も当てにならん」
特務官は興味深そうに、書を読み進めた。


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=*=*=*=*=*=


強制の法


この呪印を見た者、アリノール太古の樹と血の儀式により、その身に紋様を刻む。
そなたを縛るは強制の呪い。手首から心臓まで蛇の葉脈が走り、光が灯される。


月の満ち欠けにつき、蛇の眼は節を満たす。
節は7つ。時に気をつけるがよい。


すべての節が光に満ち、蛇の眼が心臓に達したとき、そなたは呪いに喰われる。
心せよ、約を違えば即座に眼はお前の心臓を食い破るであろう。


アリノール神秘局 NF.


=*=*=*=*=*=


エランディルは確認するように彼女を睨め回した。


(きっと呪いのことを確認しようとしているんだわ)


イェアメリスは居心地悪く感じながら、しびれかけた足首をほぐそうと回した。


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=*=*=*=*=*=


正しく任務を遂行できるよう、保険をかけさせていただきました。ここまでするのは、これがあなたが考える以上に、我々にとって重要なことだからです。
お分かりでしょうが、あなたの意思は問題になりません。


呪いは任務を完了すれば、エランディル特務官に解除してもらうことができます。彼にはこの種の呪いの知識はありませぬが、彼の望みにより解除できるように術式を組んであります。


あなたが死亡すれば、呪いは再びこの書に戻り、また誰かに引き継がれます。


制約を忘れないよう、繰り返し警告しておきます。
この努めについて人に話したり、破棄したり、果たせぬまま放置し過ぎないように。


時間は限られています。早めに取り掛かったほうが良いでしょう。
賢明に判断し、慎重に行動することを望みます。


アリノール最高評議会 AN.


=*=*=*=*=*=


パタンと音を立てて閉じると、彼は本をイェアメリスに返しながら言った。


「・・・つまり・・・貴様は成り行きからラーリン司令官の遺志を継いで、任務を継続してくれたと言うわけだな」


「伝わってよかったわ。やっと分かってくれたのね」


「ラーリンは?」


「難破船の甲板であたしが見つけたときには重傷で、そのまま・・・」


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彼女は、事の発端となったあの夜。難破船の上での出来事を記憶の中から掘り起こした。


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ラーリン指揮官から今際の際に受け取った薬と指令書・・・


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薬の行方を追う、サルモールの魔術師に執拗に追われたこと・・・


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港の戦いの最中、塔から転落した魔術師と再会したこと・・・


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誤って薬を浴びた魔術師が変貌してゆく様・・・


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崩れ落ちて灰になった魔術師・・・


出来事が走馬灯のように蘇ってくる。

彼女の回想を遮るように、特務官が言葉を継いだ。


「薬はどうした? もうブラインウォーターに搬入は済んだのか?」


彼女はキルクモアから大事に、それこそ命がけで持ってきたビンを二つ取り出した。浴びた人間を化け物へと変化させてしまう毒薬。そしてそれがもともと入っていた、割れた小瓶。内容に興味が湧かないわけではなかったが、是非もない。それよりも早いところ手放して、楽になりたかった。


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「持ってきたわ。殆ど残っていないけど」


彼女は大事に持ってきた二本の瓶を特務官に向かって差し出した。


「なんだと!」


「これが回収できた残りよ」


初めて感情らしきものが特務官の顔に浮かんだ。怒り、焦り、そして苛立ちがない交ぜになったような表情。不満であることだけはひしひしと伝わってきた。再び何かひどい言葉を投げつけられそうな気がして、彼女は身構えた。


しかし彼はイェアメリスそっちのけで、ブツブツと独り言を言い始めた。
「新種のサンプルがこの量では・・・作戦どころか増産にも影響が出・・・」


「・・・培養が必要だが・・・ファイアルも破損したか・・・女魔術師に・・・クソッ、直せるか?」


彼女は完全に無視されていた。エランディルは暗い顔をしたまま、何やら考えを巡らせている。次第に彼女はビンを両手に持ったまま立つ姿勢が苦しくなってきていた。


「いらないの? この、人を化け物に変える薬」


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「見たのか」
深い眼窩に光る眼が、彼女を射すくめる。


(しまった!)


秘密を知った彼女は消されるかも知れない。思わず口走った彼女は、自分の迂闊さを呪った。


・・・しかし、エランディルが見せたのは不審でも警戒でもなく、興味、であった。


「なんと! そうなのか! どうだった?! どれぐらい持った? 詳しく様子を聞かせよ!」


研究者・・・、まるでナターシャをつけ回している若い魔術師ヨキアムを彷彿とさせるような態度であった。


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「やはり、"死者の行進"はあなたたちの仕業だったのね。なぜファーランを襲ったの?!」
彼女はハイロックとスカイリムの国境で出没する"死者の行進"について問い詰めた。


「ファーラン?」
何を聞いているんだ、と言う顔をしている。


(本当に知らないのかしら?)
そう思わせるような表情で彼女を見かえしてくる。


「近くのクラウドスプリングには実験部隊の一つを置いているが、人里には近づけていないはずだ。まだあれは実用段階ではないからな。しかし待てよ・・・」特務官は思い出したように付け加えた。「協力させている魔術師達の中の不手際者が、盗みを働いたと聞いていたが。何があったのだ?」


彼女は巡回騎士達と共にファーラン周辺で見聞きしたものを、少しだけ、当たり障りなく話した。
船乗りの中に病を患った魔術師がいて、ファーランの診療所で治療を受けていたが、発狂して暴れ出したことを。

証拠はないが、状況からこの薬の仕業であることは間違いなかった。


「ふむ・・・」エランディルは考え込んでいる。「結局取り扱いを誤ったか。自業自得だな」


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「それだけ?」


「何がだ?」


「町一つ滅ぼしといて、なんとも思わないの!」
イェアメリスは置かれた状況も忘れて激昂していた。


「そうだな・・・もう少し管理運搬と実験に気をつけるよう、手を打たねばならぬ。欲に目が眩んだ魔術師共も全員処刑せねば、これだからマンは信用できぬ。それから・・・」
全くかみ合わない倫理観。言うだけ無駄だと痛感したが、それでも言わねば気が済まなかった。


「どうしてそんなことをするの!」
エランディルには、何故彼女が怒りに震えているかが理解できぬようであった。そんな感情を全く無視して、エランディルは考え事を巡らせるように暫し目を瞑った。


「この吾に対して物怖じしない物言い。やはり貴様は逸材のようだ・・・」
彼はイェアメリスを改めて凝視した。「吾が興味があるのは貴様の方だ」


「えっ・・・」
思わず彼女は後ずさった。


「貴様もアルトマーの血を引くのなら、我々サルモールに協力するのは義務だ。そうだろう?」


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そう言ってエランディルは乱暴にイェアメリスの腕を引っ張ると、手袋を外し、袖をまくってみせる。赤黒い傷が走る左腕。感覚の無くなった左手首から先。そして傷の穴に灯った光・・・"呪いの眼"
島を出てからひた隠しにしてきた、仲間にも見せたことのない傷跡が露わにされた。


「お願い。これを解除して!」


イェアメリスはエランディルに腕を掴まれたまま振り返ると懇願した。特務官は嬉しそうに彼女を見ている。彼の顔には似合わない笑顔が浮かんでいた。


そして帰ってきたのは、思いもよらぬ言葉。


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「なんだ。まだ一つしか埋まっていないではないか」


「えっ?!」


傷に灯った"眼"の事だと分るまでに、数瞬の時を要した。


「ふむ・・・翻って考えれば、それはお前がそれだけ迅速に行動したという証左でもあるな・・・」
エランディルは頷いた。


「結果、無能なラーリンは死に、期日から僅か数日の遅れで貴様が成し遂げたというわけだ」


「何を・・・」


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「よかろう。貴様がラーリンとなれ」


「ええっ?!!」


(何を言い出すの、この人・・・)
彼女は混乱し、脇に嫌な汗をかくのを意識した。
(おかしな事になってしまったわ・・・早く呪いを解いてもらわないと!)


「ここスカイリムはアリノールからも遠い辺境だ。人手は常に不足している。こんな優秀なエージェントを手放す手はない。別の仕事を頼みたくなるのは当然だろう?」


「何を言っているの! あたしはエージェントなんかじゃないわ!」


「そうだな・・・エージェントでは不足だ」彼は顎に手を当てて考える素振りをした。「貴様の運んできた薬・・・新しい配合であったのだが、こうも減ってしまっては立たんかも知れぬ。しかし貴様の見聞きした効果の供述を合わせれば、実験不足の補いはつく」


「ラーリンは指揮官だった。しかし不適格だ。貴様にこそその待遇がふさわしかろう。半分はアルトマーの血を引いておるから資格はある」


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「そんなことじゃ!」


エランディルは聞いていないのか無視しているのか、意に介さず言った。
「吾は特別な権限を持っておってな。指揮官クラスまでであれば正規の手続きを踏まずして任命することが出来るのだ。いまここでその階級を与えよう」


「そんな資格いらないから、早く呪いを解いて!」


「声を荒げるなど下等な種族がすることだ。マーは常に優雅さを忘れてはならん。そんな浅薄な振る舞いでは、これからしっかりとラーリン指揮官を務めることは出来ぬぞ」


「あたしはラーリン指揮官になりたいわけ・・・」


「見苦しい!」


言うや否や、彼は激しい平手打ちを見舞った。


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「あぅっ・・・!」


イェアメリスは吹っ飛び、床に倒れる。口の中に塩っぱい血の味が広がった。


彼はイェアメリスの目に浮かんだ怯えの表情を見逃さなかった。満足そうな笑みを浮かべてその様子を見下ろす。


「残念ながら吾はまだ、お前を解放してやる気分になれそうにない」
血色の悪いエランディルの顔には、酷薄な笑みがはりついていた。


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「そんなっ!」


イェアメリスは視界が色を失っていくのを感じ、鼓動が早くなった。心臓の脈打つ音が、血管の膨張収縮の音が体中に響き、穿たれた呪いの傷がその度に疼く。なんのために・・・、なんのために死ぬ思いまでしてここまでやってきたの。


そんな絶望に打ちひしがれた顔を観て、エランディルは気味の悪い表情をした。


(何なのこの人!)


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背筋を冷たい汗が滑り落ち、彼女は気分が悪くなった。エランディルの顔に浮かんでいる表情。・・・それは・・・恍惚であった。
一瞬のち、普段の表情に戻ると特務官はあらためてイェアメリスに向き直った。口元はゆがめたままだ」


エランディルの行為は昔日の大陸の支配者、人の苦痛と恐怖を余興と愉しみ、魔術と暴虐で人間を家畜として支配してきた傲慢なアイレイドの振る舞いそのものであった。


「貴様は今後、サルモールの立場として行動をすることになるだろう。我々の仲間と顔を合わせる機会もあるやもしれぬ。態度には気をつけろ。普通ならば典礼大学で学んでくるのが正しい道筋だが、貴様は汚れた血の雑種だ。半分は流れるマーの血にかけて少しでも優雅な振る舞いを心がけろ。いいな」
厳しく言い渡す。


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「立て! 今から貴様の立ち位置について少し教示してやるから、しっかり頭に入れておけ」
そう言ってエランディルは、打ちひしがれている彼女の気持ちなどまるで意にも介さず、サルモールの組織について説明しはじめた。


4紀に勢力を伸ばし大戦を戦い抜いた第2次サルモールは、3つの組織の集合から成り、それぞれの長が集うアリノール最高評議会にて意思決定されていた。


1つ目の組織はサルモール司法局で、これはアルドメリの連合各国、占領下の各国、白金条約影響下の各国に派遣されて、サルモールの思想を管理監督している。派遣される将校は「特使」と呼ばれ、外交官や顧問的な立ち位置ながら、連合内ではその国の支配者以上の権限を有していた。そして連合外・・・帝国などでは外交大使や政治顧問、宮廷魔術師、執政など、それぞれの国の主権に近い場所に食い込んでいた。
階級としては特使、司法高官、司法官などがあり、個別の活動と組織の自衛に必要な限定的な兵権をもっている。


2つ目はアルドメリ正規軍で、ドミニオン各国に配備され、他国に対する侵略と防衛を担当する。サルモールを将官クラスに据え、各国の兵役で集めた部隊によって軍隊を形成している。階級としては上級司令官、司令官、指揮官、その下にいくつかの隊長格が存在する。


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エランディルは一息つくと続けた。


「そして最後が、吾の属するアリノール神秘局だ。軍や司法局といった世俗の課題ではなく、魔術的、神学的な事象に当たるのが役割だ。アルトマーに一歩先んじてエセリウスに消えたといわれるドゥーマーの調査や技術の再現、マーの神権復帰の手段を追求するために活動している。代表たる局長を含む7人の指導者しか存在を許されぬ、サルモールの中でも最高の機密機関だ。不用意に存在を公にはしないため、吾のように軍や司法局に混じって特務官という呼称で活動することが多い。しかし必要に応じて、自由に軍や司法局を接収徴用することができる強力な権限を持っておるのだ」


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エランディルはイェアメリスの理解を探るような目つきで様子をうかがっている。が、正直、彼女は半分も聞いていなかった。胸の痛みが憎悪し、立っているのがやっとだったのだ。


「貴様はラーリン指揮官になる訳だから、彼女の立場と階級を引き継ぐことになる。軍属だが、今回の運搬作戦をもって神秘局配下に移管されたことにする。吾に仕えるのだ」


「従えば呪いから解放してくれるの?!」
彼女は絞り出すように言った。


「まあ待て・・・」エランディルは彼女の脇に落ちている"黄色の書"を指さした。


「貴様の身体に刻まれている"強制の法"はアリノール太古の樹と血の儀式によって成されている。解呪してやろうにも少し特殊な補助薬・・・その材料が必要なのだ。貴様、錬金術には明るいか?」


「・・・」


イェアメリスが答えずにいると、気にするようでもなく彼は続けた。
「ニルンルートという植物がある。"さえずる株"とも言われており、希に水辺に自生している。発光し、鈴の音を奏でる珍しい植物だ。貴様の術式を解呪するには材料、二ルンルートが大量に必要なのだ」


「大量って、いったいどれくらい・・・」


「30~50株といったところだな」


「そんなっ! そんな大量のニルンルート、手に入るわけ・・・!」

言いかけて彼女は遮られた。


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「リフト地方の森の中に、サレシ農場というのがある」抗議の声を上げる彼女を無視してエランディルは淡々と続けた。「詳しい経緯は省略するが、自然発生しかしないと思われていたこの植物を栽培する方法があるらしい。それを実践している農家だということだ」
「リフトと言うのは・・・」


「貴様スカイリムは初めてだったな。ストームクロークの領地だ。混血の旅の者なら怪しまれぬだろう、ちょうどお前にうってつけの任務だ。ふむ・・・すべて説明するのも面倒だ」彼は扉に歩いてゆくと少し開き、部下を呼びつけた。


「ヴロタール! こちらに来い!」


部下を待つ間、エランディルは事務的に言った。


「ニルンルートの希少性を知っているということは、貴様は錬金術の知識があるようだな。この植物については、図書室にも蔵書があったはずだ。一般的特性はそこで調べておけ。指揮官・・・今の貴様の権限ならばここの施設は自由に使用できる。今日は泊ってゆけ」


「あ、あの・・・」


「発言を許可する。先ほどから何か言いたそうだが・・・?」


「それでこの呪いから開放してもらえるのね?」
念を押すように彼女は言った。


「任務を忠実にこなすのは当然だ。有能であるということはサルモールにとっては成績ではなく義務であり存在意義だ。それ以上に役に立って見せろ。そうしたら考えてやる」


彼は支配的な笑みを浮かべながら、イェアメリスに念を押した。
「この術は、たとえ補助薬を用意したとしても、吾が同意せねば解けぬらしい。吾の同意なしに姿をくらませたり、人に話したりしたらどうなるか、理解しているな?」


彼女は無言でうなずいた。


「ククク・・・久しぶりに遊興に浸るのも悪くない。ここのところ些事に煩わされてきたからな。貴様の術を解きたい、吾をそういう気分にさせてみろ」


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イェアメリスは弄ばれているのを感じたが、どうすることもできなかった。


扉が開くと、先ほどの司法官が戻ってきた。イェアメリスはあわてて袖を確認し、先ほど下ろしていたことを再確認した。醜い傷の刻まれた腕は衣服の下だ。
「ヴロタール、参りました」


「よし。貴様はラーリン指揮官に本部を案内し、宿泊の手配をしてやれ。彼女は明日また任務に出発するから、それまでにスカイリムの地勢について、大まかなところを説明してやるのだ」


「ハッ。かしこまりました」


「では二人とも、下がれ」


「ドミニオンのために!」
横でヴロタールが言うのを、彼女は遠い出来事のように聞いていた。
彼女は何の成果もなく、打ちひしがれて接客室から解放されたのだった。


部屋を出た後、本部の中を案内しながらヴロタールは彼女に話しかけた。


「あんた、ラーリン指揮官じゃなかったのか?!」


「どうして分かったの? 部屋の外で聞き耳立てていたのね」


「ばか! 滅多なこと言うな。そうではないが見ればわかる。おまえ退出間際にサルモールの敬礼をしなかったではないか。そんな指揮官いないぞ」


「そう・・・。あなたの言うとおり、あたしはラーリン指揮官ではないわ」
彼女は半ば自暴自棄に言い放った。


「しかし、それならよく無事で出てこられたな」


「ぜんぜん無事じゃないわよ。そのラーリン指揮官にされてしまったのだもの」


「またあの方の悪ふざけか・・・しかし、くそっ、なんという早とちりだ。うう・・・俺は懲罰されるのか・・・」


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「大丈夫よ、きっと・・・」彼女は気休めを言った。「彼はあなたにはあまり興味がないみたい。新しいおもちゃを見つけたようだから・・・」彼女は自嘲気味に言った。新しいおもちゃとは彼女自身のことだったからだ。


一晩の居室に案内されると、彼女は戻って行こうとするヴロタール司法官を呼びとめた。


「ねぇ、どうやったらあの特務官に気に入られることが出来るかしら?」


「あぁ? あんた何を考えているんだ?」ヴロタールは酷い冗談だという顔をした。
「ここで出世したかったら、まずはエレンウェン特使の周辺と懇意になる方が確実だ・・・」彼は辺りをキョロキョロと見回すと、声を落とした。「オレとあんたは同僚ってことになる。そのよしみで忠告してやるが、エランディルのヤツは普通じゃない」


「そんなの一回会っただけで分るわ。充分すぎるぐらいね」
イェアメリスは張られた頬をさすった。
「でも・・・色仕掛けでもなんでも、あたしはあいつに気に入られなくちゃならないのよ!」


ヴロタールは急にファーストホールド訛りの、聞き取りにくい下卑た口調に変わった。
「指揮官、あんたは確かに魅力的だ。だがどんな事情があるか知らんが、あいつには色仕掛けは通用しないぞ。なにせ・・・不能だからな。オンナを見たって勃たねぇんだと」


「えっ?」


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「なんでもよ、大戦の最中・・・赤輪の戦いで受けた傷が元で、大事な部分を失ったらしいんだ。優勢種族の選民たるエランディル様は、子孫も残せねぇ身体なんだと・・・」ヴロタールはいい気味だ、と言わんばかりの歪んだ笑いを顔に浮かべた。「その原因を作った相手は生きているらしくて、今でも執拗に追ってるらしいぜ」


一気にまくし立てて、司法官は一息ついた。そして呆気にとられてみているイェアメリスに気付き、弁解した。


「あ・・・すまねえな指揮官さん。汚ねぇ言葉使ってよ・・・。俺はエランディルのヤツに優雅だ典雅だ立ち居振る舞いを何たらかんたら言われ続けると、時々どうしてもこういう言葉遣いをしたくなっちまうんだ。ストレスってやつかねぇ・・・」
そして付け加える。


「それから、これは公然の秘密とはいえ、俺が言ったということは口に出すなよ。もう懲罰教育とか、女魔術師の手伝いをさせられるのは御免だからな。・・・あんたも気をつけた方がいい。ま、気味悪い上司をもった者同士、仲良くしようぜ」


一方的にそうまくし立てると、ヴロタール司法官はウソのように真面目な顔に戻って、部屋を出て行った。


通されたのはとても広く、そして豪勢な士官待遇の部屋だった。


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人目もなく、物音一つしない部屋に一人ポツンと置き去りにされたイェアメリスは、しばらく身をこわばらせていた。

そして彼女は緊張の糸が切れたように、ベッドの前でへたり込んだ。


「あたし、どうしたらいいの・・・」




・・・




イェアメリス達が退出して少しした後、接客室のカーテンがかすかに揺れた。風に流されるように空気がゆがんでいるのに気づき、エランディルが確認に手を伸ばしたが、そのとき女の声が降ってきた。


「なんだ、観ておったのか。人が悪いぞ」


「だって、面白そうだったんですもの・・・それに、人が悪いのはエランディル、あなたの方ではなくて?」
声はするが女は姿を見せない。
「ニルンルートが必要なのは私たちでしょう? ロルカーンの涙を精練するのに必要なのであって、呪いの解除には関係ないでしょうに」


「なに、自分の為であった方が、人は真剣に取り組むだろう?  彼女は少し軽率で頼りないが、それこそ必死になって任務を遂行するに違いない」


「そうね・・・でも、呪いの時間がきたらどうせ死ぬのよ? 教育を与えても無駄になるのではなくて?」


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「そのときはまた代わりを見つければよい。高貴なマーの血が入っているとは言え、基本的にマンは下等なマンだ。大して生きられないのがその証拠だ。手間を割いても、短い期間の使い捨てを繋いでいくのが一番効率がいい。それが吾の持論だ」


「じゃあ、死ぬ前にあたしに実験させて。いいでしょ?」


「考えておこう」


「なぜよ、使い捨てでしょ? まさか、助けてあげるつもり?」


「どうなるか、過程をこそ楽しむ。遊戯のはじめから結末を決めてしまっては詰まらぬではないか。どうだ、生死どちらかに賭けるか?」


「やめとくわ。どうせ最後はあたしの腑分け台に来るのだし。賭けになんかならないわ」


「ふん。それよりも、聞いておったのならファイアルの修復に・・・」


サルモール本部の奥深く、虚空に向かって会話をする特務官の影だけが揺らめいていた。




・・・




「帰りの土産に、と思ったんだがな。一本も残っちゃいなかったよ」
首尾よく報奨金を手に入れたアルフレドは、ウィンキング・スキーヴァーに戻ってくるなり仲間に愚痴を漏らした。スパイス入りワインが既に誰かに買い占められていたのだ。


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「あれ?メリスちゃんは帰ってきてないのかい?」


戒厳令の解除された初日の夜。宿の酒場は大賑わいだった。
店の中には、給仕を手伝うソレックスとミネットの兄妹の掛け合いが響いていた。


「ミネット、あそこのテーブルはなんと言ってる?」


「ホットワインを3つよ。あ、そうそう、兄さん! ウルフリックの騒ぎで、オールド・ゴールド200の樽にヒビが入っちゃったの。そのお酒よりもこっちを出さないと無駄になるわ!」


アスヴァレン達は喧噪の中、テーブルを囲んで、食事をしながら待っていた。スパイス入りワインは手に入らなかったが、代わりにアルフが報奨金の一部を使って彼ら仲間にごちそうを振る舞っているのだ。


「メリスちゃん、東帝都社の仕事が長引いてるのかな?」
アルフはカウンターの客と話しながら、なかなか現れないもう一人の仲間を案じていた。


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「ファット・トードを奥のテーブルに持っていって! え、なにお客さん? ブラック・ブライア195のベリー・ブレンド?」
テーブルの間を看板娘のミネットが駆け回っている。
「今一番いい時期なんだけど、すぐに出さないとダメになっちゃうの、持ってくるわね!」


「せっかくアルフのダンナの奢りだってのに、もったいねぇなぁ・・・」
アーセランは肉を頬張りながら、彼女の先生である錬金術師を見た。アスヴァレンは酒しか口にしていなかったが、所構わず開いている本を開いていない。気にする素振りが滲み出ているのをアーセランは感じた。


結局、その晩彼女は戻って来なかった。




・・・




次の日、彼らは朝食を済ませるとイェアメリスを探しに行くことにした。


「まさか迷子にはなってはいないと思うけど、見かけたら連れてくるよ」
アーセランとアルフレドが、手分けして街を当たり、アスヴァレンは留守番だ。戻ってきたときに誰も居ないと逆に迷わせてしまう。そう思っての分担だった。


「そう言えば、東帝都社の事務所に行くって言ってたな・・・まさかまだ商談かなんかしてたりして・・・折角だから覗いてみてやるかな。交渉下手そうだし、俺っちが手伝ってやらないと・・・」店の前でアルフレドと別れたアーセランは、そんなことを呟きながら辺りを見回した。すると店の裏手でソレックスが樽の整理をしている。


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「気分が乗らない? そういう気分を紛らわせたい時、あなたはどうする? ・・・そうだ、ウィンキング・スキーヴァーに行こう。音楽にも酒にも興味がなくても、主人のコルプルスとは話すといい。上層街の新しい噂ならなんでも手に入るよ。ウィンキング・スキーヴァー。城壁内で安全、設備も清潔。ウィンキング・スキーヴァーに泊まってみないかい」


新しい呼び込み文句の練習だろうか、一人でブツブツ話しながら作業をしている。
アーセランは鼻歌を歌いながら、そこに近づくと声をかけた。


「よう、ソレックスの兄さん。ちょいと教えてくれないか。東帝都社の事務所ってのは、上層街の何処にあるんだい?」


「何言ってるんだ? 上層街には事務所なんてないぜ? 事務所は港湾地区のドック横と、城下町だ。城壁内にあるのはヴィットリア・ヴィキ総括のお屋敷ぐらいだ」帰ってきた返事は意外なものだった。イェアメリスの話していた事務所、そんなものはないという。
「一応、そのお屋敷ってとこにも行ってみるか」


アーセランが訪ねたところ、イェアメリスらしき人物は訪れていなかった。


続いて彼は城下町の事務所に立ち寄った。ここにも来ていないという。尤も、ブラックバレル亭の斜め向かいだから、ここが目的地だったらもうとっくに用は済んでいるはずだ。同じく、こちらも戒厳令下でも行くことの出来た場所、波止場地区にある東帝都社のカウンターにも念のため顔を出してみる。一昨日、船に荷物を取り返しに行ったときに騒ぎを見かけた巨大ドックの脇だ。


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「あれ? なんか同じ人物に心当たりがないかって少女が最近よく来るけど、お前さん知り合いかい?」
カウンターの職員は、同じような人捜しをしている人物のことを話した。腰に斧をぶら下げた、活発そうなノルドの少女らしい。


「少女? いや、そういう知り合いはいねぇな。知らねぇよ?」
アーセランは首をかしげながら海を見た。機能を回復した港では人足達が船の発着にあわせて忙しそうに走り回っている。


「そういえばあんた、私書通信7386の人か?」
港を見物しているアーセランに、今度はカウンターの男が問いかけてきた。


「なんだそれ?」


私書通信の番号を出してみるが、アーセランには心当たりがなかった。
「ちがうか・・・7386番の手紙、誰も受け取りに来ないなぁ・・・」
首をかしげる職員の横で、アーセランも同じように思案している。


「こっちにも来ていないとなると、メリスちゃん、一体何処に行ったんだ・・・?」


初めての街ながらその後もあちこち顔を出してみたアーセランだったが、結局彼女を見つけることは出来なかった。




・・・




仲間達が町中を捜索している中、イェアメリスはひょっこりと宿に戻ってきた。
部屋に戻ると、長身の錬金術師は椅子に座って何か書き物をしている。脇に錬金素材らしき物が散らばっているところを見ると、彼女が不在の間に買い出しに行ってきたらしい。ノートに検品リストを書き込んでいるのだろう。扉の敷居に立ったまま、彼女はしばらくそのまま錬金術師の姿を見つめ続けた。
どこの街でも同じだが、昼間の宿は人気が少ない。窓の外からかすかに聞こえてくる街の音以外には何もない、空気さえ眠ってしまったかのような静寂が部屋を包んでいた。変わらないアスヴァレン達の姿を見たとき、彼女の眼には涙が浮かんだ。
彼女はかすかに鼻をすすり上げようとしたが、その僅かな音でさえしじまを破ってしまいそうではばかられた。


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・・・一日も経っていないはずなのに、景色の見え方がまるで違う。


「帰ってきたのか」


居ることに気付かれたのか、アスヴァレンが声をかける。
イェアメリスは目に涙をあわてて隠すように背を向けた。鼻声になりながら目頭を拭うと、とりつくように錬金術師に向き直る。
「ええ、今帰ったわ。他のみんなは?」


「お前を探しに街に行ったぞ。俺はお前が帰ってきた時のための留守番だ」


「ふふ、屋内派のあなたにぴったりの役」彼女はアスヴァレンに近づいていった。長身の錬金術師は、イェアメリスの様子が少しおかしいことに気がついた。その肩が小刻みに震えているのに気付くのと、イェアメリスがすがりついてくるのはほぼ同時だった。・・・キルクモアを船出するときに、嵐の中でアスヴァレンにしがみついたのと同じように。


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静寂の中、下の階から歌声が聞こえてくる。
歌姫リセッテが、客の少ないこの時間に新しい曲を練習する声であった。


 乾杯をしよう 若さと過去に
 苦難の時は 今終わりを告げる
 血と鋼の意思で 敵を追い払おう
 奪われた故郷を 取り戻そう


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彼女は泣き顔を見られまいと、アスヴァレンの背中に顔をうずめていた。


 ウルフリックに死を! 王殺しの悪党!
 討ち破った日には 飲み歌おう
 我らは戦う 命の限り
 やがてソブンガルデに 呼ばれるまで


僅かに漏れる嗚咽を隠してくれる歌声に感謝しながら、アスヴァレンの無言の問いかけに耐え続ける。
全て終わると思っていたのに、話せないことが逆に増えてしまっただけだった。


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 それでもこの地は 我らのもの
 今こそ取り戻せ 夢と希望を


歌の練習が続く間、錬金術師はエルフの娘をするがままにさせておき、じっと受け止めていた。
やがて震えが収まってくると、イェアメリスはようやく顔を上げた。


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「ごめん・・・ちょっと、仕事がうまくいかなくて・・・昨日は東帝都社の所に泊まったわ」


眼が赤くなっていないか気になって、すぐに伏し目がちになる。


「大丈夫か?」


「ええ、ごめんなさい。見苦しいところ見せちゃって」
呪いを受けた秘密をしゃべってしまいたい苦しさを、前回と同じようにもう一つの感情で塗りつぶす。現実逃避なのは分かっていたが、そうするしかない。


「あなたとお別れしなくちゃならないかと思うと、ちょっと悲しくなっちゃって・・・」
本当の気持ちに間違いはないのだが、言った彼女自身も自分のこの台詞がどこか他人事のように聞こえてならなかった。


「キルクモアに帰るのか?」


「違うの、島にはしばらく帰れそうにないわ」
彼女は暖炉の灯りを見ながらため息をついた。


「新しい仕事を言いつかってね。薬草の買い付けよ」彼女は自分の荷物を漁ると、植物の株を一つ取り出して見せた。「これ」


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アスヴァレンは興味を引かれたように、株を受け取ると手で触った。土から引き剥がされた株はもう鈴の音を奏でていない。葉の光も随分控えめに落ちている。
「ニルンルートか。買い付けると言っても、この植物は自然に自生しているのしか発見されていないと思うが・・・」


「どうやら、栽培に成功している農家があるらしいの。そこに行って、30株以上買い付けてくるのが次の仕事よ」


「ほう・・・興味深いな」


「あなたはどうするの?」


「俺か? 俺の方も失敗だ」


「どういうこと?」


「忘れたか? 旅の目的はヨクーダに行くことだった。・・・ソリチュードに錬金素材を買い集めに来たわけでない」そう言って膨らんだ荷物を指さした。


「そう・・・ね。もうヨクーダまで目と鼻の先まで来てたのにね」
言いながら彼女は思い出していた。装置の秘密を追って島中を探検した日々。キルクモアの西の海岸に二人で腰掛け、海の向こうに見えるヨクーダの玄関口を臨みながら話した時間。


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  「せっかく錬金術の先生を見つけたのに。もう授業を受けられないなんて。ちょっとさびしいわ」


お尻についた砂を払って、少し傾きかけた太陽に向かって立ち上がる彼女、微笑む銀色の髪の錬金術師と合わせた目。


  「俺も後ろ髪を引かれないといえば、嘘になるが」


  「あたしはあなたの弟子になったの。・・・タムリエルの西のはずれに、弟子が1人住んでいることを、時々は思い出してよね」


  「世話になったな」


最後の日。夜中の甲板。もう会えないと思って、咄嗟に交わした口づけ。


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遥けき彼方に置いてきた、大事な思い出だった。
刹那の軌跡はそこで別れて離れていくはずだった。しかし数奇な運命によって、二人はこうして今ソリチュードにいる。見えざる力の手に運命を玩ばれる無力感を彼女は感じていた。


「・・・でも・・・あなたが失敗してよかったわ」
無力だからこそ、今一緒にいることを大事にしないと・・・そう思って漏れ出る言葉。


「?」


「お、怒らないでよ? お陰であたしはあなたと知り合えたし、仕事の結果はともかくソリチュードまで来られたんだから」少し落ち着いてきた彼女はベッドに腰掛けると、足をぶらぶらさせた。


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「やっぱり帰るの?」


「そうだな・・・一旦、研究室に戻る。そこでもう一度、ヨクーダ行きの検討をするつもりだ。それに、お前のあの薬も分析装置にかけてみないとならないしな」そう言って思いだしたようにイェアメリスに確認する。「そういえば、今はお前が持っているんだったか」


サルモールに返還してしまった薬品の話が急に出てきて、彼女は口ごもった。


「え、ええ・・・化け物に襲われたあとは、あたしが持ってるわ。そ、それより、ね・・・」
彼女は話を別の方に逸らそうと、あわてて質問を変えた。
「どうしてそんなにヨクーダに拘るの? 何かすごい素材でも?」


「ああ、話してなかったか?」


(よかった)
アスヴァレンはあまり気にかけていないようだ。


第三紀の終わり頃シロディールのシェイディンハル郊外に、魔術師ギルドが管理するヴァータセンというアイレイドの遺跡があった。そこでは非常に希少なヴァーラ・ストーンという光る鉱石が採掘されていたという。シロディールでヴァーラ・ストーンといえばアイレイドの遺物としてしか見かけることはない。しかし唯一ここには天然の鉱床があったのだ。


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アスヴァレンは自身の住まう研究室から近いこともあり、しばしばシェイディンハルのギルドを訪れてはこのヴァーラ・ストーンを買い求めていた。彼の研究室の装置のうちいくつかが、この鉱石をエネルギー源として動作する物であったためだ。
しかしオブリビオンの動乱、魔術師ギルドの解体、大戦、と大きな動乱を経る間に、管理するギルドはなくなり遺跡は破壊され、鉱床も枯渇してしまっていた。


そんな中たまたま訪れた港で、東帝都社の貿易船員からヨクーダの残諸島にはタムリエルには存在しなくなった光る鉱石の脈が残されている、それを掘るための町がある、という話を聞いた。時間だけは充分にあった彼は、それを聞いてヨクーダ残諸島に渡ろうと決心したのであった。


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そう説明して、アスヴァレンはため息をついた。
「急ぎはすまいが、昨日の買い物でかなりの路銀を使ってしまった。ずっとここに留まり続けるわけにも行かないな」


「あなたはお金の心配なんかしない物かと思ってたわ」イェアメリスは少し笑うと、腰掛けたまま足をパタパタ動かした。「そういうのはアーセランとかあたしだけかと思ってた」
世俗的なところで這い回る師匠の姿というのは彼女には想像しがたかった。


「そんなことを言われても、霞を食って生きているわけではない、俺も生身なわけだしな」
アスヴァレンは薄く笑うと、再び席に戻って書き物を始めた。イェアメリスは邪魔をしないようにベッドの上に腰掛け、その様子を黙って眺めた。


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「そういえば、お前の方の、その何とかという農場はどこにあるんだ?」


「え? えーと、リフト地方よ。サンガードの街の郊外にある、サレシ農場というんですって。ダンマーが経営しているらしいわ」


「ほう・・・ならば途中だな」


アスヴァレンはテーブルの上に開きっぱなしだったノートを、パタンと音を立てて閉じた。


「え? ホント?!」


不思議そうに見るアスヴァレン。
「まだ何も言っていないが・・・」


彼女は知っていた。本を閉ざすのは肯定的なサイン。
「・・・サレシ農場とやらは研究室に戻る途中だから、帰り道ついでに着いて行ってやる」


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彼の研究室はリフテンからシルグラッド峠を抜けたモロウィンドの西の外れ、ヴェラニスの少し手前のスカイリムとシロディールの国境を望める村にある。


イェアメリスの沈んでいた顔に、ようやく明るさが少し戻ってきた。


「勘違いするな。方向が同じ、それにニルンルートの人工栽培に興味があるだけだ」


「ほんと、それだけ?」


「頼りない生徒のお使いに付き合う程、俺はヒマではない」


「・・・」


当てのない旅だが、少なくとも彼とは一緒だ。しばらくの間は。その後のことは・・・今は考えないでいよう。彼女は少しだけ救われた気がした。


「ありがと」
わざと皮肉っぽく言うと、彼女はベッドから飛び降りて伸びをした。鐘の音が聞こえる。


しばらくすると仲間達が帰って来た。
アーセランもアルフレドも、既に戻っているイェアメリスが何食わぬ顔で食事をしているのを見て、拍子抜けした様子だ。


「どうしたん? メリスちゃん。仕事うまくいかなかったのか? 昨日はどうしてたんだい?」


「ええ、仕事は半分・・・いえ、三分の一ぐらいかしら・・・昨晩は東帝都社の事務所に泊まったの」


「なんだそりゃ、ずいぶんと曖昧だな・・・」
アーセランはすぐに彼女の嘘に気がついたが、取り敢えず黙っておくことにした。


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「それにね・・・ナターシャさんじゃないけど、新しい仕事を受けちゃったの」


「ふ~ん。なんか、大変そうだな」


「でね、急なんだけど、出発しようと思うの」


アーセランはアルフレドと顔を見合わせた。
「メリスちゃん、急に変なこと言いだすのはもう慣れたけど、今度はどうしたのさ。急すぎやしないかい?」


「あんたはイヤなら来なくていいわ。」


「いやいやいや、なに言っちゃってんの! 着いてくに決まってるじゃん」


「どうして? 何か予定あるの? ソリチュードは商人として、一旗揚げるのにちょうど良い街なんじゃないの?」


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「どうもな、ソリチュードは合わないみたいなんだよ、俺には」
アーセランは戒厳令の最中から精力的に動き回って、ソリチュードの街のあちこちの様子を掴んできていた。
「どうにもね、ここは古い町だから、既にいろんな既得権益ができあがっちまってて、それでがんじがらめなんだ。もうちょっと田舎の方が、商売はやりやすそうだよ」


「ふ~ん、そういうものなの」


「そういうメリスちゃんこそ、今度はどこに行こうってのさ。俺っちは船はイヤだぜ? しばらくは硬い陸の上を歩きたいよ」


「あたしがあなたに着いて行くわけじゃないわ。あなたが着いてくるのよ? 文句あるなら来なくて良いわ」


「ひっでぇなぁ」


突き放したイェアメリスは、笑うとアーセランに言った。
「大丈夫よ。行くのは内陸の方だから、しばらく船は見なくて済むと思うわ」


「それはありがてぇ、で、どこ? どこ?」


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イェアメリスは困ったような顔をした。スカイリムは初めてだ。昨日サルモール本部でにわかの知識を教えられたとはいえ、土地勘はさっぱりだった。アスヴァレンを見、そしてアルフレドを見る。


「サレシ農場と言うのがリフト地方にあるのだけど。どれくらいかかるのかしら」


アルフレドも首を振った。
「ごめん、聞いたことない名前の農場だ。どこか・・・近くの街の名前とか分からないか?」


「あ、えっと、たしかイヴァルステッド? じゃなくて、サンガードとか言う所の郊外らしいわ。これで分かる?」


アルフレドは自分の荷物の中からスカイリムの地図を取りだした。
「サンガードって言うと、リーチ国境の砦のことだと思うんだが、違うのか?」


「リフト地方の方だ」アスヴァレンが地図の右下の方を指さした。「ゲイル湖を挟んだイヴァルステッドの対岸だ」


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アルフは地名を地図から見つけだした。
「・・・あ、あった。同じ名前なのか。紛らわしいな」


「おい、結構遠いんじゃねぇの?」


「この辺りなら、ソリチュードからだと徒歩と馬車を併せて片道十日はかかるな・・・」
アルフは良いことを思いついた、というように、イェアメリス達を見た。
「俺も行く先はホワイトランだから、ついて行ってやろうか? 道に不案内だろう?」


「ホント?! 良いの?」


「ああ、モーサルはゾンビとかも多い危険な沼沢地だ。不慣れな旅人だけで移動するのはオススメしないぜ。時間がかかって良いなら、南のドラゴンブリッジ回りという手もあるが・・・」


「早い方がいいわ!」


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「よし、じゃあ、ホワイトランまで護衛してやるよ。格安で」


「むぐっ・・・、お、お金取るのね」


「仕事だからな」アルフはそう言って笑うと付け加えた。「もしホワイトランの先も必要だったら、別料金で請け合うぜ」


「アルフさん、なんだか一緒に旅する間にアーセランに似てきたんじゃない?」


「はは、そうか?」


イェアメリスはしょんぼりする。


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「あたしのお財布、島を出てから減っていく一方だわ・・・来月のお給料は無いし・・・」


その後、少しの間話し合って、四人はそのまま一緒に出発することになった。あまりに急なのは間違いないが、彼女たちは城壁外でもう十分宿暮らしは堪能していた。ソリチュードでの用はもう残っていない。反対する者はいなかった。


「急だからな。伝言ぐらい残しておかないとな」
片付けを済ますと、アルフはカウンターに居る宿の主人コルプルスに言って、紙とペンを借りた。


「ナターシャさんに?」
どうやら手紙を書いているらしい。


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「ああ、スパイス入りワインを奢る約束してたからな。それに、急に消えて変な心配をかけたくない」


「あっ、ご・・・ごめんなさい・・・」


「えっ?」急に縮こまったイェアメリスを見て、アルフレドはあわてた。イェアメリスには心当たりがあった。黙って外泊して、皆に探されたばかりだったからだ。
「あっ、違うって。メリスちゃんのことじゃないって。気にしすぎだよ」


そんな間に手紙は書き上がり・・・
「こんなものかな・・・」


アルフは滲み防止に撒いた砂を、羊皮紙の上から払い落とすと、手紙の内容を仲間に見せた。


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=*=*=*=*=*=


ナターシャへ


残念ながら約束を果たせそうにない。スパイス入りワインは売り切れてしまっているようだ。
ドゥーマー遺跡の話を肴にあんたと酒を酌み交わすのを楽しみにしていたんだがな。


あ、そうそう。慌ただしい話だが、ここを発つことにした。
メリス達が内陸の方に向かうというので、ホワイトランまでの護衛を買って出たんだ。


あんたもスカイリムを旅しているんだったら、一度ホワイトランにも来るといい。
俺はそこを拠点に活動している。仲間と共に歓迎するよ。ワインのおごりはそれまでお預けだ。


それでは、短い間だったが世話になった。


互いに生きての再会を祈念して


4E201  降霜の月10日 アルフレド


=*=*=*=*=*=


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書き置きを宿の主人に託すと、彼女たちは結局、ウィンキング・スキーヴァーに一泊しかせずに、出発した。


表に出ると、アスヴァレンは呼び止められた。


「あら、昨日は沢山買い物してくれてありがとう。出発するのね」
声をかけてきたブレトンの女性に面識があるらしく、錬金術師は立ち止まって軽く会釈する。


錬金術店アンジェリンズ・アロマティクスの従業員、ビビアン・オニスであった。彼女はアスヴァレンの影から姿を見せた、同じブレトンだが耳が出ている娘を目に留めた。


「あら・・・かわいいお連れさんが居るのね」


「アスヴァレン、知り合い?」


錬金術師が答える前に、ブレトン女性が答えた。
「この人、昨日うちで大量に錬金素材を買ってくれたのよ。それこそ、もう今月は営業しなくていいってぐらいね。ありがとね、キナレスのよい旅を」
イェアメリスはぺこりと頭を下げると、ビビアンの前を通り過ぎて、城門前広場に歩き始めた。


「ねぇアルフさん。ホワイトランってどっちの門から出るのが良いのかしら」


「そうだな、さっき話した通り、モーサル越えならそこのシャフトから降りるのが良いんじゃないかな」
アルフが答えた途端、イェアメリスは袖を掴まれてたたらを踏んだ。振り返ると、先ほどの錬金術店の従業員、ビビアンが追いかけてきている。


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「あなた、今ホワイトランって言った?!」


「え、ええ・・・」
急に掴まれて驚いた彼女に待ってくれ、の合図をする。
ビビアンは怒鳴りながら、自分の店に向かって駆け戻ってゆく。


「ちょっと待って! ちょっとだけ待って。おばさん呼んでくるから」


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訳も分からずきょとんとしていると、彼女は錬金術店アンジェリンズ・アロマティクスから年配の女性を連れてきた。


「あんた、あちこち旅してるんだって? ホワイトランに行ったことは?」
年配の女性は出てくるなり、イェアメリスに質問を浴びせてきた。


イェアメリスは助けを求めるように、アルフレドを見た。彼がうなずくのを見ると返事を返す。
「あ、あたしは行ったことないのだけど。この人はホワイトランの人よ」


「本当かい? そこに行ったことのある人間にまさか会えるとは思ってなかったよ」


「おばさん、一体どうしたんだい?」


出てきた女性はアンジェリネ・モラードといって、錬金術店の女主人であった。個人的な事情で、ホワイトランにツテのある人間を探しているという。アルフは長身を少しかがめながら、彼女の事情を聞いた。


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「娘のフーラは帝国軍に参加してからホワイトランに配属された。あんたが娘に会っているんじゃないかって期待したのさ。最近は便りがないんだ。アルディス隊長と話してみたが、何の助けにもならなかったよ」


「知ってる?」
イェアメリスはアルフに尋ねたが、彼は首を振った。
「フーラというのか。済まないが、聞いたことがないな。でも、帝国軍はホワイトランの街ではなく外に駐屯しているから、そっちに居るのかな」


「ホワイトランの方に行くのだったら、ちょっと調べちゃぁくれないかい? 礼は弾むからさ」


アルフは頷いた。
「わかった。彼女に会ったことはないが、俺はホワイトランに住んでいるから情報を集めてみるよ。次に何時ソリチュードに来るかは分からないから、調べたことを手紙で送るようにする。それでいいかい?」


「それはありがたい。本当はあたしが行きたいぐらいなんだが・・・、娘の消息が得られる情報だったら、どんな物でも吉報だよ」


即席の依頼を抱えると、アルフは待たせていた仲間と共にシャフトを潜った。




・・・




浅い海面に浮いた氷海に、塩の粒が吹き出ている。ソリチュードのアーチを背に、彼らは湿原に足を踏み入れた。


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しっかりした足場に見えるところでも、体重をかけるとズブズブと言う音がしてブーツの回りの地面から水が染み出してくる。海から吹き付ける風は冷たく、イェアメリスはスカーフを少しきつめに首に巻き直した。


目の前に広がっているのがカース川河口のデルタを形成するモーサル湿原だ。湿原と言ってもここは気温が極めて低いため、生息できる動植物はかなり限られる。少し盛り上がった丘の上には草花が見られるが、水辺には塩にやられた流木が横たわり、木の代わりに怪しげなキノコが散らしている。彼女は驚きに満ちた眼で、陰鬱ながらも幻想的なこの光景を見た。ちょうど三日前に妹のブラッキーが同じ場所で同じ感想を抱いていたのだが、彼女には知る由もなかった。


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「さあ、行こう。足場が悪いから、俺の後を着いてきてくれ」
旅慣れたアルフレドを先頭に、一行はモーサルの街目指して歩き出した。


「おい、ちょっと待ってくれよぅ」
身長の低いアーセランは、足場の間を苦労しながら着いて行っていたが、遅れていた。少し高い岩場に登ろうと手間取っているところにアスヴァレンが手を差し出す。


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「大丈夫か? 掴まれ、引き揚げてやる」


「ああ、済まないね、ダンナ」


アーセランは手助けしてもらいながら、周囲に他の仲間が居ないことを確認すると、口を開いた。


「メリスちゃん、ソリチュードにいた間、一度たりとも東帝都社の所には行ってないみたいなんだ。一体どこに行ってたんだろうな・・・」


「・・・うん?」


首をかしげるダンマー。


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「ダンナ・・・メリスちゃんなんか隠してるぜ」



(第8話に続く・・・)




※使用mod


・Ayleid Citadel( Nexus 70200 )
 アイレイドの様式の城(住居)を追加するmodです。今回はヴァーラ石のオブジェクトを使用しました。


・The Volgon Isles( Nexus 61288 )
 ヨクーダ残諸島の南部に点在するヴォルゴン諸島を追加するmodです。
 WIPとありますが既に多くのロケーションが出来上がっており、探索するだけでも楽しいです。
 今回はヴァーラ石の採掘場の鉱山町に使用しました。


・Dolls- children Overhaul( Nexus 72569 )
 子供の美化mod。
 ウィンキング・スキーヴァーの看板娘、ミネッテに使用しました。かわいいヾ(๑╹◡╹)ノ"


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1 Comments

もきゅ  

>>りささん

ありがとうございます。旅している雰囲気を出せていたみたいでほっとしました。
なんか最近そういう感じの映画や漫画をいろいろ観てたから、その影響が出ちゃったのかも知れませんね^^;

そう、イェアメリスは歩くたびにピコ~ン、ピコ~ンといろいろなフラグを立てて回るような定めですよねw

年内にあと2回ぐらい更新できたらなと思っています。そこでようやくスカイリムらしくなってくるかな~とw 楽しみにしておいて下さいヾ(๑╹◡╹)ノ"

2017/11/17 (Fri) 22:47 | EDIT | REPLY |   

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