4E201 - The Unsung Chronicles of Tamriel

¡Hola! Mi nombre es Moqueue. Encantada.

4E201

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2017  21:58:59

◆Chapter: 1-12 2つの戦い

農民の暮らしはシンプルだ。日の出とともに畑で働き、日没後は家に引っ込むか酒場に繰り出す。燃える油の流通が殆どない島嶼では光源が貴重なため、人々は暖炉や燭台の周りに自然と集まって、食事や酒で夜を楽しむのだ。それ以外、理由もなく夜間に出歩く者はいない。
この時期、アガルド農場の小麦は休耕で、真央の月(6月)に収穫したあと、土壌の回復のためにシロツメクサが植えられていた。わずかに風があるが、空気はまだ温かく、肌寒さを感じることもない。


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その農園を後に森に踏み込んだエミーを照らし、背後で炎の明かりが瞬いている。本来静かなはずの農場が今夜は騒がしい。人が集まって荷車に積んだ藁を燃やし騒いでいるため、霧に覆われた町はぼんやりとした光に包まれていた。それと対照的に、少女の向かう先は深い森の奥だった。
キルクモアは小さな島だ。街道も、その脇を照らす燭灯も本土ほどは整備されていない。昼間であればともかく、夜は道から一歩奥へ行くと、もはや闇の世界だった。


「ねぇ、ぷうちゃん! まって」


ペンダントが発する僅かな赤い光を見失うまいと、エミーは森の中を走っていた。
農場の騒ぎの最中、少女の元を訪れたウサギが、彼女の大事にしているペンダントを咥えて、森に逃げ込んだのだ。左にちょっと進んだと思えば右に折れ、1時間近く森の中を連れまわす。とっくの昔に、エミーは自分がどこにいるのか分からなくなっていた。


ウォウォーン・・・


野犬の吠え声を聞いて、少女は一瞬、身を縮こまらせた。人に害をなすような猛獣はいないが、それでも夜深い森の中は安全とは言えない。”ぷぅ”は承知しているらしく、進路を変えると少女が追いついてくるのを待っていた。エミーは何度も追いつく寸前までいくのだが、”ぷぅ”は決して彼女に触れさせることはせず、近くまで来るとまたちょこちょこ走って逃げ出すことを繰り返していた。


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「ねぇ、返してよぅ・・・」


ウサギは走り続ける。
しばらくすると、森の葉がこすれる音に混じって、遠く波の音が聞こえはじめた。木がまばらになり、丘に差し掛かる。いつの間にか海に近くなっていた。少女は追いかけながら、地面の変化を感じ取った。古びてはいるがところどころ平らな石が敷き詰められている。古い街道の跡。風化しかかった道は、丘の向こう、古びた塔に向かっていた。


「あれ? ここ・・・」


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塔の全体が見えるようになってくると、エミーは自分が港の近くに来ていることに気が付いた。海を挟んで2つの塔が双子のように立ち、その先に町が見える。森の中をぐるっと回って、遠回りにキルクモア港の対岸にたどり着いたのだった。




・・・




ウサギがエミーを誘って、塔を見下ろす丘に差し掛かる少し前。


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「来た! 合図だよ!」


ブラッキーの上げた声で、見張り台に居た全員が振り返る。
ここは港を見下ろす双子の塔の片割れ。奴隷商人たちの襲撃に備え、アスヴァレン、ブラッキー、そして町の有志のイーリック、シルガンの4人が迎え撃つ準備を整えていた。


深夜を過ぎてから2時間近く過ぎたころ、アガルド農園の方角にぼんやりとした明かりが出現した。火の手が上がっているように見える。霧に覆われて見通しは悪かったが、反対側の塔からも十分見える明るさだった。きっとならず者たちも気付いたに違いない。


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まだ日のあるうちから塔に詰めており、落ち着かない半日を過ごしてきた彼らは、ようやく訪れた出番を迎え、示し合わせた行動を開始した。


塔の裏手には、エルヤー隊長以下5人の兵士たちが武装を整えて待機している。農場のことをアガルドや町の者たちに任せ、密かに移動してきたのだ。
エルヤーは、塔の上を見上げるとブラッキーからの合図を確認した。そして片手をあげて部下たちに散開を命じる。北側の防壁跡の影にはエドウィン、衛兵ウラナックに加え、件の船の船員が陣取っており、こちらも襲撃を待ち構えていた。彼らは合図を受けて、港に踏み込むべく前進をはじめた。


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待ち伏せ部隊は港の反対側に居立する廃塔の死角になるように、草むらを利用して桟橋の方ににじり寄る。
配置についたエルヤー隊長は頭の中でならず者たちの人数を振り返った。農場襲撃で討ちとったのが3人、あとたしか1人、イェアメリスの小屋近くの水たまりで倒れていた仲間が発見されていた。・・・ということは、残りは11人ぐらいになるはずだ。
対するこちらは13人。数よりも不意を突く有利が大きいことを彼女は知っていた。しかしこちらも素人が多い。士気という面で、人数が一人でも多いことはとても重要だった。


準備は整った。


塔上から地面の様子を見下ろし、ブラッキーらは再び襲撃者たちが現れるのを待った。エルヤーが農場の襲撃を食い止めたことは分かっていたから、あとは偽の知らせであぶり出されたならず者たちが出てくるのを待つだけだ。


・・・連中はまだ出てこない。

ならず者たちに怪しまれたのだろうか? 農場の騒ぎが計画と違う・・・なにか別の符丁があったのではないか? 不安に思えることはいろいろあったが、彼らにはやきもきしながら待つことしかできなかった。


しばらくして廃塔の影から人影が見えたとき、待ち伏せ部隊の誰もが安堵した。エドウィンの立てた筋書きは今のところすべて当たっている。廃塔からわらわらと出てきたならず者たちは、岩場を伝って港を回り込むように接近してきた。下を覗いてブラッキーは岩場を指差すと、エルヤーも無言で同意の合図を返す。彼女も状況は把握していた。


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「もう少しひきつけろ。全員降りるのを待ってからだ」


エルヤーは今にも動き出そうとする兵士たちを制すると、ならず者たちが岩場から降りて桟橋に近づくのを待った。一度降りてしまえば上ることは困難だ。逃がさないためにも、引きつける必要があった。


最後尾の袋を抱えた小柄なボズマーが港の外れに降り立ったのを見て、とうとうエルヤーは合図を出した。


塔の屋上に隠れていたアスヴァレンが立ちあがる。


ヒュンッ!


先頭を移動してきたエルフ鎧の禿頭が船のタラップに足を掛けたとき、風を切った矢が襲い掛かった。側頭部の急所に矢を突きたてて、どうっと倒れる。これが戦いの合図となった。


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草むらと岩陰から一気に姿を現し、エルヤー隊が一気に距離を詰める。奴隷商人たちは急な襲撃に浮足立った。彼らは農場の火災を襲撃の成功と信じ切っており、あわよくば戦闘さえせずに船を奪い取れると武器を抜いてもいなかった。


「なに?! 待ち伏せだと!」
不意を突かれたならず者たちは、頭であるユディトの怒声を受けてばらばらと武器をとり始める。乱戦が始まった。


見下ろして、ブラッキーが首をかしげる。


「あれ? ダンマーが居るよ。あんちゃんたちが言ってた奴じゃないの?」


アスヴァレンが言われた方を見ると、確かにならず者の中にダンマーが一人混じっている。ゴームだ。


「あいつは・・・見覚えがあるな。農場の方に行かなかったのか? 奴らの作戦が変わった?」
ゴームはイェアメリスに執着していたはずだ。アスヴァレンはそのことが少し引っかかったが、ブラッキーの声で現実に引き戻された。


「まあ、みんな倒しちゃえば同じだよ。じゃあ、ボク行くね!」

見張りは終わり、とばかりにブラッキーは言った。そして腰に下げた斧を手に取ると、眼下の戦闘に加わるために塔を駆け下りていくのだった。


残されたアスヴァレン、イーリック、シルガンの3人は塔の上から敵を狙う。しかしアスヴァレンはともかく、残りの2人は弓の名手でもないし訓練も受けていない。夜の乱戦の中、敵だけを狙い撃つのは困難だった。


「アイダ、先生、あの塔を何とかしろ!」ユディトが廃塔に向かって叫んでいた。


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次の狙いを物色していたアスヴァレンは、敵のリーダーらしき男が叫ぶ声を聞いた。
声に応じるように廃塔の屋上にも人影が現れ、こちらに矢を射かけてくる。


「応戦しろ!」


塔を挟んで矢が飛び交い始める。
人数はこちらが優位だったが、運の悪いことに向こうには魔術師が居た。


「パン屋! 避けろ!」
アスヴァレンが叫ぶと同時に、胸壁の隙間から火球が飛び込んできた。反対側の壁に直撃し、大きな爆発を巻き起こす。よけ損ねたシルガンは失敗作のパンのように黒こげになると、口から煙を吐いて崩れ落ちた。


「シルガン!」


「やめろ!狙われる!」


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アスヴァレンは、パン屋を助けようとするイーリックを引きとめた。が、間に合わなかった。姿勢が高くなった瞬間を狙って、アイダの矢が彼を襲ったのだ。イーリックは肩に矢を受けて、駆け寄ることもできずに屋上で倒れ込んだ。


「生きてるか?!」


「すまん。だが浅い。まだやれる!」イーリックは答えて、肩の矢を抜こうとする。


「抜くな! 出血する」
イーリックに這い寄ったアスヴァレンは、顔をしかめて抗議する彼を無視して、刺さった矢の羽根部分を折り取った。短い柄と鏃が肩に残ったままの状態で、イーリックは痛みに耐えながら胸壁の影に身を隠した。


「じいさんが・・・」


「無理だ、あきらめろ」


バトルメイジと女戦士は即席の仲間だったが、戦い慣れていた。いくつもの町や村を襲撃してきたのだろう。最初に不意をつかれたが、彼らは短い時間で形勢をひっくり返しかけていた。


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「まずいな・・・」

アスヴァレンは、牽制の矢を何本か放つと、壁の影で身を低くして反撃の機会をうかがった。まともに動けるのは自分ひとりになっていた。


戦いは塔の下の桟橋周辺で、上から降り注ぐ矢と火球のなか繰り広げられていた。


ブラッキーは襲い来る爆炎から顔を守るように腕を上げると、横に飛び退った。一瞬のち、数歩横で地面が草ごと抉れてもぎ取られる。さっきまで自分が居た場所だ。魔術師が廃塔の屋上から火球を投げ込んでくるのだ。彼女は身構えて次に備えた。再び火球が飛来する。少し離れたところでエルヤーの兵士の一人が炎に包まれた。
鎧ごと焼かれた兵士が崩れ落ちると、その炎に照らされながら不気味な影が現れた。黒い覆面で頭全体を覆った、奴隷商人の戦士だ。炎に飲まれた兵士をまるでゴミでも穿きだすよう、手にした戦斧で脇にどけると、ゆっくりブラッキーに向かってくる。覆面は小柄な彼女を次の獲物に定めたようだ。ブラッキーは手にした斧を握りなおすと、自分より頭一つ大きい不気味な男と対峙した。


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「・・・貴様、見覚えがある。船で見かけた・・・」


「ふ~ん、しゃべれるんだ」
ブラッキーは冷静に相手を観察した。その声に恐れは微塵も混ざっていない。互いに初対面だったが、少女は相手に心当たりがあった。覆面の特徴を見て、確信したようにニヤリと笑う。


「マラキャスにかけて、こんなに早く機会が巡ってくるなんてね」


「・・・?」


「お前、兄貴の足を折ったやつだろ? ボクはツイてるや」


「・・・」


覆面男が身構えると同時にブラッキーが襲い掛かる。無造作な横殴りの斧。小柄な体のどこにそんな力があるのか、戦い慣れないものであれば一撃で首を落とされかねない威力であった。
ギィン! と金属音を立てて戦斧の柄で防いだ覆面男は、僅かに態勢を崩しただけで反撃に移る。重量のある刃を下から振り上げるようにしてブラッキーの顎を狙う。受ければ防具ごと腕や頭部を破壊されかねない。ブラッキーは身体をねじって躱すと次の一撃を繰り出す。覆面男はこれも受けきると、蹴りを出してブラッキーを突き放した。


「やるね・・・」


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ブラッキーは覆面男の正面で立ち上がると、振り下ろされた戦斧をかすめるように斜めにステップした。そのまま斧を振り下ろす。斧はわずかに届かず空を切った、彼女は倒れこみながら更に身体を半回転させて、2撃目を放った。   
彼女の苦し紛れの攻撃は不安定な姿勢で放たれたため、よけずとも当たるような距離ではなかった。そう相手は思ったに違いない。そこに油断が生じた。


覆面男は自分の左足首から生えている手斧を見下ろした・・・ように見えた。覆面のため表情までは読み取れない。


ブラッキーの2撃目は斬撃ではなく投擲であった。
まさか得物を手放すとは思っていなかった覆面男は、足をやられて膝をついた。
少女は素早く起き上がると男の足に刺さった斧を引っこ抜き、薪でも割るように振り下ろす。切断された足首が転がり落ちると、覆面男は獣のようなうめき声をあげた。


「マラキャスよ、いま復讐が成る。・・・っと、うわっ、重たいな、これ」


手斧の代わりに男の戦斧を取り上げると、彼女は斬るのではなく、潰すようにそれを叩きつけた。脚を失った男は逃れること叶わず、戦斧をまともに受けてしまう。
血しぶきと共に男の身体がはね・・・すぐに動かなくなった。ブラッキーは覆面を剥ぎ取ろうかと一瞬考えたが、伸ばしかけた手を引っ込めて、次の相手を探しに向かった。




・・・




塔の上ではイーリックが毒づいていた。

「くそっ、手が出せねぇ・・・あっちの塔をなんとかしないと」


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魔術師が女戦士と連携して、彼とアスヴァレンが陣取る塔、そして地面で戦う町の人を交互に爆撃しているのだ。
地上では、エルヤーの兵士がさらに一人犠牲となっていた。


「落ちぶれてもバトルメイジはバトルメイジか・・・」
胸壁越しに対岸を覗きながら、アスヴァレンも手を出しかねていた。


相手は短い間隔で制御された火球を、息切れすることもなく次々と連射してくる。訓練を積んだ者でなくてはできない芸当だ。

「メリスを連れてくるんだったな・・・」


桁違いの火炎呪文に魔法反射。今ここに居れば役に立つ呪文ばかりだ。・・・もっとも、平和に育った町娘が実戦に耐え得るかどうかは別問題だったが・・・。アスヴァレンは苦笑すると、脇の小物入れから錬金術で作成した薬を探し始めた。


「よし、これだ」


彼は手にしたビンを確認すると、イーリックの方に向いて怒鳴った。


「一瞬でいい、奴らの気を散らしてくれ!」


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「どうすればいい?」
イーリックが爆音に負けじと怒鳴り返す。


「俺の場所と入れ替わって、立ち上がって身を晒せ」そう言いながら自分はイーリックの今いる場所に這ってゆく。「向こうが反応したらすぐに下の階に逃げ込め。お前は負傷している。下りてそのまま町の教会まで行ってメリスたちの治療を受けろ」


「わ・・・わかった。が、あんた一人で大丈夫なのか?」


「俺より自分の心配をしたらどうだ? 囮はお前だ」


イーリックも錬金術師に倣い、背を低くして階段横まで這って行く。胸壁の影で2人の男は入れ替わり、準備は整った。アスヴァレンは取り出したビンを鏃に括り付けている。


「集中しろ、黒焦げになりたくなかったら、闇から飛んでくるものを見逃すな」


「ああ」


錬金術師が合図をすると、イーリックは塔の屋上で立ち上がった。地面を爆撃していた魔術師の手が一瞬止まる。女戦士も同じく彼に気が付いたようだ。矢が放たれ、一瞬遅れて火球が襲い掛かる。


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「行け!」
アスヴァレンが怒鳴ったのとイーリックが反応したのは同時だった。イーリックは飛び降りるように階段に突っ込み、塔の中層に転がり込む。一瞬前まで彼のいた場所は爆炎に包まれた。


一瞬の間・・・だがそれで十分だった。


対岸の廃塔屋上。女戦士アイダは爆炎の縁に人影を見た。敵の陣取る塔に、ローブに身を包んだ男がいる。目がいい彼女は、それがテルヴァンニのローブであることに気が付いた。こんなハイロックの外れに珍しい・・・そちらに気を取られて、何か山なりに飛来してくるのに気が付くのが遅れた。


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闇の中を飛んでくる矢・・・あの男が射ったものだろうか? 軌道は緩く、避けずともあたることはない。しかし、鏃に何か結わえてあるようだ。


カシャン・・・


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アスヴァレンの放った矢は廃塔の屋上に落ち、括り付けられていたビンは乾いた音を立てて割れる。
ビンから液体が流れ出し、一瞬遅れて、刺激臭のある白い煙が吹きあがった。発生した煙はまたたく間に塔の屋上を包み込む。


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「ウェッ、ゲホッ、・・・」
魔術師と女戦士は喉を押さえてもがき始めた。
塔の屋上は異臭が立ち込め、目を開けていられない。


たまらず目を閉じるアイダ。閉じた目から涙がとまらない。そして視界が闇に閉ざされた次の瞬間、骨に響く音を聞いた。


トンッ・・・


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アスヴァレンの放った矢が、自分の眉間に突き立ったことを理解できぬまま、女戦士は崩れ落ちた。


「くそっ、毒か!」


魔術師はフードを引っ張って口をふさぎながら、刺激臭から逃げようともがいた。階段で降りなければ・・・
白煙に霞む中、魔術師は足元に飛んできた矢が石の床に跳ね返るのを感じた。反射的に2,3歩後下がったが、最後の一歩は床をとらえることが出来なかった。塔を踏み外した彼は、宙に一歩を踏み出し、短い叫びを上げると転落していった。


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白煙が収まり、人気が消えて静かになった塔を眺めて、アスヴァレンは息を吐き出した。アイダと魔術師を排除した今、ならず者たちに飛び道具を操るものはもう残されていない。勝負の帰結は地上の戦いにゆだねられたのだ。




・・・




「うわ・・・なんかこれ、やべぇ感じだぞ・・・」
一味の最後尾からついてきたアーセランは、始まった乱戦を見て焦っていた。とっさに桟橋から離れた岩陰に身を隠したが、いつまでも隠れ続けられるわけではない。


「女を逃がしちまったから、奴らと一緒に逃げてもひどい目にあわされる。・・・と言ってこのままじゃ、町の連中に成敗されちまう・・・あああ、どうしたらいいんだオレは。考えろ、考えろ、オレ・・・」
小柄なボズマーは半ば絶望したように頭をかきむしってブツブツ独り言をつぶやき続けていた。


「ああ、どうしよう」
彼はいつの間にかビンを握りしめている自分に気が付いた。塔の地下室で拾ったリキュールを入れるようなビン。


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「なんだっけ、この酒。まあいい、まずは落ち着かねぇと・・・」
そうつぶやくと彼は深く考えずに、ビンの蓋を取り一口あおった。


「うぇっ、にげぇ・・・何だこの酒?!」


慌てていたためか、置かれた状況のためか、彼は飲んだのが酒だと思い込んでいた。思わずビンを落とすと、派手な音を立てて砕け散った。それに気づいて、向こうの兵士の一人が振り返る。アーセランは兵士と目が合ってしまった。


「やべぇ!」


彼は大慌てで下がろうとしたが、岩肌に阻まれてできなかった。抜き身の剣を手にした兵士が近づいてくる。


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彼は観念して目を閉じた。


「・・・」


「あれっ?」
死を覚悟したアーセランだったが、何も起きないのを見ると、恐る恐る顔を上げた。
兵士はすぐ横に立っている・・・が、きょろきょろしている。彼を見失ってしまったのだ。


「おかしいな、確かに一人いたんだが・・・」
しばらく見回して何も見つけられないことが分かると、兵士はひとりごとのように漏らした。
もう一度岩陰を一瞥して、何もないことを確認すると、乱戦の方に戻っていった。


自分の身体が透明になっていることに気が付くまで、しばし時間がかかった。その間、アーセランは岩陰で固まっていたのだった。




・・・




港の戦いは思いのほか血生臭い展開を見せていた。
魔術師による援護を失ったならず者たちは、次第に圧されはじめた。骨削鎧の男はエドウィンに、カジートはエルヤーの兵士に倒され死体を晒している。こちらも衛兵ウラナックが腹を裂かれ、瀕死の状態に陥っていた。


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奴隷商人の頭であるユディトはエルヤー隊長と切り結んでいた。彼は横で戦う碧水晶鎧のレッドガードを見て叫ぶ。
「なぜ奴らは来ない? 合流するはずだろ!」


「俺に言われたって、お頭!」


レッドガードはブラッキーの斧を受け流しながら叫び返した。
ユディトの焦りを感じ取ったエルヤー隊長は、もう一押し、言葉での攻撃も加えることにした。


「奴ら? 加勢でも当てにしているのか?」エルヤーは薄く笑った。「農場で何人か見かけたな」


「貴様、なぜそれを!」
ユディトの目に動揺が走るのをエルヤーは見逃さなかった。剣を重ねながら、さらに追い打ちをかける。


「さぁ? 裏切り者がいるかもしれぬと・・・考えたことはないか?」


「何?!」


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ユディトは明らかに動揺を示し剣先が揺らいだ。

エルヤーはその隙を逃さずに、冷静に相手の剣を跳ね上げ、一気に切っ先を胸にうずめた。


「嘘だよ、すまんな・・・偵察しただけだ」


彼女は加勢しようと横のブラッキーを見たが、一目見て強敵ではないと分かる。こちらは放っておいても大丈夫そうだ。


「その鎧、貴重だから、傷つけたくないんだけどなぁ・・・」


「ぬかせ!」


「まあ、壊れちゃったらその時か・・・」
ブラッキーは相手の鎧のことの方を気にしていた。自分の物になった後の心配だ。程なく、ブラッキーは碧水晶鎧のレッドガードを血の海に沈め周りを見回した。


エドウィンが向き合っているダンマーが厄介そうだ。エルヤーも同じことを考えているようだ。2人はそちらに加勢することにした。


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「くそっ、なんだこの成り行きは・・・全然歓迎できねぇ、できねぇ!」


ゴームは不満と怒りをぶちまけながら、エドウィンと船員を相手取って剣をふるっていた。禍々しい曲刀と、荒っぽいが独特な型で2人を寄せ付けない。ブラッキーとエルヤーが加勢に駆け付けたのは、船員が剣を突きこまれて崩れたところだった。


「アーセランの野郎・・・女を逃がしやがって・・・海に出たら殺してやる・・・」
ゴームは独り言のように呟きながら、エドウィンに剣を突きだす。ブラッキーが割って入ってそれをはじくと、逆にゴームの足払いでバランスを崩された。エルヤーがすかさずフォローに入り、ブラッキーが立て直す時間を作る。


「なんだこいつ。手ごわいぞ!」


驚くべきことに、ゴームは3人相手に対等に渡り合っていた。
塔の上から窺っていたアスヴァレンは、その様子を見て眉をしかめると,

矢をつがえた。


「あいつ・・・モラグ・トングか?」
つぶやくと、乱舞を舞うような3対1の戦いに狙いを定める。


モラグ・トングはシロディールの闇の一党、ブラックマーシュのシャドウスケールと並んで恐れられるモロウィンドの職業的暗殺者で、構成員は一人一人が戦闘のプロフェッショナルだという。レッドマウンテンの噴火によってギルドが壊滅した後、散り散りになったというから、流れ着いた残党の一人なのかも知れない。


エルヤーの攻撃をさばいたゴームに襲い掛かろうと、再度ブラッキーは前に出た。そのとき、彼女はアスヴァレンからの声が頭上から降ってくるのを聞いた。


「下がれブラッキー!」


とっさに応じて身を引いた彼女の横を、鋭い音を立てて矢が通り過ぎる。心臓を狙った一撃だったが、ダンマーの暗殺者は気配を感じとり、とっさに手を上げて身を守ろうとした。


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ドシュッ、という音とともに血が飛び散り、ゴームはよろめいた。ノルドの力で放たれたアスヴァレンの矢は、彼の左下腕に深く突き刺さっていた。


「くそっ、急所を外したか・・・」


好機とみてエドウィンがすかさずメイスの一撃を放つ。しかしゴームはそれを難なく払いのけると身をひるがえした。2,3歩助走をつけて桟橋から海に飛び込む。形勢不利と悟ってから逃走に移るまでが鮮やか過ぎて、囲む3人はあっけに取られたまま手を出すことができなかった。


ゴームの逃走をもって、港の戦いは終結することになった。
殲滅戦となるはずの戦いだったが、受けた痛手も大きかった。エルヤー隊は兵士の2名を失い、市民のシルガン、エリクールの船員も犠牲となっていた。イーリックは肩に矢を受け、そして腹を裂かれた衛兵ウラナックが瀕死の重傷だった。他のものも、致命傷ではないが傷や打ち身だらけだ。ブラッキーも例外ではない。塔から降りてきて皆に合流したアスヴァレンだけが無傷であったが、その彼も爆風で煤だらけになっていた。


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「おお、錬金術師どの。魔術師を倒してもらえて助かったよ」
エドウィンは禿げた頭を撫でると、松明に照らされるあたりの惨状を見渡した。


「・・・しかし、ステンダールにかけて、これから教会が大忙しじゃのう・・・」


生き残りの兵士たちに休みはなかった。近くに散らばっている死体を一カ所に集めているのだ。それが敵であったとはいえ、教会で処置をして埋葬しないと、ゾンビなどが発生する恐れがある。
死体を数えてエルヤーが残念そうに言った。


「3人足らんな。こちらは4人も犠牲を出したのに・・・」

船を奪われることはもうないだろうが、ここで片づけてしまえなかったことを彼女は悔やんでいた。


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「後で確認するとして・・・塔の射手と魔術師も含めて、ここで倒したのが8名。農場で3名。仲間割れか知らんがメリスの小屋の近くで死んでいたのが1名」


「逃げたのは、ボスマーと、ノルド・・・それに、一番厄介なあのダンマーか」


ブラッキーは戦いを思い出し、横に立つアスヴァレンに率直な感想を述べた。
「あいつ思ったよりも手ごわかったね。あんちゃんが居なかったら、もう何人かやられてたかも」


「いや、お前たちはよくやった方だ。ゴームと言ったか? やつは職業的暗殺者だ。あれはどうやらモラグ・トング崩れのようだぞ」彼は、逆に犠牲がこれだけで済んだと考えていた。


「へぇ・・・、じゃあ、なおさら逃がしちゃいけない奴だったんじゃ・・・」
ブラッキーは残念そうに地面の土を蹴ったが、アスヴァレンのほうは不思議なことに、それほど心配していないように見える。彼女は首を傾げた。


「どうしたの? あまり残念そうじゃないね?」


「まあ、矢には毒が仕込んであるからな。そう長くは持つまい」


「うえっ、ホント? えげつないね・・・」


アスヴァレンは不思議そうな顔でブラッキーを見た。驚いている・・・何がおかしいのかといった顔だ。
「武器には普通、毒を塗るものだろう?」


「う~ん・・・、あんちゃんは特殊なんだと思うよ。奪われたら文字通り、諸刃の剣だからね」


「ふむ・・・」


聴いていたエドウィンは髭をしごいて、錬金術師に尋ねた。
「その毒というのは、強いのか?」


「解毒しなければ1時間と言ったところだろう。オレが独自に調合したものだ」


「ならば・・・あのダンマーには不幸じゃが、ワシらには安心材料じゃな」


「もはや脅威にはなるまい」


ブラッキーは会話を始めた2人の脇で、積み上げられたならず者の死体を物色し始めた。自分の倒した碧水晶の装備を見て目を輝かし、次に骨削鎧のひしゃげた兜を見て、興味津々だ。


「マラキャスにかけて。おっちゃん、よくこんな硬い鎧の敵をやっつけたもんだね~」


「ワシの武器は剣ではないからな。鎧が固い奴ほど、衝撃には弱いもんじゃよ」
エドウィンはブラッキーに見えるように、腰に吊ったメイスを手に取って見せた。


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「ふ~ん・・・ボクもそういう武器、使えるようになっておいたほうがいいかな? 斧とか短剣が好きなんだけど」


「今度ウンガーに手ごろなのを一つ、作ってもらうといい」


そろそろ夜明けが近い。東の空が橙色に染まり始めている。港に残った人々は松明を消すと、ようやく訪れた朝にホッと胸をなでおろした。普段なら静まり返っているはずのこの時間。だが今日は特別だった。町は眠らずに慌ただしく動いている。エドウィン達待ち伏せ部隊は、エルヤーたちを残して、いったん戻ることにした。


「おーい。わーしーも加わるぞー」


間延びした声が聞こえて一同が目を凝らす。町の方から老人が一人やってくる。引退した先代の補佐役、ゴンディリックだ。


「じいさん、大丈夫。あんたは戻っていてくれ」
エドウィンは押しとどめると、困ったような顔をした。ゴンディリックは有能な補佐役で、戦いも強かったがそれは過去のこと。最近では少し耄碌が進んでいた。


「わーしゃだってー、たたかえーるー」


「もう終わったよ。ほら、戻ろう」


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「なにーを~・・・」言いかけて、ゴンディリックの目に死者の山が飛び込んできた。「ヒィィ!」
腰を抜かしたように、エドウィンに支えられる。


「言わんこっちゃない・・・、しかし・・・冗談抜きで朝までには片付けないとな」
彼は戦いに参加した者たちを見回した。殆どのものが血と埃にまみれている。


「・・・わし等の姿のほうも、町のものには刺激が強すぎる」
言いながらも彼は、ゴンディリックの間延びした声のおかげで、ようやく戦闘の緊張感から解放されたことを実感していた。


町の門まで戻ると、教会の方からイーリックが走ってくる。肩の矢はもう抜いたのか、包帯を巻いていた。


「エドウィンさん!」


「イーリック。お前さん大丈夫か? 矢傷を受けたんだって?」


「俺は大したことありません。・・・で、終わったんですかい?」


「ああ、かなり被害を出してしまった。手当てが必要なものが多い」
エドウィンは軽くイーリックをねぎらうと、町の方に目を移す。


「今日は忙しくなるぞ。町の方は異常ないな?」


「それがね・・・メリスが教会に居ないんですよ」


イーリックの一言で、一同に衝撃が走った。


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「え?! ねえちゃんが・・・」


イェアメリスの姿は、町から消えていた。




・・・




戦いのさなか、エミーとウサギの”ぷぅ”は背後から廃塔に接近していた。

港の方が騒がしい。金属同士がぶつかり合う音が遠くに聞こえ、松明らしき光もしきりと動いている。少女には分からなかったが、戦いが行われている光だった。


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朽ちた塔の入口はもうすぐそこだ。
”ぷぅ”は丘を駆け下りると、まるでエミーがちゃんとついてきているかを確認するように立ち止まった。そして廃塔の中に駆け込んでゆく。少女も追い駆けて入っていった。


「早いとこかたづけちまうよ!」
入り口をくぐったとたん不意に女の声が降ってきて、エミーは飛び上がった。きょろきょろ見回すが、周りに人影はない。どうやら上からのようだ。塔の屋上に誰かいるのだった。


鈍い爆発音が遠くから響いてくる。階段の降り口で耳を広げて様子を伺う”ぷぅ”を見ながら、エミーはしばし固まった。


塔の入口は中2階にある。基礎はもっと低いところまで潜っており、らせん階段が上と下の両方に向かって伸びていた。”ぷぅ”はまるで自分の行き先を知っているかのように、階段を駆け下りていく。エミーはおっかなびっくり、その後に着いていった。剥がれた内壁の破片や、顔を出している雑草を踏みつけながら階段を下りると、すぐに行き止まりに突き当たる。もっと下があったのだろうが、長い年月の間に土砂に埋もれていてこれ以上進めない。地面には荷袋や樽、木箱、折れた剣や食べかすなど、さまざまなものが散乱していた。


エミーと一匹は、船の襲撃に出ていった奴隷商人たちと入れ違いで、その隠れ家に踏み込んだのだった。


「ぷうちゃん。行き止まりだよ?」


エミーは地階に降りると、ゆっくり”ぷぅ”に近づいた。また逃げ出してしまうかもしれない。少女は慎重に手を伸ばすと、”ぷぅ”の頭にのせた。
ウサギは今度は逃げずに、素直にエミーに頭をなでられた。


「ぷぅ」


鼻を鳴らすと口に咥えたペンダントをようやく離す。コトン、と小さな音を立てて、それは地面に落ちた。


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「返してくれるの・・・あれ?」


エミーは”ぷぅ”の離したペンダントを拾おうとして、地面に落し蓋があるのに気がついた。少女は宝物を取り返して首にかけると、少し怖がりながらウサギを見る。


「悪いことしたとき入れられちゃうお部屋、かな?」
アガルドの小屋にも同じような、地下室につながる落し蓋がある。エミーは悪さをして母親に閉じ込められたことを思い出したのだ。


「ぷ~ぅ」


ウサギは再度鼻を鳴らすと、蓋の上からどいて、催促するようにエミーを鼻で突っついた。蓋は頻繁に開け閉めされたかのような擦れた跡があった。


「なに? ぷうちゃん、え? 開けるの?」


「ぷ」


ウサギが喋れるわけではないが、少女は何か促されているように感じて、蓋についた金属の取手を引っ張った。蓋は少しきしんだ後、ガタンと音を立てて開く。エミーはおっかなびっくり中を覗き込んだ。


「わぁ!」


蓋に頭を突っ込んだ少女は、逆さまの視点で部屋を見まわして興奮した声を上げた。壁際に宝箱が置いてあり、反対側には調理なべが湯気を立てている。地上と同じく散らかっており、まだ使える剣や盾などが散乱していた。この地下室も、ほんのついさっきまで人がいた感じだ。


先ほどまでの怖れもどこかに吹き飛んでしまったかのように、少女は好奇心いっぱいで穴から飛び降りた。華麗に着地を決めると、何か面白いものがないかと物色に取り掛かる。男の子なら目を輝かせたかもしれないが、剣や盾は少女に無視された。逆に、宝箱の中に持ち去り忘れた金貨を2,3枚見つけ、エミーはポケットに仕舞い込んだ。そしてすぐに、部屋の中でひときわ異彩を放つ転移門を見つける。


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「すごい、光るかべ!」


エミーは吸い寄せられるように壁に近づいていった。壁に半ば埋まる宝珠のような光の球があり、光の筋がそこから放射状に伸びている。明滅するそれに心を奪われ、エミーは目を離すことができなくなった。


子供ならではの無鉄砲さからか、光を手に掴もうと腕を伸ばす。もちろん光を掴める訳もなく、彼女はその先の壁に手を突こうとした。・・・が、当然あるはずの壁の感触がなかった。少女はバランスを崩しかける。


「あ、あわ、あわわわ・・・っと」


首にかけた鉱石のペンダントが、うっすらと光を放つと、エミーは何が起こったかわからないまま、光の壁をすり抜けてしまった。




・・・




ゴウンゴウン・・・


狐に包まれたようにきょとんとして、周りの光に目を慣らそうと、瞬きを何度か繰り返す。湿っぽい空気が部屋に漂っている。光をすり抜けて、エミーは小さな洞窟のこぶのような部屋にたどり着いた。地下だというのに色とりどりの光が壁を照らして、しかもそれがめまぐるしく動いている。
部屋の反対側、壁際の地面から不思議な装置が生えている。台座らしきものの上に半透明のドームがかぶさり、その中を光が明滅しながら回っていた。


ゴウンゴウン・・・


装置の立てる機械音を気にすることもなく、早速少女は探検をはじめようと一歩踏み出す。そして足先にむにゃっと、何かぶつかるのを感じた。よく見るとそこに人が倒れている。


(わるいことして閉じ込められた人かな? 怖い人だったらどうしよう・・・? )


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手足を縛られ、猿轡をはめられているようだ。耳が出ているから、エルフみたい。そこまで理解したとき、エミーはその人物に見覚えがあるような気がして、恐る恐る呼びかけた。


「・・・おねえ・・・ちゃん?」


少女はしゃがみこむと、うつぶせに倒れたエルフの顔を覗き込む。やっぱり! 昨日の朝、一緒に遊んでくれた姉、イェアメリスだった。しかし返事がない。気を失っているようだ・・・


「おねえちゃん! だいじょうぶ?」


(どうしちゃったんだろう・・・?)

   
少女は不安を感じながら、小さな手でイェアメリスの猿轡を解くと、再度ゆすってみた。


「んん・・・」


少し反応がある。エミーは更に強く揺さぶる。


「おねえちゃん! ねぇ!」


イェアメリスがゆっくりと目をあけるのを見て、エミーは安どの表情を浮かべた。


「あ・・・あ・・・、」


まだしっかりと喋ることができない姉を横向きにさせると、エミーは彼女の戒めをほどき始めた。革のロープはなかなか手ごわかったが、最後はかぶりつくようにして引きちぎった。続いて、脚の戒めも解く。


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「あ・・・エミー・・・?」


イェアメリスは力を振り絞るように、自由になった手を弱々しく差し伸べた。エミーのほほをなでる。


「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
エミーはイェアメリスの目に意識の光が灯るのを見て、ようやく安心したように微笑んだ。




・・・




ゴウンゴウン・・・


意識を奈落に引きずり込もうとする音と戦いながら、イェアメリスは頭を振った。何故ここにいるのか分からないが、農園の小さな救世主が彼女を覗き込んでいる。
意識が戻ると、彼女は目をしかめた。あまりにも長くこの部屋に居すぎたのかもしれない。再びひどい頭痛が戻ってきて思考を妨げる。


ゴウンゴウン・・・


手首足首もひどく痛むのを感じ、彼女は何があったかようやく思い出した。自分の小屋に侵入してきたならず者たちによって拉致され、縛られて塔まで連れてこられた。隙を突いて必死に逃げたが、この部屋で力尽きて気を失ってしまったのだ。


エミーのほうはイェアメリスが目を覚まして安心したのか、洞窟の小部屋をきょろきょろ見回している。手前の部屋で光る壁が目に入ったように、こちらの部屋では当然のように装置が存在を主張している。エミーは子供らしい無防備さで、そちらに近づいていった。


「あ、あっ・・・」


警告を出そうとして、あごが痛みで悲鳴を上げた。喉もカラカラだ。イェアメリスは脇に転がる猿轡を見つけて、たった今までそれを咬まされていたことを思い出した。
エミーは理解を超えた光景を目の当たりにして、固まっていた。光を発する装置に目を奪われているのだ。装置の上半分を占めるドームの中に目を凝らすと、その中には謎の石が存在を主張するように、鎮座していた。


少女は胸にかけたペンダントを手に取ると、ドームの中の石と見比べる。謎の鉱石・・・イェアメリスがペンダントに加工してプレゼントしてくれたものと同じ石が、装置の中に納まっているのだ。


ゴウンゴウン・・・


装置は規則正しい律動音を発している。


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(だめ! 危ないわ!)


呼びかけようとして声が出ず、止めようとして身体も動かず、彼女は少女が装置に手を突っ込むのを見守ることしか出来なかった。
装置は一瞬、拒むように光を揺らがせたが、それ以上特になにごとも起きず、少女の手の侵入を許す。
無造作に手を突っ込んだエミーは、装置にはめ込まれた大きな鉱石を掴み、ドームの中から取り出して掲げた。大きさは違うが、胸に下げているイェアメリス製のペンダントと同じだ。


「おっきい石!」


呆気にとられてその光景を見守るなか、少女は満面の笑みで石をイェアメリスに見せに来た。


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「おねえちゃんの家にあったのとおんなじだね!」


ゴウンゴウン・・・ゴウン、ゴ・・・


イェアメリスは装置の律動音が不規則になるのを感じた。速度が徐々に遅くなっている。思考を悩ます律動にしばらく耐えていると、やがて装置からは音と光が失われた。・・・停止したのだ。
その途端、イェアメリスは乗せられた重石がのけられたかのように、急に体が軽くなるのを感じた。まだ少し頭がぼぅっとしているが、あれほど悩まされた頭痛まできれいさっぱり消えていた。


「エミー! あなた、なんともないの?!」


今度は声が出た。疲労は残っていたが、律動音に晒されていた時とは大違いだ。体も少しは動く。彼女は心配になってエミーを抱き寄せると、あちこちを触った。


「くすぐったいよぉ・・・」


エミーは無邪気に彼女の手をすり抜けると、見返してきた。

「えあめりすおねぇちゃん、だいじょうぶ?」


「え、ええ。エミー・・・なんであなたが?」


「ぷうちゃんと来たの」


「え? ぷぅちゃん?」


「うさぎさん!」


イェアメリスはきょろきょろと周りを見回した。しかし”ぷぅ”らしき姿は見られない。
力が吸い取られるのが止まったからだろうか? 彼女は体力が少しずつ回復してくるのを感じ、両足に力をこめるとゆっくり立ち上がる。軽くよろめいて壁に手をついたが、慣れれば大丈夫だろう。イェアメリスは光を失った装置を見て、そして後ろを振り返り、2つ並んで転移門が口をあけているのを確認した。


「あなた・・・どうやってここに・・・」


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「こっちの穴から!」
エミーは入ってきた右側の転移門を指差した。


「外には怖い人たちがいるのに・・・」


「だれもいないよ?」


左側の転移門は水没した地下室に。そして右側の門は港の廃塔の地下室につながっている。エミーがやってきたのはイェアメリスが逃れてきたのと同じ右側の門だ。何かあったのだろう? そもそも、今は何時? どれだけ時間が経ったか、彼女には確かめる術がなかった。姉が怪訝そうな顔をしているのを見て、エミーは説明を始めた。


「えっとね、夜にお祭りがあって、火がぶわぁ~ってついて、それでぷうちゃんが来てね・・・」


「ちょっ、・・・ちょっと待って、エミー」彼女は途中でさえぎると、右の転移門を指差した。「こっち、お部屋から来たのよね? 間違いない?」


「うん、そうだよ」


「外には誰もいないの?」


「だーれも・・・あ、ぷうちゃんはいるよ」


イェアメリスはもう一度だけ自分の身体の調子を測った。大丈夫、何とか動くことは出来る。どれだけ気を失っていたかは分からないが、町の様子が気になる。ならず者たちは船を襲撃するはずだ。いつまでもこうしているわけにはいかなかった。


「エミー、ここには居られないわ。行きましょ」


「ねぇ、こっちの先はどうなってるのかな?」
小さな少女にも、光の壁が門の役割を果たしていることは理解できるらしい。好奇心を含んだ目で左側の転移門を指差した。


「こっちはダメよ。海に出ちゃうから、おぼれちゃうわ」


「お姉ちゃん知ってるの? え~? 行ってみたい~」


「だ~め」


「あ、じゃあ、じゃあ、これ持って行っていいよね? おっきな石!」
装置から取り出した謎の鉱石をもって行こうとする少女をイェアメリスはやさしく叱った。


「それもだ~め、捨てなさい。代わりにペンダントあげたでしょ。さ、行きましょ!」
イェアメリスは名残惜しそうな少女を促して手を取ると、右側の転移門から地下室に踏み出したのだった。




・・・




転移門の先の地下室から脱出すると、夜の空気が肌に感じられた。
イェアメリスはエミーが落とし蓋を上ってくるのを手助けすると、自分たちのいる塔の最下層を見回した。地面に散乱する木箱や樽・・・数時間前に彼女は、この場で奴隷商人たちの晒しものにされていた。そしていま自由になって同じ場に戻ってきている。・・・しかしゆっくりと感慨に浸る時間は彼女には与えられなかった。耳の先がピリピリして全身に緊張が走る。風に乗って、悲鳴が聞こえたのだ。


「ああ、なんてこと! すぐに逃げなきゃ!」


遠く聞こえる爆音、そして剣戟・・・周りに人影は居ないが、少し先の港の方では船への襲撃が始まっているのだ。


装置に長いことさらされていたため体力は消耗しきっており、身体は悲鳴を上げていたが、そんなこといっていられる場合ではなかった。地上階に戻ってくるとイェアメリスは、地面に散乱しているガラクタの中から、唯一使えそうな剣を引っ張り出してその身に帯びた。剣なんてまともに振ったこともなかったが、エミーを戦いに巻き込むわけにはいかない。万が一の時に守ってやれるのは自分しかいないのだ。彼女は塔の出口から顔だけ出して、用心深く辺りを見回した。


「エミー、行くわよ。危ないから、お姉ちゃんについてきて・・・」


戦いの起きている港からなるべく遠ざかるため、廃塔の裏手からモックに向かうことにする。しかし丘を登ろうと一歩を踏み出した矢先、いきなり予想外のことが起こった。頭上に叫び声が聞こえたのだ。


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「きゃっ!」


鈍い音を立てて上から何かが落ちてきて、彼女は思わず悲鳴をあげてしまった。


・・・落ちてきたのは人間だった。


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塔の基礎部の石畳に叩きつけられるとバウンドし、奇妙な角度に捻じ曲がって地面にへばりついた。


「ひっ・・・」


イェアメリスは、塔から転落してきたのが何者か確かめようとして、その身体がぴくっと動くのを見て再び悲鳴を上げた。ローブを纏った男が、うめきながら身を起こそうともがいている。


「くそっ・・・あのダンマーめ・・・」


全身打撲で背骨も明らかにおかしな向きに曲がっている。男はそれでも顔を上げて起き上がろうとしていた。イェアメリスは咄嗟に手を差し出そうとしたが、一歩踏み出しかけたところでハッと気づき、逆に一歩後退った。


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「まさかあなた!」


落下してきた男は、魔術師だった。ならず者の一味に扮している、素性を隠したサルモールだ。


「お前は・・・!」苦しげな魔術師の顔が、イェアメリスの姿を認めて驚きの表情に変わる。「どうやって逃げ・・・た」言い終わると。口の端から血の泡が吹き上がる。


「ごぼっ・・・、それより・・・治療せね・・・ば。・・・、・・・くそっ、毒か!」


魔術で身体を活性化させ、治癒力を高める呪文がある。サルモールは半身を起こすと、それを行おうとしていた。その懐から、小さな瓶が転がり落ちる。厚手の硝子で作られた小瓶・・・イェアメリスの小屋から奪った、謎の薬だ。


「ん?」サルモールは落とした瓶を拾おうと、手を伸ばした。ビンを拾うと懐にしまう。しかしその手が止まった。彼はいぶかしげな顔をして、ローブの中をまさぐると、中の隠しからもうひとつ別のビンを取り出した。このビン・・・イェアメリスには見覚えがあった。


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細首の壷に似た・・・イェアメリスが、難破船のラーリン指揮官から託されたのと同じ形をしたビン。小屋で囚われたときに見せられたから覚えている。・・・このサルモールが元から所持していた分だった。


取り出したビンが割れているのに気づくと、魔術師の顔が見る見る青くなった。


「しまった! ビンが! 規定量を超えてし・・・! ・・・うわつ、・・・ギャァ!」


後ずさるイェアメリスたちの前で、サルモールの身体から煙が噴出した。転落の衝撃でビンが割れ、中身を浴びてしまったらしい。
悲鳴を上げるサルモールの声はやがて音を為さない叫びに変わり、皮膚の表面が白くカサカサにひび割れていく。高熱を発しているのか、ローブが着火してボロボロに崩れ・・・次第に人間の面影が失われていった。


茫然と見守る2人の前で、煙の中からゆっくりと白い化け物が立ち上がった。


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(ひっ!・・・)


3度目の悲鳴を上ずに済んだのは、表現しようのない光景を前にして口をパクパクさせることしかできなかったからだ。イェアメリスは尻餅をつきそうになり、自分にしがみついていたエミーにぶつかって支えられた。


ローブ姿の男であったモノ・・・は、2人に手を伸ばそうとした。戦場跡に出没するといわれているゾンビのような、意思に身体がついてこないような緩慢な動作で寄ってこようとする。よく見るとその身体は崩壊しかかっており、煙をまとっているように見えたのは剥がれ落ちる灰だった。
何かを訴えかけるようにもう一歩進んだとき、男の片足が崩れ落ちた。モワッと灰が舞い上がる。膝を突くと反対の脚も折れ、そのまま体重に負けるように上半身まで順に、サルモールだった「モノ」は、灰を撒き散らしながら崩れていった。
イェアメリスとエミーは奇妙すぎる出来事と恐怖に固まって、しばらく動くことができなかった。その呪縛を破ったのはようやく上げたエミーの声だった。


「灰色のお化け、崩れちゃった?」


呆然とする2人の前に、灰の山が残された。


「ええ・・・いったいこれは・・・」
説明を求められても、何が起こったか分からない。小さな連れに質問してくれるな、という素振りを見せて、彼女は灰の山を観察した。


(あら・・・?!)


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灰の中に、彼女の小瓶が残されていた。頑丈なビンなので、サルモールの手荒な扱いにも耐えて無事だったのだ。イェアメリスは慎重に手を伸ばすと、灰を避けるようにそっとビンを回収した。星の光を反射してきらめくビンを改めて眺める。エミーが横から興味深げに覗き込むのに気が付くと、彼女はあわてて薬を隠した。
サルモールが浴びたものと同じ薬だとしたら、非常に危険なものと言うことになる・・・彼女はビンを、布に包んで厳重にしまいこんだ。


「ここにいちゃいけないわ」


星の位置から、夜中をとうに過ぎた時間だということが読み取れる。戦いの音はまだ止まない。他に何かないかと、きょろきょろしている少女をイェアメリスはせかした。


「・・・あれ? ぷぅちゃん、どこに行ったんだろ・・・」

少女を廃塔に誘ったウサギは、いつのまにか姿を消していた。


「きっと大丈夫よ、あの仔は森がおうちみたいなものだから」


「うん!」エミーは元気よく返事すると、ちょっと考えるような素振りで言った。「ぷうちゃん、きっとおねえちゃんを助けたくてここにきたんだね」


イェアメリスはハッとした。


(これは本当に偶然・・・?)


彼女は、不思議な因果の連鎖によって自分を助けることになったエミーの顔を見つめた。その首にかかる謎の石のペンダント。そして再び自分の手に戻ってきたこの不思議な薬に思いを馳せる。


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「おねえちゃん、どうしたの?」


「い、いえ・・・なんでもないわ。行きましょ」


剣戟の音はまだ聞こえる。足止めを食ってしまった、早くここを離れたほうがいい。


(運がなかったのは、あなたの方だったわね・・・)


イェアメリスはサルモールだった灰の山を一瞥すると、エミーと共にモックを目指して廃塔を後にした。




・・・




イェアメリスとエミーはモック周辺の森の中を彷徨っていた。昼間であれば、町の家の焚く煙や森の木の落とす影の向きでだいたいの位置が分かるのだが、夜明けまではまだ少しある。明かりのないこの時間、イェアメリスは自身の感覚に従って、街道の方角に向かって歩いていた。彼女は先を歩きながら、後ろからちょこちょこ着いてくる少女を気遣って聞く。


「エミーは怖くないの?」


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「だいじょうぶ。おねえちゃんのくれたお守りがあるから」

そう言って微笑むと、エミーは懐からペンダントを取り出した。イェアメリスは自分の作ったそのペンダントを見て、複雑な思いにかられた。


この鉱石には何かある・・・ぷぅの行動、そしてエミーの好奇心が重なって、囚われの危機から救われたのは確かだが、不可解なことが多すぎる。この島の地下も分からないことがまだ多い。転移門は他にも何箇所かある。
エミーは好奇心旺盛で、多少思慮に欠けるところがある。少女が無邪気にそれらの危険に突っ込んでいってしまわないともいえない。・・・ペンダントを持たせておくのは危険だとイェアメリスは判断した。


「あ、エミー、そのペンダント、お姉ちゃんにちょっと返して」


「え~、どうして? やだ~」


イェアメリスはなだめるように説得を続けた。
「また新しいの作ってあげるから、ね」


「え~、ほんと? 約束してくれる?」


「うん、約束する。もっといいやつあげるから。だから渡して」


エミーはまだ疑わしそうな目をしていたが、ペンダントをはずすとイェアメリスに返した。
そんなやり取りの後、暗い森の中をしばらく2人は歩き続けた。


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「お日様が見えてくるわ」


木々の間を突き刺すように、東の空から太陽が姿をのぞかせた。


「ふぅ・・・ここまで来れば大丈夫ね」


「もうちょっと?」


「ええ、おうちに帰らないとね」


2人は、夜通し歩き続けて、モック村の脇を経由して街道に戻ってきていた。彼女は小さな連れの様子を確認するために立ち止まったが、大丈夫そう。エミーはまだ元気いっぱいだった。
それに対して、彼女のほうは限界に近かった。1日何も食べていない上に眠ってもいない。徹夜ぐらいどうと言うことのない若さだったが、今の彼女は囚われ逃げ出して体力も消耗しきっていた。一息ついて座り込みでもしたら眠ってしまいそうだ。それが分かっているからこそ、ここで休んではいけない。そう自分に言い聞かせながら、歩いていた。


「ああ・・・あたしひどい顔ね」


路の横に湧き出している泉の水面に顔を映して、彼女はため息をついた。少しでも眠気を吹き飛ばそうと、顔を洗うためにしゃがみこむ。地下室や洞窟で転がされていたため、半日でずいぶんと汚れてしまった。


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顔を洗ってさっぱりさせると、彼女はエミーに笑いかけた。


「おねえちゃん、しんぱい?」

イェアメリスの笑いに含まれるわずかな不安を感じ取って、エミーは姉にたずねた。


「え、ええ・・・」


港の戦いがどうなったのか気になる。船は守れたのかしら? アスヴァレンは? ブラッキーは無事?
自分の安全が確保されると、疲れと同時に心配事が次々と頭の中に浮かんできた。


「きっとみんなも心配してるわ。急いで帰らないと・・・近道しましょ」


そういうと、彼女はエミーを連れて街道を逸れ、キルクモアの町に向かって直線的に森の中を進んでいった。今日は霧も晴れている。これからはどんどん明るくなるだろう。もう迷う心配はない。


「あれ? おねえちゃん、あそこ、なんだろ?」


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町の壁がはるか先に見始めたころ、エミーが行く手に何かを見つけて声を上げた。地面から控えめな煙が昇っている。野営のようだ。


「イゼリックさん? それともメグワルドさんかしら?」
キルクモアの森で暮らす人々の顔を思い浮かべると、彼女は歩調を速めた。


疲れで正常な判断力を欠いていたとはいえ、彼女はこのときの行動を後々まで忘れることが出来なかった。野営地に踏み込んで、何かしっくりこないものを感じた。・・・イゼリックもメグワルドも森の中での暮らしに慣れている。必要以上に散らかさないし、なんというかこう、手際がいい。しかしどうもこの野営は素人っぽいのだ。


(誰もいないのかしら?・・・)


そう思って焚かれた火に近づこうとしたとき、木の影から男が現れた。


「だれ~だ~?」


間延びしたような声。上半身裸で頭の禿げ上がったノルド・・・奴隷商人の中にいたならず者だ!


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(どうしてここに?!)
イェアメリスは背筋を冷たいものが滑り降りるのを感じた。エミーが続いて野営地に踏み込んできた。


(あたしのバカ!! なんでエミーを止めなかったの?!)


嫌な予感がして横を見ると、もう1人の男が姿を現した。最悪だ・・・男は奴隷商人のダンマーだった。
彼は緩慢な動きで、下草を踏みつけながら近づいてくる。


「おねえちゃん!」


「だめっ!」


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怖がるエミーを制するように鋭い声を上げると、イェアメリスはダンマーをにらみつけた。しかし、どうも様子がおかしい。・・・ゴームの顔色は悪く、どす黒かった。もっとも顔色のいいダンマーなぞ居ないが、それでも明らかに普通の顔色ではない。さらに・・・イェアメリスは、ゴームの左腕の肘から先がないことに気がついた。


ゴームはぶつぶつと、聞こえる程の声でおかしなうわごとのようなことを口走っている。イェアメリスは錬金術の知識から、それが毒に侵された者の症状であることを見て取った。彼女は知らなかったが、ゴームはアスヴァレンにやられた矢傷の毒を止めるために自ら腕を落としていた。


「くそ・・・、腕まで落としたってのに間に合わねぇとは・・・」


「あなた・・・ゴーム?・・・」


ならず者はトロンとした目を上げると、今始めて気がついたようにイェアメリスを見た。その赤い目に一瞬、正常な思考と欲望のようなものが見え、混濁した意識とせめぎ合っているように変化を繰り返した。


「アズラよ・・・こんな死の間際に慰めを使わしてくださるたぁ・・・」


向こうも彼女を認識した。


「ゴームー? こいつはー?」
最初に現れたノルドが、知能が退化したような間の伸びた声を出す。
最初は奴隷だったのだろうか、そのうち舎弟となってゴームのあとをいつも付いて回っていた。暗殺者とその弟分。この2人がならず者最後の生き残りだった。


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ゴームは弟分の声には応えず、狂気に満ちた目をイェアメリスに向けた。


「お前・・・どうやって逃げた? そんなこたぁいい、この世の名残だ・・・」


イェアメリスは腰に目をやると、廃塔から拝借してきた剣を構えた。セロに教わったとおり、両手で深く柄を握って少し腰を落とす。しかし構えてみても内心の恐怖は隠せるわけでもなく、足はすくんでがくがくしてしまう。ゴームは染み付いた暗殺者の習性からか、毒の狂気の中にあってなお、彼女の様子を簡単に読み取っていた。


「なんだぁおまえ・・・コワいのか? そんな震えて・・・ すぐによくしてやる」


「ごめんだわ!」イェアメリスは自らを奮い立たせるように言い放った。


「ゴームー? こいつら捕まえる? おらは、子供のほうがいい」
間延びした声だが、返ってそのほうが恐怖を煽る。


「子供はお前にやる、女は生きていればいい・・・手足は落とせ」物騒な指示をノルドに下す。それを聞くと禿げた男は嬉々として剣を抜く。エミーとは違った無邪気な子供のような顔。彼女はそれが恐ろしくてならなかった。


「ほら、おとなしくし~ろ~」


「エミー、離れて!」

イェアメリスは叫んだが、エミーは固まってしまっている。それを見て取ると、彼女は少女をかばうように、ならず者と少女の間に身体を割り込ませた。


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「おめぇが先かぁ?」


ノルドが脅かすように剣を振る。イェアメリスは自分の剣でそれを受けたが、一撃でしびれてよろめいた。両手で持っていなければ、簡単にはじき落とされてしまっていただろう。イェアメリスは人を殺したことはおろか、斬ったことさえなかった。
迫ってくるノルドを見失わないように睨みつけながら、視界の片隅でエミーを見る。少女は恐怖の表情を浮かべたまま動けなくなっていた。ゴームはあまり動けないのか、相変わらずうわごとを繰り返しながら、その場で見ている。


(あたしが守らないと・・・!)


イェアメリスは必死に、盲滅法に剣を振り回した。禿げたノルドはニヤニヤ笑いを浮かべたまま軽くそれをいなす。彼女は徐々に後退った。追い詰められて、さらに一歩後ずさる。


「そーんな、あぶねぇ物振るうやつは、きらいだー」


ノルドが大きく振りかぶる。イェアメリスは振り下ろされる剣を受け止めるため、自らの剣を握りなおした。
ならず者が剣を振りおろすのが、やけにゆっくりと感じられる。剣が当たろうというとき、踏ん張ろうと力をこめた。・・・が、ぬかるんだ地面に足を取られてバランスを崩してしまった。ずるっと滑った右足がノルドの足を激しく蹴飛ばし、同時に背中も何かに打ちつけられた。


「あっ・・・」


森の樹のごつごつとした感触を背後に感じて、喉にすっぱいものがこみ上げてくる。彼女は退路を奪われた。


(ああっ・・・)


彼女は襲い来る剣の痛みに備えるように、観念して目をつぶった。


・・・時間が止まる。


待てども何も起きない。覚悟した痛みが来ない・・・永遠とも思える刹那を破ったのは、自らの肉体に食い込む刃でも、その立てる音でもなく、別の声だった。
生温かさを感じて、恐る恐る目をあけると、襲い掛かってきたはずのノルドが、彼女にもたれかかるように倒れ込んでいた。握った剣の柄に生暖かい血が垂れてくる。彼女の血ではない。


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「あれ? おらどうして胸に剣が刺さってるんだぁ?」


イェアメリスは、息がかかるほどの距離で、男の目から急速に生気が抜けていくのを見守った。見守ったというよりは、目が離せなくなったというのが正しい。彼女は剣を上に向けたまま、ノルドと背後の樹の間に挟まれていた。男はバランスを崩したイェアメリスの脚に躓かされ、彼女の構える剣に自ら腹を押し当て貫きにいってしまったのだ。
剣は男を貫通して、切っ先を反対側に見せている。


「あ・・・、あ」


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声にならない声を上げて、彼女は自分が殺した男の血だまりの中にへたり込んだ。
仲間が殺されたのを見て、ゆっくりとゴームが近づいてくる。残った右手には曲剣が握られているが、ぶるぶる震えている。イェアメリスはその様子を他人事のように見ていた。


「・・・てめぇ、よく・・・も、・・・をあ゛」


イェアメリスは無反応だ。


ゴームは息が荒い。もはや発する言葉も意味を成さず、呼吸が苦しそうだ。手からポロリと曲剣が落ちる。
廃塔で遭遇した灰の化け物と同じように、ゆっくりと寄ってきたゴームは、あと一歩で彼女に触れるというところまで来て、かっと目を見開いた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ正気が目に戻ったが、その視線を受け止めたイェアメリスの目は何の感情も示さなかった。


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「クソッ、こんなところで・・・アズ、ラ・・・よ・・・」


ゴームの身体からシャワーのように血が噴き出し、彼女の衣服を汚した。口から泡を吹きながら、手を伸ばすように膝から崩れ落ちて息絶える。


差し込む朝光が野営の跡を金色に照らし出す。草は朝露に濡れ、一日が始まろうという時間。

風が頬をなでるが、錬金術師の娘は樹に身を預けたまま、虚ろに宙を見ていた。


「おねぇちゃーん! ねぇ、おねぇちゃんってばぁ! ね~・・・ワァァ!」


我に返ったエミーが呪縛から解けたようにイェアメリスに駆け寄る。少女は思いっきりしがみつきながら、我慢の堰が切れたかのように泣き出した。


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「こわかった・・・こわかったよぅ!」




・・・




日が昇ってもイェアメリスは帰ってこない。


彼女の失踪を聞いて心配になったアスヴァレンとブラッキーは、既に廃塔を捜索し終わっていた。

屋上から地下室、一通り調べてみたが、女戦士の死体が残されているだけであった。


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地下室は人が大勢居た痕跡はあったが、それは奴隷商人たちのもので、どちらも無人だった。
塔から転落したはずの魔術師が、姿を消していることが気にかかった。


収穫なしで戻ってくると、町のほうも大騒ぎになっていた。何が起きたのかと訝しむ二人に、近くに居た町人が説明する。イェアメリスに続き、アガルド農場の娘、エミーも行方知れずになっているというのだ。


そこで、ならず者を撃退した興奮も冷めやらぬなか、2人の捜索が行われることになった。エドウィンは戦いに参加しなかったものを中心に、町の元気なものたちを集めるといくつかの小さな隊をつくり、森刈りを指示した。ブラッキーたちは居てもたってもいられず、疲れも忘れて隊の一つに加わることにした。


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「メリスねえちゃん、何かやつらと接触があったのかな?」
ブラッキーは町の塀に体重を半分預けながら、背の高い錬金術師を見上げた。番人テオリックが自分の隊に加わるメンバーが集まるのを待っている。


「分からん。・・・が、可能性は否定できん」


エドウィンには伝えていないが、2人は廃塔で一つの発見をしていた。転移門の先の洞窟で、装置から外された石と、引きちぎられた拘束具の破片が転がっていたのだ。偵察の時に入り込んだ場所なので、アスヴァレンは部屋の異変に気付いていた。


衛兵のティレクがやってきて加わった。まもなく出発だ。


「でもね、人質とかになってたら、さっきの戦闘で脅しに使われたりするんじゃない?」


「切断された革紐が気になる。それに猿轡だ」アスヴァレンは嫌な予感がして、町の向こうにある港の方を見た。「万が一捕まったとして、逃げたと考えたいものだが・・・楽観的過ぎるか・・・」


(まさか既に奴らに・・・)


「それとも、何か別のトラブルがあったとか。うん、きっとそうだね・・・」
ブラッキーも不安そうに、自分を納得させるように明るい声を出すが、目つきは険しかった。


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捜索前のわずかな待ち時間が煩わしい・・・じっとしているとよくない考えばかりが浮かんでくるのだ。


「揃ったようだな、いくぞ」


隊を指揮する番人テオリックの声が聞こえたとき、2人は諸々の思いを中断させてくれたことを感謝した。


「・・・何か手がかりがあればいいが・・・」


アスヴァレンはつぶやくと、隊について森の中に入っていった。




・・・




自ら居場所を主張しない者を、森の中では探すのは至難の業だ。そのため捜索は難航し、茫然自失のショック状態で座り込むイェアメリスと、彼女に抱きついて泣き疲れて眠るエミーを発見できたのは、その日の午後になってからのことであった。


アスヴァレンとブラッキーの危惧を余所に、不安と期待をないまぜにして出発した捜索隊は、これ以上の犠牲を出すことなく無事に解散。様々な犠牲を出したものの、キルクモアの島は元の平穏への一歩を取り戻そうとしていた。


保護されたエミーは、身ぶり手ぶりで魔術師の最期を話したが、変身したとか灰になったとか、いまいち的を得ない説明で、イェアメリス同様混乱しているものとみなされた。その話が裏付けられたのは、ようやくイェアメリスが口を利けるようになってからだった。


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ならず者の死者は14人。
残りの1人は、最後まで発見されなかった。



(つづく・・・)





※使用mod


・Amputator Framework Beta v0.7 ・・・ゴア表現もここまで来るとすごいですね。

四肢欠損状態を作り出すmodです。今回はアスヴァレンにやられたゴームの腕を落とす表現に使いました。


・Enhanced Blood Textures ・・・飛び散る血液の描写をリアルにするmodです。

・Bloody Facials REBLOODED ・・・飛び散る血液が顔にもかかるようになるmodです。

・Burn Freeze Shock Effects ・・・死体が死因に合わせたエフェクトを受けるようになります。
エクスプロージョンの直撃を受けたシルガンや、兵士の死体の焼け焦げた姿はこのmodのエフェクトです。


今回はゴア尽くしでしたね(°_°;)


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2 Comments

Nadia  

Nadiaでございます(´⊙ω⊙`)

Nadiaでございます(´⊙ω⊙`)

久しぶりのカキコ。
今回は全体的に狂気じみたモノを感じてしまいましたよ(´⊙ω⊙`)オォ

のどかで閑静な村、人口もそんなに多くないだろうし、普段の夜もそんなに人は出歩かない。
静けさを打ち破った村人総出の戦い。
夜だったっていうのもあるだろうけど、僅かな光の中で、まさに地元を知るものの勝利!
あんなオッカナイ連中相手に、皆良くやったなぁ~って思えました
(o´Д`)=зホ…

ダンマーのゴームは、風貌からして、ぶっ飛んでて、"悪そうな雰囲気"が出てましたねぇ:(;゙゚'ω゚'):
前回のメリスさんにヒドイ事をしようとして、コラァ!やめるのだァ~!
きっとココでヒーローが...
アスヴァレンさんはまだですか(´⊙ω⊙`)?
ブラッキーちゃんは?
って言いたくなりましたw

ところで今回は、意外なアッシュスポーンの謎に迫ってましたね(´⊙ω⊙`)オォ
確かソルスセイムでは、レッドマウンテンの噴火の後に姿を現したって言っていたような。
やはりサルモールが1枚噛んでる感が、否めませんなぁ~(ΦωΦ)フフフ…

ゴームの死で、なんとか賊の排除には成功したみたいですが、謎の部屋に、石。
サルモールは変異しちゃって亡くなったけど、変異させた薬?毒?
は、この島に流れ着いた事は事実だし、またこの後も波乱がありそうな予感がしますねぇ~(´⊙ω⊙`)オォ

次回も楽しみにしております✧٩(ˊωˋ*)و✧

PS.あの四肢をコントロールするMODはなかなか使えそいうですねぇ~
˞͛ʕ̡̢̡๑꒪͒ꇴ꒪͒๑ʔ̢̡̢˞͛
ナディアも使って見よかな?
(´⊙ω⊙`)なのだぁ~

2017/03/17 (Fri) 16:33 | EDIT | REPLY |   

もきゅ  

ナディアさんコメントありがと~!
主人公はいじめてナンボwですからね~(°~° )

そこそこのリアリティーを感じていただけたら成功なのですが、娯楽でありながら「それっぽく」と言うのってなかなか難しいです。何話かかけて、敵味方の登場人物を少しずつ名前覚えてもらえるように動かしてきたんですけど、今回ちょっとやりすぎなぐらいに壊滅してもらいました^^;

半年ほど続けて、今回ようやく初めての?戦闘シーン。
普段プレーだと山賊なんかバッサバッサ殺っちゃいますが、こちらではかなり引っ張っちゃいましたw
とはいえ、第1部で伝えなければならないこと、2部に向けての蒔いとかなきゃならない種も2、3を除いてだいたい準備できたかな~と思っています。

modで言えば、例の四肢欠損はやっぱすごいですね。ゴアだけど。後の登場予定のキャラで、あれがないと表現できないのがもう1人いるんですよ。大げさかもしれないけど、クレスさん(アスヴァレン)、ブラッキーくんに並んで、ブログ小説を始めるに当たって背中を後押ししてくれたmodのひとつになります。

他だと、OBISオススメですよ~。placeatmeすると、いろんな悪役生成できますw
ゴーム、黒覆面、アイダの三人は完全に偶然の産物です(゚∀゚ )

またそちらにも遊びに行きま~す(。・∀・。 )

2017/03/25 (Sat) 10:15 | EDIT | REPLY |   

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