4E201 - The Unsung Chronicles of Tamriel

¡Hola! Mi nombre es Moqueue. Encantada.

4E201

15
2017  21:22:50

◆Chapter: 2-1 密航者

<第二部>




「少し上がったらどうだ?」


船長と話しを終えたアスヴァレンが、貨物室に下りてきた。


船底と貨物室の間の散らかった区画にうずくまったイェアメリスは、ぼんやりとした目でアスヴァレンを見返す。キルクモアを出向して10日、あれ以来嵐には遭遇していない。イェアメリスとアスヴァレンを乗せた船は、順調に風を受けて進んでいる。彼らを乗せたエリクール商会の船は予定より早くグレナンブラの領海を抜け、リヴェンスパイアの首都、ノースポイント沖に到達していた。嵐の夜に小舟でたどり着いたイェアメリスは緊張の糸が切れたのか、それ以降無口になって引きこもっていた。


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「聞いているのか?」


「・・・ええ」


彼らが乗ったエリクール商会の船は積み荷重視で、船員の部屋は極限まで削られていた。もちろん客室などというものはない。船長室以外には船員の共同部屋が一つだけ。その共同部屋で船員達はまとめて寝泊まりしていた。
甲板下の中層には元客室の壁をぶち抜いたような貨物室があり、積み荷が満載だった。アスヴァレンとイェアメリスは共同部屋のほうではなく、規則性のない部屋割りの貨物室の一角に寝泊まりすることを許されていた。


個室・・・ではないが、他の乗員から隔離された場所を提供されているというのは特別な対応だ。客船でもない役夫だらけの船に女性が一人、目に付くところに置いておくのは良くないというのが表向きの理由だったが、もう一つの錬金術師であるという理由も大きい。彼ら錬金術師は、いざというときの医療的処置を得意としており、航海の世界では大切に扱われているのだ。


そんなわけでイェアメリス達は区画の片隅に居場所を作り、貨物と同居して過ごしていた。木箱の間にベッドロールを敷いたささやかなスペースは、極上にはほど遠いとはいえこの船の中ではこれ以上望めない居心地だ。しかし彼女はいつもそこにはいなかった。区画からほど近い、船底に繋がる中二階の隅に縮こまっていることが多かったのだ。


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「アズラにかけて・・・こんな天気の日に篭ってたらキノコが生えてくる、ブラッキーならそう言うような天気だぞ」


「ああ、ブラッキー・・・置いてきちゃった・・・」
妹の名を聞いて、ようやく彼女は反応を示した。


「もう十分ぼうっとしているように思えるが、そろそろ目を覚ましたらどうだ?」
本当は(その妹を置いてきてまでしなければならないことがあるのだろう?)と聞くところだが、敢えて触れないようにしている。


「失礼ね、あたしはずっと起きてるわ」


「そうか? 死人のような目をしている。ドラウグルのほうが眼光があるぞ」


「そんな見たことないから、分からないわ。それに、・・・」


イェアメリスは抗議しようとして言葉を飲み込んだ。ここ数日何度も繰り返している光景。彼はこうやってイェアメリスから反応を引き出そうと誘い水を注してくれるのだが、それにうまく乗ることが出来ず、反応が返せないのだった。


同じ反応を繰り返す彼女に無理強いをせず、アスヴァレンは自分の場所に戻った。


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彼女は男の姿が消えると、隠すようにしながら左の袖をまくった。手首の内側に赤黒い傷が姿を現す。

ぼんやりと灯る呪いの光を目にすると、彼女は身震いした。


服の胸元から覗くと、乳房の間から鳩尾にかけても傷が走っている。脈打つ心臓を体外からのぞき見ることが出来るような・・・醜い、そして恐ろしく冒涜的な呪いが彼女の身体を蝕んでいた。


もう何度も同じ事を繰り返していたが、夢ではない。この傷は現実だった。


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(どうしてあたしが・・・)


・・・身体に刻まれた呪いの恐怖、まだ忘れられない殺人の感触、ダンマーの錬金術師に対する感情。それらがない交ぜになってどう振る舞っていいのか分からない。こんなことなら船にたどり着いて感情を爆発させたあの晩、少女のように泣きわめいてすべてをぶちまけてしまえば良かった。・・・しかし落ち着いてしまった今では到底そんなことは出来なかった。
袖を戻すと彼女はまた濁ったような目に戻っていった。


アスヴァレンは声をかけてくるが、島を出た理由は聞いてこない。年長者の余裕か、優しさか、はたまた無関心か測りかねたが、心の整理が付いていないイェアメリスにはそれが有難かった。彼女はその状況に甘えていた。何か言ったら間違った反応をしてしまうかも知れない、一度沈黙に囚われると、今度はそれが怖くなってますます無口になっていく。
イェアメリスは思考停止に陥っていた。何も考えずに食事と睡眠と排泄、ただそれだけを機械的に繰り返す人形のような生活。退屈な船旅にはとても都合がよかったが、心の奥底では外に出るきっかけを求めて、灰色の思考の海でもがきつづけていた。


その間も船は進み続ける。道のりの半分はもう過ぎた。あと一週間もしたらソリチュードに着く筈だ。いつまでもこうして居られるわけではない。時間には限りがあるのだ。


「ほら、飲め」


声をかけられ、気がつくとカップを持ったアスヴァレンが立っている。彼は手にした瓶からコップにグロックを注ぐと、いつも通りイェアメリスにも飲みやすいように角砂糖を入れてくれた。


貿易船の中というのはお世辞にもいい環境ではない。気分的にも、衛生的にも。
特に船底近くは染み出した海水と人間の出したゴミや汚物、残飯などが腐ってタール状になっている。処理のために砂が撒かれてはいるのだが、それでも腐敗臭は相当なものだ。「放っておいたらキノコが生える」はあながちウソではなかった。


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「あたしはライムジュースの方が好きだわ」


「残念ながら船には積んでないそうだ。船長には言ったのだがな」


「この船主は、もうちょっと労働環境を改善すべきね」


「地方領主の小さな船団だ。東帝都社のようにはいかんさ」


グロックはラム酒を水で薄めたお酒だ。疾病対策に効果があると信じられており、乗組員の健康管理のため一日数回の飲用が義務づけられている。衛生区画がしっかりと隔絶されている高級客船などではまた違うのだろうが、この客船では船員も客も関係なく飲むことに決められていた。
そんなに酒に強くないイェアメリスは最初のむのを嫌がったものだが、流石に慣れてきた。


「同感だ。しかし・・・、なぜわざわざ酒を薄めて飲むのだろうな。予防効果は原酒の方が高いというのに」


「あなたにも、知らない事ってあるのね」
当たり障りのない会話であれば出来る。


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「知っているさ。お前みたいな酒に弱い者が、言い訳して飲むのを逃れるからだろう? 薬は飲まねば効果がないからな」


「違うわよ」
彼女は微笑みを浮かべて茶化したが、アスヴァレンの視線を感じて少し目を逸らした。


「じゃあなんだ、教えてくれ」


「あなたみたいな人が数人船に乗っているだけで、あっという間に無くなっちゃうからよ・・・いいわ、飲むわ。飲めばいいんでしょ」


イェアメリスはグロックを飲み干した。 溶けかけた砂糖の甘みが、少しだけ心を刺激する。


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「減らず口を聞けるぐらいにはなったようだな?」


「あら、あたしは何時だって元気じゃない」
言っていることと態度がちぐはぐなのは自分でも分かっていたが、自身ではどうしようもなかった。


アスヴァレンは飲み終わったコップを受け取ると、空中で降ってしぶきを取り、腰につるした。


「そういえば昨晩、ノースポイントを通過したそうだ」
そう言ったとき、下の方から騒音が聞こえてきた。


「あと一週間ほどでソリチュードに・・・ん?」語尾を濁らせる。「何か音がしないか?」


「またネズミでも出たのかしら」


「違いそうだ、見てくる」彼は瓶とコップを樽の上に置くと、イェアメリスが腰掛けているタラップの脇を降り始めた。


「あたしも行くわ」


「汚いぞ」


「平気よ」


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アスヴァレンが先頭に立ち、2人は汚物を避けながら船底に下りた。
カジートとノルドらしき奴隷が何やら言い争っているのが物音の原因だった。あまり大きな声を出すと船員に折檻されるからだろうか、2人とも小さな声でブツブツ言っているがそれが耳触りに漏れ聞こえてきていたのだ。
奴隷といえども船の乗員の一部で、彼らには彼らなりの船の中での居場所があるのだが、それを犯したとカジートが怒っていた。二人とも鉄の首輪をはめられており、移動を制限されるように鎖を引きずっていた。


スカイリムでもハイロックでも奴隷制度は公になっていないが、鉱山や船、強制徴兵された戦奴など、当然のように奴隷が存在している。イェアメリス達が乗る櫂のない帆船などでは、奴隷の主な仕事は、数日に一度この船底のヘドロを桶で海に捨てる汚物処理であった。帆の扱いなど操船は技術職とみられており、正式な船員の仕事なのだ。


奴隷達はイェアメリスが引きこもっている中二階から見下ろせる、船の最下層に押し込まれていた。


「ショールのヒゲにかけて俺は盗っちゃいない、きっとお前さんの枕はそのヘドロの中に沈んでるだろうよ」


「そんなはずはない。カジートは確認した。今朝起きたときそこの樽の上に置いたんだ」


「スクゥーマでも決めてたんじゃねえのか? なんなら枕なんて要らない身体にしてやってもいいんだぞ」


「おお、これだからノルドは。喧嘩っ早くてイヤだ」


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2人の奴隷は、アスヴァレンたちが近づいてきたのを気にとめるでもなく、言い争いを続けていた。


「では、船員に聞いてみるさ!」


「お前のウソがばれるだけだがな!」


カジートとノルドは互いに掴みあったまま、彼らの来たのと反対のタラップに消えていった。そちらにも別の区画が広がっている。船員の誰かに陳情するつもりのようだ。言ってしまった2人の奴隷を見送ると、アスヴァレンはしばらく辺りを見回していたが、戻ろうとしてふと足を止めた。


「どうしたの?」


イェアメリスが怪訝そうに尋ねるのを手で制しながらアスヴァレンは小声を出した。
「どうやら他にも客人が居るようだ」


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彼は言い争う奴隷たちが消えていったタラップに足をかけた。そこで下を示す。イェアメリスはダンマーの示した先を目で追ったが、脇や奥にあちこちに荷物が散乱しているだけだ。


「ちがう、こっちだ」


言われてタラップの脇に回り込むと、彼女はびっくりして声を上げた。


「え?! あなた」


ここ数日で一番感情のこもった声だった。
船底のタラップの裏手。資材や船底に囲まれて影になっているところに人影が居た。座り込んで居眠りしている。耳当てのある帽子を深めに被り顔は見えなかったが、背負ってクッション代わりにしている巨大なバックパックにも見覚えがあった。


隠れていたのは小柄なボズマーだった。難破船で漂着して、キルクモアの島に散々な災厄をばらまいた奴隷商人の一人が、なんと船底に潜んで密航していた。


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最後まで見つからなかった生き残り、アーセランだった。


眠りを妨げられて、ボズマーはぼんやりとした目でイェアメリスを見た。最初は頭がはっきりしないようだったが、何度か瞬きすると、彼もイェアメリスのことを認識した。


「ん? あー!!」


キルクモア港の廃塔の地下室で、自分を蹴飛ばして逃げ出したエルフ女が立っている。


「この人、奴隷商人だわ!」
イェアメリスはこぶしを握り締めた。


「ま、待ってくれ。俺は奴隷商人じゃない」
アーセランは首をぶんぶん振って否定した。


「あたしが捕まったとき、あなた居たじゃない! 人違いとでも言うの?」


「いや、確かに居たが・・・」


「ほら、やっぱりそうじゃない。アスヴァレン、こいつ危険よ」


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「奴らの仲間なんかじゃない。おい、ダンマー。あんた、信じてくれよ!」


「俺はお前のことは知らん」
アスヴァレンは脇のポーチを探っている。いくつかのビンを取り出しては見比べている。イェアメリスが不思議そうにのぞき込む。「アスヴァレン。何しているの?」


「ふむ、どうやって殺すのが死体も残らずきれいに始末できるかと思ってな」


「ちょっ、待ってくれ! お嬢さん、あなたからも何か言ってやってよ」


「毒がいいんじゃないかしら?」


「そういうことじゃねぇよ!」


「いや、体中から血が噴出したりしたら、床が汚れる・・・」


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「そんな酷い毒は嫌だ!」


「苦痛が少ないのもあるわよね・・・それに、ここなら多少汚れても分からないわ」


「それもそうだな・・・」


「やめてやめてやめて!」


イェアメリスは、周りを見てアスヴァレンの袖を引いた。「ねえ、ちょっと。・・・騒ぎになるのはあまり良くないんじゃない?」カジートとノルドの奴隷が何時戻ってくるか分からなかった。一瞥するとダンマーは、確かにその通りだと頷いた。


「メリス、その荷物を持ってこい」
彼はそう指示すると、自分はボズマーの首根っこを捕まえて、自分たちの貨物区画に引きずっていった。




・・・




「っもいわね。このバッグ、一体何が入っているのよ」
人目を気にしなくていいところに来ると、逃げ場を塞いで2人の錬金術師はボズマーを取り囲んだ。


「で、アーセラン。あなたどうしてこんな所に居るわけ?」


「俺の名前・・・なんで・・・」


イェアメリスの眉がつり上がった。
「言っときますけどね、あたしあなたの一味に攫われたし、殺されかけたのよ。奴隷商人たちがあなたを呼ぶのをちゃんと聞いていたの。ごまかそうとしても無駄よ」


「俺の一味じゃねぇって! あの船には偶然乗りあわせただけだって、誓って奴らの仲間なんかじゃない。信じてくれよ!」


「一体どう信じろって言うのよ?」


彼は2人に促されるまま、キルクモアに流れ着くことになった経緯を早口でまくし立てはじめた。


「俺はヴァレンウッドの西の方、へんぴな村に住んでたんだが、一家そろって商売人だ。上の兄貴たちは夏のファリネスティで商売をしているたんだが、どうもソリが合わなくてな。俺は一旗揚げるために家を出たんだ。田舎に住んではいても、心まで田舎に引っ込んじゃあ居ねぇ。俺みたいに大きなヤツは世界でもっとふさわしい仕事があるんじゃねぇか、と思ったのさ」


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しゃべり始めると、アーセランの舌は滑らかに回転を始めた。


「俺らが住んでるあたりはアルドメリ自治領の勢力圏だが、あそこでのし上がろうと思ったらほら、やっぱりサルモールになるっきゃねぇだろ? と言うわけでサマーセットのオーリドンに渡って、アルドメリ典礼大学とかいうのに入ったのさ。・・・だがあそこはダメだ。サルモール基本理念とやらを若者に教育する大学らしいんだが、種族偏見がひどすぎる。ボズマーには肩身が狭くてあったもんじゃなかった。まあ、カジートどもの扱いに比べりゃ幾分マシだとはいえ、あそこを出ても出世は出来ないって感じたね」


黙って聞いていたイェアメリスは、あきれたように口を挟んだ。
「話が長いわ。あなた、置かれた状況分かってるの?」


「短気な娘っ子だなぁ、そんなんじゃ嫁のもらい手がなくなるぜ?」


「よっ、余計なお世話よ! それよりちゃんと難破船について説明しなさいよ。真剣にやった方がいいわよ。この人、あなたに毒を試したくてしょうがないんだから・・・もちろんあたしもね」


アーセランは脅されて慌てて続けた。


「崇高なイフレ(Y'ffre)にかけて! ま、まて。・・・でだな、そこで俺は考えたのさ。やっぱり士官なんて向いてない、これからの時代は海上交易だよなって。いまに船を持って一財産築いてやろうと、海に出てみることにしたんだ」


「それでその後しばらく、アビシアン海のいろんな船で仕事した。そしてこの前ちょっと遠くまで足を伸ばしてグレナンブラのアルド・クロフトまでいったのさ。決まった雇用関係を結んだ相手が居るわけじゃないから、帰りの船を探さなくちゃならなくてな・・・港湾事務所で困り果ててたときに、同業者のレッドガードがたまたま教えてくれたんだ。町外れの岩場の裏にもう一つ入り江があって、密貿易の船が集まってるって。そこで乗り込んだのがまさかの奴隷運搬船。あんたたちの島の近くで座礁した例の船だったって訳だ」


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アーセランは自分の話が伝わってるかと、チラ見しながら続ける。


「船は本当はダガーフォールに行く筈だったんだ。だけどよ、ヘレネの辺りを航行しているときにサルモールの奴らが別の船で乗り付けてきやがって。・・・最初は奴隷を買いに来たのかと思ったんだが、そのまま船ごと接収されちまったんだ。で、どこに行くのか知らされないまま北上しているうちに嵐に巻き込まれて。あんたたちの島の近くで岩に突っ込んだってわけだ」


「船に水が入ってきたとき、俺はたまたま甲板に居てな。浜もそばに見えたし、なんか船室の方で争いごとがおっぱじまったから一足先に飛び込んだって訳よ。こう見えても泳ぎは得意な方なんだぜ。船に乗ってた半分ぐらいは死んじまったから、まだ俺は女神に見放されてなかったんだな。でもよ、運のよかった奴ら・・・ユディトたちをはじめとして、ならず者が十数人・・・サルモールの生き残りを奴ら、殺し始めたから、逆える状況じゃなかったんだ。分かるだろ?あいつらのヤバさ」


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イェアメリスはアスヴァレンの方を見た。言っていることの辻褄は合っている。アスヴァレンも軽く頷き、続きを促した。


「無人島じゃないのはすぐに分かったから、本当は町だか村だかに駆け込みたかったんだ。でも連中から抜け出すことが出来なくて・・・洞窟を見つけてそこに拠点を構えたと思ったらまた移動したりして、とにかくこっちも生きた心地がしなかったさ。人里が目の前にあるのに駆け込むことが出来ないんだから。分かるか?この気持ちが。俺はボズマーだから、動物の扱いには長けている。町の隅っこから少し家畜たちをちょろまかしてこれるから、役立つってことで生かされてたんだろうな」


「後はあんたたちの方がよく知ってるだろう? お嬢ちゃん、あんたを攫ってきて、船を乗っ取ろうとしたが撃退されたってわけだ。言っとくけど、俺は荷物持ちをやらされていただけだからな」


「どうして逃げることが出来たの? 戦いには参加してなかったの?」


「いや、夜襲には居たさ。兵士に追い詰められてもうダメだと思ったとき、たまたま持っていた薬のせいで命拾いしたんだ。びっくりするなよ? ウソかと思うかも知れねえが、飲んだら身体が透明になっちまう薬なんだ」


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イェアメリスはハッとした。


「あなた、その薬はどこで手に入れたの?!」


「俺も最初はなんかの酒だと思ってたんだけどよ・・・」


「いいからどこで手に入れたのよ!」


アーセランはものすごい彼女の剣幕に気圧されながらも、舌だけは滑らかに回し続けた。
「お。おお・・・そんな怖い顔すんなって。・・・あ、あれは夜襲の数日前、根城にしていた廃塔の地下に居たとき、なんか酒瓶だか薬瓶だか分からないものが足下に転がってきたんだ。俺だけが気づいたようだったので、とりあえず懐に入れておいたんだ。マーラよ・・・、まさかそれに命を救われるなんて思ってもみなかったさ」


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「・・・あたしが落とした薬だわ・・・」


「俺は戦いなんかしたくもないし、巻き込まれたくもなかったから、港をこっそり移動してこの船に隠れたのさ。残った連中はどうなったんだ? 捕まったのか?」


「奴らは全員死んだ」


「うぇっ、くわばらくわばら・・・やっぱり俺の判断は間違っちゃいなかったってわけだ。まあ、こうしてあんたたちに見つかっちまったわけだが」


「たしかに・・・ウソは言っていないようね」


「これで信じてもらえただろ? な、俺はあのならず者たちとは違うんだって」


作り話にしては出来すぎている。第3の視点から語られたキルクモア港襲撃の物語は、彼女たちが把握する内容と完全に一致していた。イェアメリスは疑わしげな目は崩さぬまま、アーセランを見た。


「どうでしょうね。あなたの置かれた状況は分かったけど、あなたがいい人かどうかは別問題よ」
イェアメリスはここ数日で散々な目に遭っていたので、目の前のボズマーの言うことをすんなり受け入れるのは感情的に癪だった。


「あーそうさ。俺だって善人ぶるつもりはねぇ。でも外道なつもりもねえぜ」


「ふーん。じゃあその外道じゃないアーセランさんは、どんなことをしてきたのかしらね? 持ち物を見れば分かるかしら?」言いながら、彼女はアーセランの鞄の中を物色はじめた。様々な品を取り出しては床に並べ始める。


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「ちょ、やめろって。人のプライバシーを・・・」


銀食器、ディベラ像、キャベツやアイロンなど、訳の分からないものに混じって、ずしりと重い小銭入れが何袋も出てきた。


「これ、あたしの今月の稼ぎじゃないの!」


ならず者たちの荷物番をさせられていた彼は、小屋から持ち去られたイェアメリスの蓄えを持ち逃げしていた。


「そんなわけない。これはれっきとした俺の・・・」


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「東帝都社のお給料には、この印が入れてあるのよ。あなた中も確認していないでしょ」


「う・・・」


「とにかく、この800セプティムは返してもらいますからね。足りない分は借金よ」
イェアメリスは自分の給料を取り戻すと、アーセランをのぞき込んだ。「で、この期に及んで、自分をいい人だとでも? ・・・どう信じたらいいのかしら?」


彼女は荷物の物色を再開した。


「待ってくれよ・・・、それは・・・」


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「なによ、この紋章。見るからに悪そうじゃない!」
イェアメリスはぶちまけたアーセランの荷物の中から、不思議な紋章のかかれた布を手に取った。


「あ~っ、失礼なヤツだな。これはれっきとしたうちの紋章だよ。ボーンアロウ。故郷ではちょっと知られたブランドなんだぜ。ファリネスティではこれで包めばどんな商品だって値段が二倍にはなるって言う、それは大事なうちの家紋さ」


「あなたそれ・・・むしろ家名に泥を塗ってるんじゃ・・・」


「こまけーこたぁいいんだよ。ブランドってのは作るまでが大変で、できちまえば後は勝手に金を生んでくれるからな」


「商人の風上にも置けんヤツだな。」
アスヴァレンも毒気を抜かれたような表情をしている。


「どう思う?」
イェアメリスは半分あきれたように連れの錬金術師を見た。


「黒だな」


「ちょー! 待って待って待って!」


「じゃあ、あなたがやった善行とやらを話してごらんなさいよ!」


「えーと、あの気にくわないカジートのヒゲを燃やして・・・ちがうちがう、それじゃなくて・・・あ、そうだ! オークの奴隷を助けたんだ!」


「オークの奴隷?」


アーセランは額に湧き上がった冷や汗を拭いながら続けた。
「ああ。浜に打ち上げられたとき、オークの奴隷も一人混じってたんだ。殺されちまうところだったんだが、荷物持ちにしよ・・・いやいや、かわいそうだから、かわいそうだからって、奴らを説得して命を助けてやったんだ」


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彼女たちには思い当たる節があった


「それってもしかして、足を折られたオークのこと?」


「なんで知ってるんだ? ち、違うぞ、足を折ったのは俺じゃないからな」
慌ててアーセランは付け加えた。


「そう・・・カグダンを助けた商人風の男ってあなたのことだったのね」


「な、俺って、悪人じゃないだろ」


確かに、この小柄なボズマーは害をなすようには見えない。大きな害は、と言う意味でだが。とはいえ、密航は罪だ。


「匿ってくれよ。耳長どうし、エルフの誼で仲良くやろうぜ、な、頼むよ・・・」
散らばった荷物をパックに詰め込みながら、アーセランは返事も聞かずに貨物室の一角に向かい、そそくさと自分の隠れ家をしつらえ始めた。


「面倒ごとになるかもしれん、やはり殺しておくか?」


殺すという単語にイェアメリスはビクッと反応した。しばし忘れかけたあの光景、殺人の感触を思い出したのだ。
「や、やめて。・・・こんなヤツ」


「では船長に突き出すか」


「放っておきましょ。あたしたちに関わりはないわ」


「ありがてぇ、ありがてぇ!」


「ちがうわ、あなたのためじゃない。厄介事が嫌なだけよ」
イェアメリスは無視を決め込んだようで、それを見たアスヴァレンもそれ以上ボズマーの男に関わるのをやめた。
これは大きな間違いだったのだが、このときの彼らには知る由もなかった。


「ありがてぇ、あそこは臭くってかなわねぇんだ」




・・・




そしてうやむやのまま、貨物室に新たな同居人が加わった数日後・・・


「だから言ってる、カジートは見たんだ」


甲板で奴隷のカジートが2人の船員と揉めていた。


「おおかた、臭いのしないところに移りたくてあんなウソをついているんだろうよ。奴らの嗅覚は俺たち人間よりも敏感だって言うしな」


「あと4日でソリチュードに着くから、それまで辛抱しろよ」
船員たちはもまともに取り合っていなかったが、カジートは引き下がらなかった。


「2つの月にかけて、本当だ。見たことのない奴が乗っているんだ」


船員たちは顔を見合わせた。
「まさかとは思うが、一応見回ってみるか?」


密航者が今まで見つからなかったのは"探されなかった"からだ。本気で捜索が行われれば船の中に逃げ場などない。捜索が始まると潜んでいたアーセランは簡単に見つかって、船員の前に引きずり出された。
甲板上にはスタイレック船長を始め主だった船員が集まり、議論が始まった。密航者のアーセラン自身は白黒つけるまでもなく有罪だったので、揉めることなどなかったのだが、議題になっているのはもっぱらイェアメリスとアスヴァレンの処遇のほうだった。


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具合の悪いことに、アーセランは錬金術師たちが滞在している貨物室の少し脇に隠れており、それを彼女たちが匿っていたと認識されているのだ。そんなことはないと真っ向から突っぱねるには彼女たちにも後ろめたいことがあり、状況証拠と併せて2人には極めて不利な空気が流れていた。


「錬金術師さんよ、ちょっとまずいことになったのは、理解してくれてるよな?」
スタイレックは自分と同じぐらいの背丈のあるアスヴァレンに言った。


「まあ、そこのお嬢さんも飛び入りっちゃぁ同じなんだが、出港時に俺らの目の前で堂々と乗り込んで来たからな。運賃もちゃんと2人分貰っているし、密航じゃないって俺たちも認めてる。それにあんたたち自身は何か悪さをしたわけでもない」
彼は男女の錬金術師を交互に見た。
「・・・駆け落ちして来るような2人をこんな風に責めるのは、本当は心苦しいんだよ。でも罪は罪だ。たとえ海のルールに疎かったとしてもな」


「かっ・・・駆け落ちですって?!」イェアメリスはびっくりして素っ頓狂な声を上げた。
彼女は自分たちが船でどういう風に見られているか、全く分かっていなかった。乗り込んできた後、何の事情も説明しないで黙りこくって14日、何かあると勘ぐられない方がおかしかった。


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「かっ・・・かっ・・・」
赤くなったり白くなったりしながら目をキョロキョロさせるイェアメリスを気にかけるでも無く、船長は続けた。


「あまり船に乗らない連中は知らないかも知れないが、密航ってのは思っているよりも重罪なんだ。別に密航者自身が危険なヤツじゃなくてもな。船って言うのは船員たちが長い期間一緒に暮らす密閉された空間だろ? 異分子ってのはそれだけで不和の種になる。排他的なようだが、仕方ないんだ」


アスヴァレンは黙って聞いている。


「ヤツを見つけたのは何時だ?」
船長はマストの根元にしょぼくれて立つボズマーに顎をしゃくって見せた。アーセランは後ろ手に縛られている。


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「4日ほど前だ」


密航者がいるのを黙っていたことが問題視されているのだった。
「そのとき言ってくれれば良かったのにな」甲板には奴隷のカジートとノルドも出てきている。「この猫のほうが、海のルールをよく知っていたってことだ」


「ごめんなさい、あたしが放って・・・」
イェアメリスの言葉を遮り、アスヴァレンは庇うように一歩前に出た。


「済まない、船長。こんなことになってしまったのは残念だ」


船長は平静を装っているが、周りを取り囲む船員達は皆一様に緊張している。


「どう始末をつけたものかな・・・」
彼は甲板上の船員たちを見渡した。


「・・・少なくとも、あんたたちとソリチュードまで一緒に行くことは出来なくなった。そのことは分かってくれるな。あとはほっぽり出されるか、自分で飛び降りるか、それぐらいの違いしかないが・・・」


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雇い主が別にいるとはいえ、船の上では船長がルール。主人であり法律でもあるのだ。船員たちはそれぞれに頷いている。彼らは船長に従うようだ。結論は下船。処遇に関する他の意見は特に出てこなかった。


彼は船のすぐ横に突き出した岩礁に顔を向けた。
「あんたらは運がいい、幸いここは大海原のど真ん中と言うわけじゃない。沿岸までもそう距離はない。岩場伝いに行けばきっと、運悪く足を滑らせでもしない限り、無事に岸までたどり着けるだろうよ」


「その男はどうなる?」
アスヴァレンは岩場を軽く眺めると、縛られた密航者に目を移した。


「こいつは別だ。今日から、船底でヘドロを掬っては捨てるという人生を満喫してもらうことになるな」


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イェアメリスは最初は密航の罪の重さに驚いたが、直ぐにそんなこと気にしていられなくなった。恐る恐る、舷側から揺れて見える岩礁を見る。実際揺れているのは岩礁ではなく船の方なのだが、ここに飛び移ることなんて出来るのかしらと、思わせる距離だ。船長は簡単に言うが、女の身で飛び移るには、微妙に離れていた。彼女は自分がこれからやらなければならないことを想像して固くなった。


その直後、マストの根元で騒ぎが起こった。急に船員達が色めき立つ。
縛られたボズマーが監視役に体当たりしたのだ。


「くそっ、お前! 何しやがる!」


「こんなところで捕まってたまるかよ・・・まだ人生ロクに楽しんでねえってのに・・・!」


アーセランは言い捨てると一瞬の隙を突いて、体勢を崩した見張りを踏み越えた。反対の舷側に駆け寄ると、躊躇することなく宙に身を投げる。


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「うわっ、あいつ飛び込みやがった!」


「縛られてるのに・・・自暴自棄か?!」


刹那の出来事で、周りの者はあっけにとられて見送ることしか出来なかった。


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舷側から弧を描くように落ちたアーセランは、控えめな飛沫を上げると、沈んで見えなくなった。


「ああ! なんてこと!」
イェアメリスは恐怖の表情を浮かべると手で顔を覆った。指の隙間から、ついさっきまで言葉を交わしていた相手が消えていった波間をのぞき見る。


「あいつ。自分で自分を始末しやがった」


「まあ、形はどうあれ、厄介事は片付いたって訳だ」


よくある光景なのだろうか? 船員たちは切り替えが早く、海に消えた男に対する興味は急激に失せたようだった。残った2人の錬金術師のほうに注目は集まる。次はお前たち、どんな見世物を出すんだ、と言わんばかりだ。


多くの視線に晒されてイェアメリスは後ずさったが、アスヴァレンのほうは全く自然な様子で、まるで世間話でもするかのように船乗り達を見ている。


「一つ聞いていいか? ここはどの辺りだ?」


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「まだハイロックの領海だ。岸にたどり着けたら少し西に戻るといい。ファーランの港町が近くだと思う。・・・こんな形になって残念だが、次にどこかの船に乗るときには覚えておくんだな。自分の身を守るためにも」


「ああ、肝に銘じておこう・・・」


まるで海に消えたアーセランを隠すかのように、辺りから急に霧が出だした。昼間温められた海面から、冷たい外気に向かって立ち上っているのだ。


「ここの霧は深いから、行き先を見失う。早めに行った方がいいな」

船長は何人かの部下に、帆の調整をするよう指示を出すと、2人に下船を促した。


「気をつけろよ、さっきの男のように海で泳ぐなんてことは考えない方がいい。ここらの海は思っているよりも冷たいぞ」


頷くと、アスヴァレンはイェアメリスを伴い舷側に寄った。


「俺が先に行く。受け止めてやるから飛べ」
言うとアスヴァレンは身軽に岩場に飛び移った。こちらに手を差し伸べている。


「かっ、簡単に言わないでよ・・・」


怖気づいたイェアメリスは、込み上げてくる唾を飲み込んだ。ほんの数瞬前に人が海に落ちるのを見たばかり。おっかなびっくり、へっぴり腰だった。舷側の上に立った彼女は、3、4度逡巡し、やがて船員たちの好奇の目に晒されるのに耐えかねたように飛んだ。見物していた船員の中には口笛を吹いたものも居る。彼らから見たらこんな修羅場も、やはり退屈な船旅の中の娯楽の一つなのだった。


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もちろんイェアメリスにはそんな様子を観察する余裕は全くなく、必死そのものであった。岩場に転落するか海面にたたきつけられるか、どちらになっても気持ちのいいものではない。宙を飛びながら嫌な考えが脳裏をよぎって総毛立つ。がっしりとしたダンマーの手に支えられたときには安心のあまり、ふにゃりと力が抜けてしまった。


「気を引き締めろ。これからが本番だぞ」


確かに彼の言うとおりだ。岩礁に打ち付ける波を見ると、うすら寒い風に晒されているにも関わらず、彼女は全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。


2人は岩礁に立って、見上げる形になった船を見た。ここからではもう、甲板上の様子は覗えない。取り残されたまま2人は、ゆっくりと離れていく船を見送った。置き去りの刑・・・船乗りたちの間では死刑宣告の次に重い罰だ。岩場があるのだけが唯一の救いだ。


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「来い、足場が悪いから俺につかまれ」


岩場の狭い足場に立ったアスヴァレンは、イェアメリスの手を取ると少しずつ進み始める。
こちら側からは遠いが、反対側に沿岸があるはずだ。


「あ、あの・・・」


イェアメリスは俯いていた。足下を確認していたわけではない。・・・キルクモアで廃塔を偵察したときに、ならず者と戦うのに反対して、町のみんなに猛反対されたことを思い出したのだ。密航者を黙認するという消極的な態度が招いた今回の有様。無視することによって、結局アーセランの命も奪う結果になってしまった。情けが仇、そんなことが立て続けに起きてしまい、彼女の価値観は揺らぎ始めていた。


「気にしすぎることはない。船の連中もキルクモアの町の住人と同じで自分たちの領域を侵されたくないだけだ」


「でも・・・」


「あのボズマーか? あいつは自業自得としか言いようがない。それこそ手の及ばない出来事だ。お前の優しさが否定された訳じゃない。それより、滑るから集中しろ」


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二人は苦労しながら海に突き出した岩礁を渡り、進む。行く先には転々とした岩場が陸繋島のように連なっており、ところどころ波に洗われて分断されていた。全く海に浸からなかったわけではないが、膝ぐらいまでの潮だまりを何回か渡るころには、ようやく沿岸が見えてきた。運も2人に味方していた。干潮が近かったのが、何よりも幸運だ。


日が暮れる前にはなんとか、2人は沿岸にたどり着くことができた。彼女は大きく息を吐き出した。とりあえず目前の危機から脱したことによる安堵。


こうして2人はスカイリムを目前にしながら、あと少しというところで、やむなく上陸することになったのだった。




・・・




せまい砂浜に冷たい波と風が打ちつけている。
キルクモアは暖かかったが、ここは緯度が少し高い。夜が近づくと刺すような寒さが忍び寄り始めていた。薪木の月(9月)だと言うのに、辺りはもううっすらと雪に覆われている。船の奥にいると分からなかったが、岩場で風と波の洗礼を受け、上陸して雪を見た彼らは、いよいよ寒い国に入ったのだというここを自らの肌で実感したのだった。


ハイロック北部のこの辺りは複雑な海岸線を成しており、砂浜があったと思えば海のすぐ近くまで岩山や森がせり出してきている。初めての土地なので、少しでも海から離れたら方角を見失ってしまいそうだ。もう少し内陸に入れば街道も整備されているのだろうが、鬱蒼と茂る針葉樹の壁は、まるで不慣れな冒険者の侵入を拒んでいるかのようだった。2人は冷たい風を我慢しながら、海を目印に道なき海岸線を黙々と歩き続けることにした。


船長に言われたとおり海岸線を西に、ファーランの街目指して歩く。目的地であるソリチュードからは遠ざかる方向なのだが、港町なら別の船を見つけることが出来るだろう。結果的にはそちらの方が近道なはずだ。
しばらく進むと霧の向こうに人工物らしきものが見え隠れしだす。あれがファーランだろうか? 灯台のようだ。そちらに向かって数歩進むと、イェアメリスは波打ち際に何か打ち上げられているのを発見した。


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「ひっ!」


びしょ濡れの人間が打ち上げられていた。


小柄な身体で縛られていたのであろうか、手首にちぎれた縄がまとわりついている。


彼女の顔は青ざめた。


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アーセランだった。


口に手を当てて立ちすくむ。そんな彼女を追い抜いて近づくと、アスヴァレンは倒れているボズマーの脇にしゃがんだ。


うつ伏せになっているので手を回して起こすがぐったりしている。死んでいるのだろうか・・・


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「ど、どう・・・?」


ぴくりとも動かないアーセランの身体を見て、錬金術師は首を振った。仰向けに砂浜に寝かすと、目を閉ざしてやろうとする。思わず駆け寄ったイェアメリスは、必死に荷物を探ると、小さな袋取り出した。


「どうするつもりだ?」


袋にはなにやら粉末が入っている。マジカの回復などに使われる錬金素材なのだが、とにかく苦い、そして刺激が強い事で有名だった。彼女は膝の上にアーセランの頭を乗せると、左の手で掴めるだけの粉末を握って溺死者の鼻と口にその粉末を振りかけた。


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海水に濡れた顔に粉末が混ざって、じゅわじゅわ音を立てる。そのまましばらく待つと、死んだように見えたアーセランの身体がのけぞって、ピクピクしたのち大きく跳ね上がった。


「ウウ・・・ゲェー、ガホッ・・・!」


苦しそうに口から水を吐き出すと、アーセランは息を吹き返した。


「よかった。うまくいったわ!」


背中をドンドン叩いてやると、小さなボズマーは何度かに分けて、肺にたまった水を吐き出した。
「前に島で溺れた時、母さんがやってくれたのよ。この粉末、"陸の思い出"と呼ばれているの。溺れた直後にしか効き目はないのだけど、運がいいわ。間に合ったのね」


「驚いたな。成分は何なんだ?」


「変ったものではないわ。ただの、粉末化したエルフイヤー・リーフよ」


「なんと!・・・そんな使い方があるとは。俺だったら死霊術を使っていたかもしれん」
物騒なことを言いながら感心してみせるアスヴァレンの横で、アーセランは苦しげにうめいた。


「ゲホッ、ゲホッ・・・」


「やあ、お嬢ちゃん・・・ウッ、ゲボッ・・・」


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「大丈夫?! 飛び込むなんて・・・なんて無茶を」


「ウエッ・・・俺、死にかけてた?」
アーセランは見下ろす錬金術師たちの前で身を起こした。目には光が戻りつつある。


「死にかけではなく、死んでいた・・・メリスに感謝しておけ。オレにも思いつかん蘇生方法を知っていた」


「聖なるイフレにかけて! 浜辺にたどり着く直前までは覚えてるんだが・・・」アーセランは立ち上がって強がった。「俺は泳ぎが得意なんだ。伊達に船上で商売してきてないからな。縛られてたって足さえ自由なら泳ぐことぐらい出来る」たが、足はプルプル震えていた。


「流氷も見られそうな海で泳ぐとは、物好きが過ぎるな。まだ冬ではないが、ここは幽霊海(GohstSea)だぞ」


「分かってる・・・分かってるけどよ、鎖に繋がれちまったら、それこそ最後だからな」


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余裕のない時代、人々は犯罪者や流れ者に対して容赦なかった。奴隷の境遇で新たな港町に着きでもしたら、その者はその先もずっと奴隷として扱われるだろう。故郷を出てから身分も身寄りも持たずに、おのれひとりで生きてきたアーセランは、そういう厳しさを十分承知していた。
助けた側の2人もつい先ほどまでは"交易船の客"という立場だったが、今は身寄りのない"ただの怪しげな旅人"だ。力と運を持たないものは自分の運命さえも勝ち取ることは出来ない、それが外の世界だ。イェアメリスが島を出たことを知ってエドウィンが心配していたのが、正にそういうことであったのだが、今の彼女には知る由もなかった。


イェアメリスは息を吹き返したアーセランを見ると安心したように、アスヴァレンに並んで見守った。日は沈んでしまったが、あそこに見えるのが灯台なら、夜までにはファーランにたどり着ける。


「ちょっとちょっとお二人さん! まさかこのまま俺を置き去りにしたりしないよな? うう・・・ブルル」
アーセランは手をブンブン振りまわして抗議した。


「ちょっと短剣貸してくれよ。岩場で擦り切ったから自由は自由なんだが、手首の縄が水吸って膨らんじまったから、この、最後に残った分が解けないんだ。ブルルッ、やばい・・・寒くて死にそうだ!」


イェアメリスは短剣を抜くと、躊躇した。命を救うため、さっきは咄嗟に飛び出してしまったが、落ち着いてみると迷いが出てきた。彼女は"情けが仇"で、また間違ったとこをしているのではないか、余計なことをしているのではないかと疑心暗鬼になっていた。


「どうした? 頼むよ、ほら、貸してくれ」
そんな気も知らず、ボズマーの怪しい商人は急かす。


「あなたみたいな人に刃物なんて渡せないわ。もういいから、手出して。腕動かさないで、血管切っちゃうわよ」
半ば投げやりに、イェアメリスはボズマーの戒めに短剣を引っかけて断ち切った。


「アクセサリー代わりにしとけばいいのに」


「無茶言うなよ・・・すまねぇ・・・おお、ひでぇ鬱血だ。手首死んじまうかと思ったよ」
縄を解いて貰ったアーセランは、手首をさすりながらガチガチ震えている。


「あんたは恩人だ。恩人ついでにもう一つ頼む。マントか布きれか、何でもいいから防寒に使えそうなものないか? うう・・・」歯がカチカチと鳴っている。


「仕方ないわね。予備のをあげるわ。返さなくていいけど借金には上乗せよ」


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「なんだよそれ、東帝都者のやつってのはどうしてこう足下見やがるんだ・・・。まあいい、どこに向かってんのか分からねえけど、早いところ町に行こうぜ、暖を取りてぇ」


「なに? ついてくるの?」


「つれないこと言うなよ」


アーセランは受け取ったマントをきつく身体に巻き付けると、彼女の抗議を聞くまでもなく歩き始めた。




・・・




「うう~。もう限界だ」


2時間ほど歩くと、彼らの前に防壁が姿を現した。ファーランは砂州と入り江を利用した町だった。郊外の崩れ落ちた廃屋を超えると防壁の一角に町の門が見えてくる。
彼は暖かいところにたどり着きたい一心で、我先にと門に駆け寄った


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「おい待て!」


アスヴァレンは喜び勇んで町に突撃しようとするアーセランを呼び止め、後ろを振り返った。船でしばらく引きこもっていたイェアメリスは、久しぶりの強行軍で疲れ果てており、やや遅れている。しかし彼女も気持ちはアーセランと同じだった。駆け寄る元気はなかったが、待っている連れに追いつくと、怪訝そうな顔で防壁を見上げた。


「どうしたの? ここがファーランでしょ。早く入りましょうよ」


アスヴァレンは門を中心とした辺りをまんべんなく見渡す。何か気付かないか?、と促している。
「様子がおかしい。普通、町と言えば見張り小屋があったり、衛兵が立っているものだが・・・」


そう言われてみれば確かにおかしい。この街には見張りの類が一人もいなかった。人気がないのだ。改めて見ると門もひっそりとしており、辺りは静寂に包まれていた。


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「んなこたぁ入ってみりゃわかるだろうよ。ほら、お二人さん、行くぜ?」


アーセランはもう待てないとばかりに大扉に張り付いた。押してみるがびくともしないと分かると、扉をドンドン叩き始めた。


「おい。居るんだろ、町の人。中に入れてくれよ~!」


返事がない。イェアメリスは嫌な予感がしながらも、アーセランの脇に寄った。木の板で張られた扉に隙間を見つけて、目を当てて覗き込む。


「何か見えたか?」


「ええ、たき火のようなものが近くに、でも他は暗くてよく見えないわ・・・」


「くそっ、こっちは一刻も早く温まりたいってのに」


再びアーセランが扉をたたいた時、後ろから声が飛んだ。


「おい! お前たち、何をしている?!」


3人はハッとして振り向いた。門に続く道のわきに、2人の戦士が松明をかざして立っていた。丁寧に刈り込んだ頭の顔に薄い傷を持つ男と、すらっとした長身の凛々しい顔立ちの女だった。男は一歩進みでると、イェアメリス達に問いかけてきた。


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「お前たち、旅人か?」


彼女が返事をする前にアーセランが答えてしまった。


「ああ。俺は旅商人のアーセランってんだ。こっちの2人は連れの錬金術師だ。今ここに着いたとこなんだが、街に入れてもらえなくて困ってたんだ」


「商人と言っても、荷物を持っていないようだが?」


「荷物は別の船で送っている最中さ。ソリチュードで合流する予定で別行動してたんだがちょっと事情があってな。こんなところで上陸する羽目になっちまったんだ」


「ちょっ・・・」
口を開けばすらすらと出てくるウソに、呆れて口を挟もうとしたイェアメリスだったが、アスヴァレンに止められた。しばらく様子を見よう、彼の目はそう語っていた。


「入れてもらえんだと・・・、何かやらかしたのか?」
男は背負った大剣に手を伸ばしかけたが、思いなおしたのか、腰に手を当て直すと怪しげな商人を観察し始めた。


「うん? ブルブルブル、とんでもねぇ。そうじゃなくて、返事がねぇンだ。まるで誰もいないみたいに、シーンとしてるんだよ」
アーセランは応答のない大扉をもう一度拳で小突いて見せた。「あんたらここの人?」


男は道の向こうで控えている相棒の女性を呼び寄せた。
「俺達は巡回騎士だ。国境の町や村に異変が起きていないか、山賊や難民と言った問題が発生していないか、こうして二人一組で見て回るのが仕事さ。俺はレイセンダル、よろしくな。そしてこっちのかっこいい女騎士がヘンリエッタだ」


女騎士は無言でうなづきかけて眉をひそめた。追い打ちするように騎士が言う。
「付け加えとくと、オレの上官だ。良い女だろ?」


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まじめなのか不真面目なのか、男はにやりと笑うとウインクして見せた。


「馬鹿なこと言ってないで任務に戻れ。この者たちを尋問するのか?」
ヘンリエッタと呼ばれた女騎士はレイセンダルを小突くと、一歩前に出た。


「ちょっと待ってくれよ、どうして俺達が」アーセランはあわてたが、レイセンダルが助け船を出した。


「いや、この街のほうが気になる。行ってみよう」


「貴様は酒が飲みたいだけであろう?」


「まあ、そう言わずに・・・しかし言われてみれば妙だな。守衛が居らんじゃないか」
2人の騎士と3人の旅人は城壁に沿って、港のある側に伝い歩いて行った。霧が深いため、壁から離れると町そのものを見失いそうだ。灯台に火は点されている。途中、水門が一つ見つかったが、そこも施錠されており、通ることはできなかった。水門を越えると港が見えてくる。船は停泊していないようだ。


「なんだか寂しい港ね」
イェアメリスは夜の海風に身を震わせると、不安そうにあたりを見回した。


「たしか、港側にも一つ門があったはずなんだがな。お、あれだ!」

レイセンダルが指差した先に門が現れた。こちらにも守衛はいない。


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「いいから、ぶち破ってでも入っちまおうぜ。寒さが限界だよ俺は」
アーセランは先頭に立って門に駆けていくと、先ほどしたのと同じように手を掛けた。


ぎぃ・・・


軋んだ音を立てて蝶番が動き始める。ボズマーの商人は拍子抜けしたように振り返った。


「開いてるぜ?」
言うと、開いた扉の隙間から町の中に滑り込んでいった。


2人の騎士が続く。イェアメリスとアスヴァレンは最後に門をくぐった。わずかに開いた門の隙間から、彼らの顔を撫でるような風が吹き、埃を運んできた。雨は降っていないが霧は町の中にも立ちこめており、状況の把握を困難にしていた。


「よく見えないが・・・、住人はどこだ?」
先頭を行く騎士は松明をかざすと、街路に目を走らせた。日が沈んでからの時間を考えてもまだ夜の8時にもならないはずだ。町の住人が一人残らず建物に入るには早すぎる。


「レイセンダル、気をつけろ。何か変だ。おい、お前たちも離れるな」
ヘンリエッタは男に並ぶと、2人の錬金術師に後ろから着いてくるように目配せした。有無を言わせぬ態度だが、彼らは素直に従うと、辺りに注意を払いながら街路を進んだ。


「あいつはどこ行った? おい、商人! あまり先に行くな」
ヘンリエッタが呼びかけるや否や、向こうの方からアーセランが駆け戻ってきた。


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「ひ、ひっ・・・人が!」


「おいどうした?! 落ち着け!」


やばいものを見たというような表情をしている。

彼は騎士達の元にたどり着くと、恐怖にゆがんだ顔でまくし立てた。


「人が・・・人があんなことに・・・」


「だから人がどうした?」


「みんな死んでる!」


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聞くと2人の騎士は即座に剣を抜き放った。訓練された者の動きだ。アーセランを一番後ろに下がらせると、3人の旅人を守るように左右に挟んで、慎重に進み始めた。


角を曲がるといくつかの建物があったが、どれも火災に遭ったように扉や壁が焼け崩れている。既に鎮火していることから、1,2日前の火だと思われた。霧の中、目を凝らすと所々に町の住人が倒れていた。斬られた痕や火傷で損傷が酷い。


「おい! 誰か居ないか?! 大丈夫だ。俺たちは巡回騎士だ。居たら出てきてくれ!」


レイセンダルは大声を出してみたが、声は霧の中に吸い込まれて、静寂だけが残された。
ファーランは小さな町だが、それでも50人以上の住人が暮らしていたはず。一人も生存者がいないというのだろうか・・・?


「これは酒場どころの話じゃなくなってきたな・・・」


彼らは居住区を抜け、水門から引き込まれた干潟を超えると、町の反対側の門・・・最初に閉まっていた側にたどり着いた。守衛はそこに居た。ただし死体だったが。その周りには十数体の焼死体が連なっていた。
門に近すぎて、のぞき込んだとき死角になって見えなかったのだ。


干潟の脇に常設のたき火が燃えていた。門の隙間からイェアメリスが見たたき火だ。アーセランはそこに駆け寄ると、ようやく出会うことのできた暖を取った。しかしその目はキョロキョロ落ち着きなく動き、危険がないかと警戒している。
不用意に火に近づいた商人を責める者は誰も居なかった。火の持つ安心感、もしくは根源的な力とでも言うべきものだろうか、それが羽虫のように彼らを引き寄せ、一同は誰に促されるでもなく、たき火の周りに集まった。騎士達も剣に手をかけたままであったが、一息ついている。


「返事がなかったと言うより、返事を出来る者が居なかったのだな・・・」
アスヴァレンは誰に言うとでもなく呟いた。イェアメリスは彼に寄り添うように立ち、たき火に手をかざしていた。
「こんな酷いことを誰が・・・」


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「お前達、大丈夫か? 大変なところに居合わせてしまったが・・・」


「え、ええ・・・ありがとう。なんとか」
イェアメリスは、女騎士がたき火に当たりながらも、閉まった門に目線を向けたままなのが気になった。


「あの・・・ヘンリエッタ、さん? 何を見ているの」


「ん、ああ」女騎士は振り返ると、死んでいる守衛を指し示した。「見ろ、あの守衛。町中に向かって剣を構えた向きで事切れている。それに、あの焼死体・・・みな一様に門の方に頭を向けている。どういうことだろうな・・・」


「山賊団にでも襲われたのかしら?」


「いや、それは無い。このロスガリアンには我々のような巡回騎士が何組もいる。彼らは勤勉だから、野党や山賊団はここ数ヶ月の間でほとんど根絶されたはずだ」


「野盗でもないなら、一体・・・」


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「ここまで来る間、町の外には特に被害は無かった。町は外から襲われたんじゃ無い。中で何かがあったんだ。この焼死体達はそれから逃げようとしてここで倒れたのだろう」


人心地ついたアーセランは、たき火の火が届く範囲で、辺りを調べ始めた。イェアメリスはハラハラしながら「やめなさいよ」と目で訴えかけた。幸い騎士達は門を調べ始めたので気づかれる恐れはなさそうだが、商人はそんなことも織り込み済みのように、主に死体を物色しているようだった。


「なあ、メリスちゃん、ちょっとちょっと」
アーセランが手招きしている。街に引き込まれた干潟のほとりに一体、不審な死体が倒れているのを見つけたのだ。


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「なに? どうかしたの?」


「これ、何だと思う?」
アーセランが指さした地面には、炭化をを通り越して灰になった死体・・・らしき物が盛り上がっていた。意識して見回してみると、惨殺体や焼死体に混じって、灰の山があちらこちらに積まれていた。記憶に引っかかるものがあり、しばし考え込んだイェアメリスは、ハッとしたように顔を上げた。


(これって・・・キルクモアで化け物が死んだときに残った灰にそっくりだわ!)


彼女はアスヴァレンと目が合ったので、小瓶の蓋を開けるような仕草をして見せた。うなずいたアスヴァレンを見て、彼も同じ事を考えていることが分かった。
謎の劇薬を浴びた魔術師先生の変貌、死と残された灰。島で起きた2週間前の事件が思い出された。


「なあ、錬金術師的な知識かなにかで、分かんねえかな?」


「ご、ごめんなさい。あたしには灰であるということしか分からないわ」


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「あ、ちょっ、アスヴァレン何するの!」


地面の灰に気をとられていたイェアメリスは、アスヴァレンに強引に腕を掴まれて焚き火のほうに押しやられた。続いてアーセランの首根っこを捕まえると後ろに放り投げる。ノルドとダンマーの混血の彼は、必要であれば戦士顔負けの膂力を振るうことが出来た。彼は、揃って尻餅をついた2人に背を向けるように立つと、腰から剣を抜いて構えた。冷気を発するスタルリムの剣、アトモーラの楔だ。


「何だありゃ!!」


抗議しようとしたアーセランだったが、出てきたのは別の言葉だった。彼はアスヴァレンに襲い掛かる化け物を目にしたのだった。茫然と見守る2人をかばって、錬金術師は白い化け物に立ち向かった。
イェアメリスの予感は当たった。キルクモアで遭遇した化け物だ。言葉には出さなかったが、彼女はサルモールの関与を確信した。


灰で出来たゾンビのような見かけは島で見た姿と同じであったが、動作は前に見た化け物と違ってすばやかった。手にした得物を振り下ろすと、アスヴァレンはそれを剣で受け止めた。


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錬金術師の身体が僅かに沈む。それだけ強い力で叩きつけられた言うことだ。


「おい、何だあれは! 大丈夫か?!」


門を調べていたレイセンダルたちも音に気づき、駆け寄った。


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アスヴァレンが攻撃をはじいて体勢を立て直そうとしている時、灰の化け物の左手が熱を帯び始めた。


「魔法?!」


火炎球だと分かって、錬金術師は衝撃に耐えようと身構える。


「ヤァッ!」


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魔法が今にも放たれようとするとき、鋭い叫びと共にヘンリエッタが踏み込んだ。

弧を描いた剣によって化け物の左腕は切り飛ばされて宙を舞う。


彼女の視線を受けたレイセンダルは流れるような動作でその腕を遠くに蹴飛ばすと、腕は路地の裏まで飛んで、火炎球は切り離された手と共に爆発した。


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ひるんだ化け物の胸にアトモーラの楔を突き立てると、アスヴァレンはその力を解放する。キルクモアで死体を処理したときと同じように灰の化け物は凍りつき、剣をひねると粉々になって崩れ落ちた。


「すごいな、この化け物・・・そしてお前の剣」
驚き半分、関心半分といった体で、ヘンリエッタは死んだ化け物とアスヴァレンの武器を交互に見た。


「助かった。まさか魔法を使ってくるとは思わなかった」
アスヴァレンはヘンリエッタに礼を言うと、脇に来たレイセンダルを見た。


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「な、頼りになるいい女だろ?」


「それが上官に対する物言いか?」
台詞の先を越されてしまい口ごもった女騎士を見て、レイセンダルは笑みを浮かべた。錬金術師の顔にも薄い笑みが浮かんでいた。


「こんな化け物がよく出るのか? ハイロックは」


「まさか。俺たちも化け物経験が少ないほうじゃないが、こんなやつは初めてだ。町はこいつらに襲われたのかな?」


「分からんが、まだ居るかもしれん、気を抜くな」
ヘンリエッタはアスヴァレンの方を向いた。「怪我は・・・なさそうだな」


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「いい連携だ。助かった」


後ろでは腰を抜かしかけていたアーセランも立ち上がっていた。

「なあ、そろそろここから出ないか?」
もっと暖を取りたいのはやまやまだが、凍えることよりももっと別の危険がありそうな街だ。服もあらかた乾いたし、彼としては目的を達することが出来ていた。そうなれば長居するような場所ではない。


「そうね。気味が悪いわ」イェアメリスも不安を隠そうとしなかった。


「騎士のダンナ、酒場も宿屋も・・・ここではちょっと無理だと思うんだが」


「まあ、そうなるな」
同じく酒を当てにしていたレイセンダルも大きくうなづいた。


「ここにいる理由は限りなく減ったんじゃないか、俺たち」
ボズマーは門のほうにあごをしゃくった。


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「同感だね・・・確かに、生きている人間がいないんじゃ、酒場も宿もお預けだな」


「レイセンダル、口を慎め。不謹慎だぞ」
ヘンリエッタはとがめるように言うと、八大神への簡易的な祈りを始めた。一同は神妙に、短い祈りが終わるのを待った。済むと、彼女は宣言した。


「夜通し居るわけにもゆかぬし、弔ってやろうにも数が多すぎる。詳しく調査するにも人手が必要だ。一旦ここを出るぞ」


異を唱える者は誰も居なかった。巡回騎士たちに先導されて、旅人たちは死の町となったファーランを後にし、一番近い村に向かうことになった。




・・・




内陸に向かう街道沿いに2時間ほど歩き、一向はパインマーチと呼ばれる村にたどり着いた。酒場宿で暖炉横のテーブルに就いてジョッキを傾けていると、先ほどの出来事がまるで幻のように思えてくる。しかしそれは紛れもない現実であった。
アーセランはようやく人心地ついたという顔をし、2人の騎士に質問を浴びせていた。


「巡回騎士というのは、どんな仕事なんだ? 領内を見回って法律違反を取り締まるのかい?」


「まあ、それに近いが、ここ数ヶ月は山賊団の相手が多かったな」


このハイロック北東のロスガリアンでは、隣接するスカイリムの内戦の影響で、戦いから逃げてくる人々の流入に悩まされていた。いわゆる難民だ。大半は無害な者達なのだが、中には野盗や流れの山賊団といった危険な者たちも混じっている。そのような背景もあって、巡回騎士たちが増員されていた。


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「先月は俺たちも相当な数、サンライト送りにしてやったもんだ」


「サンライト?」


「ああ、首都ジェハンナの近くにある鉱山さ」
ロスガリアンはスカイリムからの流入者達を快く思っていなかった。首都で受け入れ可能な人数はとうに超えており、あふれた者が街路や街の周辺で寝泊まりしたりしている。治安の悪化も顕著だった。巡回騎士たちは最近では、ならず者を発見すると逮捕しサンライト鉱山や、国境にある帝国軍の強制徴兵隊の事務所に送り込むことが主な仕事になっていた。


「あんた達はいつも2人で行動するのかい?」


「ああ。我々の本部はジェハンナにあるんだが、元を辿ればスカイリムの有名な同胞団という組織の分派らしくてな。もっとも、第2紀の頃の話だから今では交流なんぞこれっぽっちもないんだが。・・・で、そこの連中はなんでも盾の兄弟姉妹と言って、任務には2人がペアを組んで当たることになっているらしい。その伝統がここにも受け継がれているのさ」
レイセンダルは隣で静かにジョッキを傾けている上官の女騎士を指さした。


「大変なことがあったが改めて自己紹介だ。俺はレイセンダル。そしてこっちが上官の」


「ヘンリエッタだ。よろしく」


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「俺はアーセランって言うんだ。ヴァレンウッドから出てきて、サルモールと馬が合わなくって商人を始めたんだが・・・っと」ボズマーは慌てて店内を見回した。自分たち以外にエルフの血を引く者が居なさそうだと分かると、少し声を下げる。「この国はロスガリアンって言うのか? サルモールの関係はどうなんだい? よくうろついてるのか?やっぱり」


レイセンダルは首を振った。
「まあ、特に表立った関係はないな。ハイロックじゃタロス崇拝は活発じゃないし、連中の部隊も移動するときには帝国軍とセットだからな。何故そんなことを聞く?」


「おらぁ、この国は初めてだから・・・ハイロックを旅する予定はなかったから、地勢は仕入れておかないと。ま、飲んでくれ。俺のおごりだ」


「おお、いいのか?! 俺は遠慮しない男だぞ」


豪快に笑ったレイセンダルを机の下でヘンリエッタが蹴飛ばした。
「バカ、恥ずかしいまねはやめろ」


同じようにテーブルの下では、イェアメリスがアーセランを蹴飛ばしていた。
「ちょっと! 誰のお金で飲んでると思ってるのよ」


「まあまあ、今俺って手ぶらだからしょうが無いじゃん」

アーセランは言って分かるような相手ではないことが、彼女にも薄々と分かりかけてきた。

「そういう問題じゃ無いでしょ!」


「んもう・・・さっきまで死にかけてた・・・死んでた人とは思えないわね」
イェアメリスはあきれたように言うと、騎士達が聞きとがめた。


「死んでた?」


アーセランは慌てて手を振ると否定した。
「ぶるぶるぶる・・・死んでるって? 死んでない死んでない。なに言ってるんだい、メリスちゃん。もうそんなに酔っ払ってるのかよ、こまるなぁ・・・」


「で、その酔っ払ってる賑やかなお嬢ちゃんは何者だい?」聞いているレイセンダルも既に相当酔っ払っているようだ。


「失礼ね。あたしは賑やかじゃないわ。イェアメリス。ノースポイントの島からきた錬金術師で東帝都社の社員よ」


「ほう、若いのに立派なもんだ」レイセンダルは彼女を値踏みするように見回した。服の下の痕が見つかるんじゃないかと気が気でなく、彼女はわざと横に話を振った。


「そしてこちらはあたしの先生」


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「アスヴァレン。・・・同じく錬金術師だ」


「錬金術師ぃ? あんた、戦士の体格してるじゃないか」


「ノルドの血が混じっているからな」そう言うとアスヴァレンはジョッキを空けた。


「さっきは見事だった」
騎士はそう言うとピッチャーからアスヴァレンのジョッキにエールを注いだ。


「そちらもな」
2人はそしてジョッキを打ち合わせると、一杯ずつあおった。


「お前たちはどこに向かっているんだ?」
ヘンリエッタが聞いてきた。職務上の詰問口調では無い。彼女も少し酒が入っているようだ。


「騎士の姐さん。俺たちはソリチュードに向かってるんだ。メリスちゃんの東帝都社の仕事でね。ちょっと手違いがあって、予定と違ってこの近くに上陸しちまって、別の船を探さなきゃならなくなったのさ。ファーランに行けばソリチュード行きの船が見つかると思ったんだが・・・ところでファーランってのは、どんな町なんだい」


「元は第2紀のオーク砦から発展した町だが、一時は海賊の根城になったり、帝国の拠点となったりと、落ち着きのない所ね。今は見ての通り・・・寂れた港町だわ。いえ、だったわ」


「そうか、当てが外れちまったな。じゃあ、俺らソリチュードに行くにはどうしたらいい?」


「ロスガリアンで他に船の便があるのは、ハーフスタッドだな。スカイリムとの国境沖に浮かぶ島だ。だがここからなら、陸路の方が早いぞ。ソリチュードはハーフィンガルの岬をぐるっと回り込まないとならないから」


「陸路だとどう行ったら?」


「ここから南の斜面を上って行くとクラウドスプリングと言うところに出る、そこから山越えの大橋を渡ればいい。ロスガリアン山脈の東の外れ、その山頂に街がある。2つの橋と山に囲まれた堅牢な城下町。そこが我々の首都だ。そしてジェハンナの東門に架けられている橋を渡ればそこはもうスカイリムね。北の小道に出るから、街道沿いに進めばドラゴンブリッジ、ソリチュードに出られる」


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「土地勘ねえけど、迷わないかな?」


「まあ、迷うだろうな。我々に着いてきたら良い。今日の報告のためにジェハンナに戻らねばならん。そこまでは同じ行き先だ」


話を聞きつけたレイセンダルは豪快に笑ってアーセランの背中を叩いた。ボズマーは痛そうに愛想笑いをする。


「ついて行ってやるよ。今は難民もあふれているし、お前らみたいな怪しげな奴、他の巡回騎士に出会うたびに毎回長ったらしい自己紹介しなくちゃならなくなるぜ?」


「うえっ、それは勘弁して欲しいぜ」


しばらくのあいだ、運ばれた料理をつつきながら、5人は他愛も無い話に花を咲かせた。やがてレイセンダルは酔い潰れて寝てしまい、アーセランも話し相手を失って、テーブルは急に静かになった。一緒に居たヘンリエッタは、向こうのカウンターに移って店の主人と何か話を始めていた。


イェアメリスは隣に座る錬金術師を振り返った。


「アスヴァレン。ねえ、アスヴァレン?」


「ん? ああ・・・」生返事が帰って来た。彼は食べ物の皿を脇に押しやって、テーブルの上で何か始めていた。


「あら? なに書いているの?」
アスヴァレンは暇さえあればやっているように、研究のノートをに何か書き込んでいた。イェアメリスは頬杖をついたままそれをのぞき込んだ。


「お前の見せた今日の蘇生術を記録しておこうと思ってな・・・」上の空で答えると、彼は集中してノートに色々綴っている。


おとなしくその様子を眺めながら、彼女は長かった今日を思い返した。・・・船を追い出されて、岩礁を苦労しながら渡って上陸、流れ着いたアーセランを蘇生し、やっとたどり着いたと思った町は滅びており、しかも襲われる。ここに来るまでにたった一日で随分な目に遭った・・・多くの出来事を反芻しているうちに、イェアメリスはだんだん睡魔に囚われてきた。


アスヴァレンは一区切りつくと、彼女に向き直る。


「で、何の話だ?」
彼女は船をこいでいる。


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「いいわ。今日は疲れちゃった・・・」


返事とも寝言ともとれる言葉を残すと、イェアメリスもテーブルの上で寝てしまった。




・・・




どうやらこの場で酒に一番強かったのはヘンリエッタとアスヴァレンのようだ。アーセランも酔い潰れてしまったようだ。テーブルの上では3人がいびきを掻いている。周りがすべて寝てしまい、アスヴァレンはカウンターで店の主人と話している女騎士をなんとなく見やった。


和やかな酒の席とは随分と様子が違い、ヘンリエッタの顔は険しい。酒場の主人に何か厄介事を頼まれでもしたのだろうか?


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「・・・あの話はただの噂ではなかったのか?」


「しかし騎士様。見かけたっちゅう農民もポツポツ居るんですわ・・・」


「狼の群れと見間違えたんじゃないのか?」


「いや、それはねえですよ。2本足で立ってたっちゅうから。・・・あれは”死者の行進”に違いねぇ」


「まさか、ファーランは・・・」


「ファーランがどうかしたんですかい?」


「い、いや。忘れてくれ。今あの辺りは危険なことになっているから、近づかない方が良い」


「へ。へぇ」
釈然としない面持ちだが、女騎士の”話はここまでだ”と言った態度に、主人も口を閉ざす。


ヘンリエッタはカウンターを後にすると、仲間は酔い潰れているテーブルに戻ってこようとした。


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「死者の行進だと・・・?」


不気味な言葉を口にしたその顔は深刻さに陰っていた。




(つづく・・・)




※使用mod


・へンリエッタさん ・・・お世話になっているドゥルルルさんのフォロワー。凜々しいお姉さんです^^

本来は「アンリエッタ(Henrietta)」なのですが、登場人物に「ア」で始まる名前が増えすぎるので「H」をわざと発音することにしましたw


・レイセンダルさん ・・・Overkneeさんの男性フォロワー。カッコイイおじさまです。

本来は「アレクサンダー(Alexander)」なのですが、登場人物に(ry・・・

名前のアルファベットをアナグラム的に入れ替えて「Laxaender」として登場してもらいました。


・アーセランくん ・・・前にも紹介しましたが、くろみみさんの製作されたボズマーの商人フォロワーです。

第2部から本格参加ですヾ(๑╹◡╹)ノ"


・ボーンアロウの紋章 ・・・アーセラン君の作者のくろみみさんが考えた、彼の家の家紋です。正しい悪用の仕方(w)は、くろみみさんのブログ

にて詳しく説明されています。楽しいお話ですよ(๑╹ω╹๑ )


・Into the West ( Nexus 68807 ) ・・・ハイロック東部、スカイリム国境周辺を拡張するmodです。

今回のファーランはこのmodの街です。


・INKARNATE ・・・modではないのですが、Web上でファンタジーっぽい地図を描くことの出来るアプリです。
お世話になっているmiiuさんに教えてもらいいましたヾ(๑╹◡╹)ノ"


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2 Comments

留まっていたargonian  

No title

チャプター2、キテマシター
マッテマシター
続きが楽しみです。

2017/05/20 (Sat) 21:03 | EDIT | REPLY |   

もきゅ  

留まっていたargonian さま

ありがとうございます(・_・)(._.)ぺこり
読んで頂いたことをコメント頂けるだけでもとてもうれしいですヾ(๑╹◡╹)ノ"
のんびりとお付き合いくださればと思います。

2017/05/21 (Sun) 21:30 | EDIT | REPLY |   

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